そして新たな問題がユージンを襲う
『────』
再び響き渡る、耳障りな甲高い音。それと同時に、パキィンと何かが割れるような音がした気がした。
やったか──?
思わず何かのフラグを立ててしまいそうな言葉を思い浮かべながら、俺は目の前の黒く巨大な怪物を見つめる。
多分、今全員息を飲んでいると思う。
もしこれでダメなら、もう打つ手はきっとない。だからこれでくたばってくれと祈る。
──祈りは、通じた。
これまで何度削ろうが再生を繰り返していた黒い肉体はもはや元に戻る事はなく、その巨体の端から黒い粒子となって崩壊し始める。
その光景を見つめながら俺は安堵のため息をともに言葉を吐き出した。
「終わった……」
『いやまだ終わってないからね!? こっちも早くなんとかして~っ!」
そでした。
ミズホの悲鳴で本来やるべき事を思い出した俺は、いまだ黒いナメクジを吐き出し続けている空間の歪みに向ってライフルを構え……そこで思い立って振り返ると、セラス局長に聞いた。
「まだアイツ消え切ってないし、ナメクジもいるけど行けます?」
俺の言葉に、セラス局長は頷く。
「あの残滓にすでに力はありませんし、下位の深淵はあの歪みを維持するほどの世界観を保有していませんので問題ありません。最大威力でお願いします」
「わかりました。あの、リミットブレイクはしなくていいんですね?」
「はい、問題ありません」
リミットブレイクするとまた物理崩壊くらう可能性があるので一安心。
俺は改めて銃を構え直すと、引き金を引いた。
白い光条が、歪んでいる空間を貫く。
「もう一発お願いします」
マジか……いい加減俺も体がしんどいんだけどな。そう思いつつも再度引き金を引く。
「もう一発」
ええ……
結局その後更に3発撃たされたところで、ようやくセラス局長のOKが入った。
そのころには深淵の残滓はほぼ消え去り、残っていた黒ナメクジたちも金守さんとイスファさん、ラムサスさんによって掃討が完了していた。そして、
『もうだめ限界~』
『ごめんなさい、私もです』
通信機から疲れ切った声が流れ、それと同時にミズホと秋葉ちゃんの機体が崩れ落ちる。
──それにしても惨憺たる有様だな。
周囲を見回してみればひどい状態だ。
今回の犯人の精霊機装5体、これは全部倒れ伏し、魔術によって霊力を使い果たしたロイさんの機体はレオに引っぺがされた状態のまま地面にうつぶせに倒れている。そのレオは最後の一撃で俺の攻撃を通すために霊力のガードなしで俺の射撃を受けたため両腕がこなごなに砕かれており、ミズホと秋葉ちゃんもさっきの通り限界突破だ。他の面子も霊力というか体力的には満身創痍という感じだろう。
それは勿論俺も同じだ。さんざっぱら全力射撃を繰り返していたせいでもうガス欠が近い。あとアドレナリンでもでてたのか戦闘の途中から気にならなくなってたけど、思い出したらまた痛くなってきた。
というか痛い! めっちゃ痛い! これ大丈夫? 実は結構ヤバイケガしてない?
あう、気が抜けたせいか涙も出てきた。
「……大丈夫ですか?」
ダメそうです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
「……何か月か前に同じシチュエーションがあったな」
見回せば、そこは病室らしき場所だった。尤も以前とは違い今回は自分が何でここにいるのか理解はしているが。
あの後俺達は施設のあった中央統括地域の方に戻る事にしたのだが、来たときのように機体を走らせて戻る、とはいかなかった。
何せ救助者を連れて撤退した一機を除き、こちらにやって来ていた8機の内3機は霊力残存量切れで機能停止、他の面子もそれにほぼ近い有様で、全開駆動から精霊駆動に切り替えても戻るまで持つかはわからないような状態。なのでチームスタッフの方へ連絡、もう危険はないということでトランスポーターをまわしてもらい、回収してもらうことになった。
で、そこから先なんだが、実はあまり覚えていない。なんとかトランスポーターが到着し、機体を乗せたことまではかろうじて覚えているが……その後疲労やら安心感やらなにやらで眠ってしまったらしい。
そして今病室にいるという訳だ。
俺は視線を落として、体を確認する。
恰好は、上着のジャケットは脱がされているしベルトは外されているもののそれ以外は着替えさせられていない。──実はこれまでのはすべて夢、なんてことはなく小柄な体も膨らんだ胸もそのまま、別の姿になっているということもない。まぁ前回と違って限界を超えて力を行使したわけじゃないしな、体もそれほど怠くないし。
それ以外で変わっているのは一カ所だけ。左手の手の甲と親指以外の4つの指がギプスで固定されていた。機体に乗ってた時ほどではないが、痛みもある。
えーっと、これはつまり……やっぱり折れてたってことだよな。
まいったね、利き手じゃないのが救いではあるが。
まぁでも世界的な危機を迎えたはずなのに、犯人たち以外に出た明確な人的被害が俺のこの手だけっていうのは望外な結果かもしれない。
そんなことを白いギプスを眺めながら考えていると、部屋の扉が開く音と共に声が聞こえた。
「あ、ユージン起きてる。おはよー」
「ミズホ」
やって来たのはミズホだった。すでに私服へと着替えている彼女はゆっくりと扉を閉めるとこちらへまっすぐやって来て、ベッド横の椅子へ腰を降ろす。
「痛みはどう?」
「痛い事は痛いが、さっき程ではないな。我慢できないほどじゃない」
「そっか。痛み止めでも打ってあるのかな?」
「どうかな、俺もついさっき目を覚ましたばっかりで医者に会ってなくてな」
「あ、それじゃまだ症状聞いてないんだ。中手骨骨幹部の亀裂骨折だって」
亀裂骨折……ヒビか。まぁ警棒を思いっきり打ち付けられたのにポッキリいかずにヒビで済んだのは運が良かったというべきか。
「ギプス取れるまで2~3週間、完治までは1ヶ月半くらいだろうって。あと数日間は炎症で結構傷むかもっていってた」
「そりゃ聞きたくなかった情報だな」
とはいえある程度予測できていたことではあるので、ショックというほどでもない。
「あの後、他の皆はどうしたんだ?」
「んー、アタシもさっき起きたばっかりだし、会場の方へ戻った後にそのままユージンについてここに来ちゃったから詳しくはわかんないけど」
「わかる範囲でいいよ」
「ん。とりあえずアズリエルの女の子二人は日本へ帰って行ったよ。それ以外の人たちはあの場で解散。レオは病院に来たあと、ナナオさんと一緒にエルネストの方に帰ってった。あの子の機体は修理行きだしね」
ああ、両腕無くなっちゃってるしな。あの壊れ方だとエルネストが保有している部品じゃ足りないだろうし、シーズン開始までに修理間に合うんかな、アレ。
「ちなみにユージンはギプス取れるまでは機乗禁止だってナナオさんが」
「うぇ、マジかよ。別に手だけだから問題ないだろ」
「まぁアタシも多分同じくらいの期間ダメって言われだけど」
「え、お前も怪我……あ、違うな、消耗のためか」
ミズホは頷く。
全開駆動のデメリットの一つである、霊力の回復速度の減少。今回は皆ほぼ満タン状態からガス欠状態まで使ってしまったのでそれこそ一週間や二週間で回復しきらないだろう。ん? でも次のシーズン開始まであと2週間だよな? これ下手すると2期連続で不戦敗か?
いや、さすがに今回は被害がいろいろと甚大だし、何かしら特別措置が入りそうな気もするが……2週間で態勢整えられそうにないチームが多すぎるし。
そんな心配をする俺をよそに、ミズホはんーっと腕を伸ばして背伸びをする。
「それにしても、全開駆動状態で霊力がっつり使うとほんと爆睡しちゃうんだね。昨日ホテルに戻ってシャワー浴びて夕方には寝ちゃったんだけど、目を覚ましたらなんと9時! アタシ16時間も寝ちゃったの初めてだよ!」
「そりゃまた随分寝た……な?」
ん?
16時間?
昨日?
笑い返そうとした俺の表情が、ミズホの言葉に含まれた意味に気づき固まる。
痛みではない冷や汗が額に浮いてくるのを感じながら、俺はミズホに恐る恐る聞いた。
「あの、念のために聞くけど今は何曜日?」
「月曜日だけど?」
俺は部屋の壁に掛けられた時計を確認する。
その時間を指し示す針は、10時を少し回ったところを指していた。
そして俺の所属する会社の業務開始は9時からである。
……
あああ無断欠勤になってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
なんか終わりっぽい雰囲気を醸し出していますが特にそんなことはなく普通に続きます。
(話の区切りではあるので一部完結とはします)
まだまだもうしばらくの間よろしければお付き合いください。
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