分の悪くない賭け
引き金を引き、ライフルから霊力を放つ。
白い光条として放たれた深淵の眼前で5つに分裂し、奴の体を貫いていく。
が、奴の動きに変化はない──手ごたえ無しっ!
「くそったれが!」
思わず悪態が口から漏れて出る。
先程から何発か攻撃を撃ちこんでいるが、一向に奴の核を捉えた気配はない。実際には奴の力を削っているはずで完全に無駄弾というわけではないだろうが、俺や他の皆の攻撃が全く本命を引き当てられていない事に俺は焦りを感じていた。
戦闘が開始してから数十秒──まだ一分すら経過していない。リーグ戦の試合だってこの程度の時間で決着がつくことはまずない。だが、今は全員が消耗度外視の全開駆動状態で、更にミズホや金守さんは魔術を発動させっぱなしにしている。そう長く持つとは思えない。
更には、
「うおっ!」
鞭のように打ち付けられる触手を、俺は既の所で躱す。
俺の攻撃が最も自分に対して危険だと気づいた深淵は、明らかに俺への攻撃への比重を増やしていた。立て続けに叩き込まれる攻撃のせいで、なかなか正面からの攻撃を叩き込む事ができない。図体でかいし霊力弾だから軌道を操作してぶち当てる事は可能だが、余分なコストを使わされている感はある。
とはいえ捕まって、それこそライフルを奪われたりしたら終わりだ。なので俺は射撃しながらも必死の思いで機体を走らせる。
「こんのっ!」
再び銃撃。だがやはり貫通したのみ。
「マジでどこだよ!結構まんべんなく撃ち込んだぞ!」
外面に攻撃を叩き込んでいる他の皆からは発見の報はない。なので俺は奴の中心部付近に少しずつ位置をずらしながら拡散ビームを打ち込んだが、一度も命中した気配はなかった。先程聞いたサイズなら一発くらい当たっていてもおかしくないハズだが、こうなると──
「先程も言った通り奴は不定形体です。恐らく体の中で核を移動させています」
ですよね、そう思いました!
だとすると、とにかくぶちこんで当たりを引くのを待つ運ゲーかよ、分の悪い賭けすぎやしないか?
こちらに向けられてくる触手を巻き込むようにして更に射撃──ってやば!
正面から向かってきている触手とは別に、更に2本の触手がこちらに向かってきている。躱せないっ──
『オラァッ!』
『ユージンたんに汚いもので触れんじゃねぇ!』
くるであろう衝撃に身構えた瞬間、2本の触手が同時にはじけた。
一つはラムサスさんの銃撃。もう一つはこちらに駆けよって来たレオが殴り飛ばしたのだ。
そしてレオはそのまま、護るように俺の機体の斜め前に立つ。
『俺の武装じゃアイツに対して有効なものが無いっス! なんでガードに回りますユージンさん!』
「助かる!」
俺の方へと向けられる触手の数はどんどん増えてきている。そのいくつかを処理してもらえるなら、攻撃への比重を落とさないですむ。
左側から来る触手はレオに任せ、ラムサスさんの二丁拳銃による弾幕を抜けた触手のみを自分で処理しつつ、更に俺は距離を詰め攻撃速度を上げる。
「そろそろ一発くらい当たってくれてもいいだろうに!」
奴が命中しているのにやせ我慢をしているのでもない限り、核には一発も命中していない。この速度で叩き込んでそれでもだめなら、奴はこちらの攻撃をある程度読んで核を動かしているとしか思えない。であれば、あとはとれる手段は深淵の再生速度を上回る飽和攻撃をぶち込むくらいだが──どう考えても人手が足りない。会場に来ていた他のチームの機体が破壊さえされていなければどうにかなったろうに。
『このままではジリ貧だな』
ロイさんが、そう口にする。
「確かにこのままじゃ不味いです。なにか一気に削る手立てがあれば──」
『ギャンブルになるが、ないこともない』
「ギャンブル?」
『ああ。ワシの術は奴の肉体を広範囲で削ることができる。ただ負担が大きいからその攻撃で核を見つけられなかった場合恐らくワシは戦線離脱じゃ』
ロイさんの言葉に、問いかけたのはラムサスさんだった。
『どれくらい持っていける?』
『5分の1……いや、4分の1はいかせてもらおう』
『──ユージンちゃん、行きましょう。このまま戦い続けるよりは分の悪い賭けじゃない』
「わかりました。俺は核を発見した瞬間に狙撃すればいいですね?」
『左側面側を攻撃しつつ、距離をギリギリまで詰めてそうしてください。大丈夫、触手からは私が護ります』
「……了解」
『イスファ、それにアズリエルの残り二人もタイミング合わせて攻撃してくれ!』
『でもそしたら──』
ラムサスさんの言葉に、逡巡を見せる秋葉ちゃん。だがその彼女の言葉にミズホが声を被せる。
『大丈夫、アタシが動きを止めておく。そろそろ気を失いそうだけど、もうちょっとだけ行けるよ!』
「悪いミズホ、もうちょっとだけ頑張ってくれ。終わったら後で労わってやるから」
『死んでも頑張るわ』
死なれても困るが、気概は皆に伝わっただろう。
『──【水竜招来】』
次に通信機から響いたのは秋葉ちゃんの静かな声だった。
『いつでも行けます』
『よし、ならばわしが突撃するのに合わせて皆頼む』
その言葉と共に、ロイさんが打ち付ける触手すら無視して深淵の正面に回る。
『ゆくぞ。【ストームコンバット】』
次の瞬間。彼の機体の周囲が、まるで紙吹雪のような大量の白いものに包まれた。そして彼の機体は、それらをまとったまま深淵へと突進する。
彼の纏う白いものと、深淵の黒い肉体が触れる。
その瞬間、まるで白いものに貪り食われたかのようの深淵の体が抉り取られた。
『<<竜の顎の瀑布>>!』
更に放たれる秋葉ちゃんの水竜。それが合図となり、他のメンバーが一斉に攻撃を開始する。接触によって速度が落ちたが、それでも奴の体を正面から掘削するように進んでいくロイさんの機体を挟んで、イスファさん、秋葉ちゃん、金守さんが右側面を攻撃。そして俺はラムサスさんと共に左側面へと攻撃を叩き込んでいく。
それは正しく猛攻だった。突き進むロイさんの機体は深淵の肉体を削りながら奴の体の中に潜り込んでいき、皆から放たれる銃撃や術が外周の肉体を抉っていく。その攻撃にのたうつように暴れまわる触手は、俺に触れる前にラムサスさんの銃撃で消滅させられていく。
それでもまだ有効打は出ない。
これでもダメなのか、そう思ったとき
『────────』
深淵が、人では決して出す事の出来ない、とても声とはいえない耳をつんざくような異音を上げた。同時に何かが激しくぶつかりあうような音が響く。
『見つけたぞ!』
深淵の体の半ばまで潜り込んだロイさんからそう声があがる。その声に俺は即座に側面への射撃を止めると、彼がこじ開けた穴に向けて銃口を振りなおす。が、
「ロイさん、射線を開けてくれ!」
『すまん、機能停止だ! ワシ事ぶち抜いてくれ』
「……ダメだ、位置が悪い!」
うっすらと見える黒い玉、それに覆いかぶさったような状態のロイさんの機体の丁度操縦席部分が被っている。精霊機装の性質上操縦席は打ち抜けないし、できたとしてもやれるわけがない。位置を変えて側面から狙う余裕があるか──そう思った時だった。
『オラッ!』
掛け声と共に、触手に巻き付かれながら深淵を殴っていたレオがその武器を放り投げると、強引に触手を引きちぎりながら再生により閉じつつある穴の中へと飛び込んだ。そしてロイさんの機体を引きずりおろすと、その体を踏みつけてその先にあった、逃げ出そうとする黒い玉へと飛び掛かり両腕で抑え込む。こちらに背を向けぬように体を捻りながら。
そして叫んだ。
『腕ごといってください、ユージンさん! 力抜きます!』
その言葉に、俺は今度は従う事をためらわなかった。
全開駆動状態で込められる最大の霊力を込めて、俺は引き金を引き
──放たれた光が、レオの機体の腕と共に黒い球体の中心部を貫いた。
ユージンちゃん
あまり活躍
していない




