静寂の世界
すみません、本日二回目の更新です。
また、これまでの記述の内以下の2点を修正しました。
・ユージンが痛めた箇所を左腕から左手に修正
・あらすじ修正
〇有人視点
完全に想定していない、更に側面からの攻撃だったため、俺の機体は爆発の勢いに向けバランスを崩し転倒しそうになる。が、すんでの所で咄嗟に右足で前にふんばり踏みとどまった。
ただ、それにより爆発と踏み込み、2回連続で機体を強い衝撃が襲ったため、
「…………っくー」
再び左手がズキンと強く痛む。
だが今はその痛みに負けてうずくまるわけにもいかないし、泣きだすわけにもいかない。歯を食いしばって痛みをこらえ、俺は機体の体勢を立て直すと攻撃が来た方向へ視線を向ける。
今の攻撃は爆発だった。なので深淵の触手による攻撃では決してない。だとしたら一体何が──
その答えは、通信機から漏れたイスファさんの声で明らかになった。
『ザック、貴様!』
彼の機体の向いた先、そこに一体の精霊機装がこちらに滑腔砲の砲門を向けて立っていた。肩にはイスファさんの機体についている物と同じエンブレム。
ザック・マルティネスの機体だった。
しまった、ここに到着して以降深淵が現れても動かなかったためコイツの事を思考の中から消してしまっていた。
奴の機体は完全に俺狙いだ。再び滑腔砲から攻撃が放たれる。だが今回は先に機体を後方へと跳び退らせていたため攻撃は命中せず遥か先の丘に着弾した。
「ぐっ」
俺は着地の衝撃に再び歯を食いしばりながらも、次なる攻撃に備えて機体を捻る。
「くそっ、この状況下でまだこっちを攻撃するなんて何考えてやがる!?」
俺達の目の前にいるのは怪物だ。俺達日本人などとは違い、明確な意思を持ってこの世界に害なすもの。どれだけ俺達を嫌っていようが、その存在を無視して攻撃してくるなんてのは正気とは思えない。
その疑問に答えたのは、セラス局長だった。
「恐らく、思考誘導されていると思います」
「思考誘導?」
「はい。深淵は人間に寄生して操作する種がいますが、その場合は霊力の性質が変わるため精霊は使用できないハズ。なのでもう一つの能力、感情の増幅が行われているはずです」
「増幅って……」
「例えばちょっとだけ相手の事を殴りたいと思った時、強い感情の増幅を受けるとそれは"殴りたい"ではなく"殴る"に変わります。そしてその事以外が考えられなくなる」
つまり今ザック・マルティネスは日本人に対する嫌悪感が増幅させられていて、俺達の排除に関する事以外まともに思考できなくなっていると。
「日本人に対してだけの狂戦士かよ」
そんな状態なのであれば説得は不可能、奴は攻撃を行いながらこっちに向ってきている。このまま接近されたら深淵への攻撃どころじゃなくなるし、先に奴を撃破すべきか?
放たれる攻撃をなんとか回避しつつそう考えていると、視界の中、ザックと俺の間に一体の機体が飛び込んで来る。
イスファさんの機体だった。
彼はザックに対して攻撃を加えつつ、奴の機体に対して突っ込んでいく。
『ユージンさん、貴女は深淵を攻撃してくれ。ザックは僕が沈める』
「──分かった、任せる!」
俺が最優先すべきは深淵への攻撃だ。
だからザックの事は全てイスファさんに託し、俺は深淵へと向き直る。
そして、先程途中で妨害されたセリフを改めて叫び直した。
「タマモ! 全開駆動!」
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●三人称視点
ザックの機体は、進路上に飛び出した機体を新たな標的と定めたようだった。こちらを無視してユージン向けに砲撃を行われると厄介だったが、恐らくは日本人の味方をする排除すべき存在だとこちらを認識したんだろうなとフレイゾンは思う。
──長らくこれまで同僚として付き合ってきたが、彼が少なくとも自分の前で日本人を忌避するような言動を見せた事は一度もない。
心の内で、何かに嫌悪感を隠し持っている人間なんてのはいくらでもいる。ザックにだってそれくらいはあったとしてもおかしくなかった。だがそれは、何事もなければずっと表に出す事などなかったハズだ。
それを引きずり出し、このような事態を巻き起こさせた深淵に強い憤りを感じる。今すぐにありったけの弾薬をあの不気味な黒い存在に叩き込んでやりたいくらいだ。
だが、奴の相手は有効な武装を持つらしいあの中身と外見が合致しない少女──いや、最近はだんだん合致してきているような気もしているが──ユージンに託した。だから今の自分の役目は同僚の暴走を止め、彼女の邪魔をさせないようにすることだ。
フレイゾンは機体を真っすぐに走らせる。一発、二発と被弾をするが気にしない。ザックは全開駆動状態になっていないようだ、ならば数発くらい貰ったところで致命傷にはならない。
ザックの機体は足を止め、突進するこちらを迎撃するために剣を抜刀する。
(これはザックではない)
視野狭窄などというレベルではなく、まともな思考回路が残っていないように思えた。
もしまともな思考回路が残っているなら、自分との近接戦闘を選ぶなんてことはないはずだから。
機体がごく近くまで接近する。ザックは内蔵された機銃を乱射すると共に、剣を大きく振り上げ、
「【静寂の世界】」
フレイゾンが小さく呟いた瞬間、全てが静止した。
振り降ろされようとしていた剣も、ザックの機体自体も、そして放たれた機銃の銃弾さえも。いや、それ以外のモニターに映る全てが静止していた。
彼はその静止した世界の中、自らの保持するありったけの武装による攻撃を、その全てにめいいっぱいの霊力を込めてザックの周囲を回り込むようにしながら放っていく。
だがその放たれた弾丸さえも、彼の機体が持つ武装の銃口から射出された瞬間に静止する。
【静寂の世界】
Sランクリーグ所属の精霊使い、フレイゾン・イスファの行使する魔術はほんの数秒だけ自分の精霊機装以外の時間を静止させる。実際には静止させているのではなく彼の機体のみが超加速して動いているともされるが、その辺りははっきりしていない。
動けるのは彼自身の乗る精霊機装、及びそれが触れているもののみ。ひとたび離れれば彼が触れていたものでも静止した空間に捕らわれる。
「おやすみ、ザック」
ありったけの銃撃を配置して彼がそう呟いた時、
静止した世界が再び息を吹き返した。
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〇有人視点
それはまるで、何体もの機体が一斉に攻撃を行ったように重なりあった発砲音。そして直後に何かが衝突する音と爆発音が激しく響き渡る。
ザック・マルティネスの機体がいた方角からだった。
どっちだ!?
「イスファさん!」
攻撃を放ったのはどっちだったのか、それを確認するために俺が発した言葉に、答えは即座に返って来た。
『イスファです。ザックの機体は停止しました。これよりそちらの支援に入ります』
「さすがです……!」
先程通信を交わしてからほんの十秒前後。そのわずかな時間でザック・マルティネスの機体を沈めた彼の手腕に素直に感嘆の声が漏れる。若干声に疲労を感じるから魔術を行使したんだろうが、それにしたって見事なものだ。
これで残るは深淵のみ。黒ナメクジ共はミズホ達が抑え込んでくれているから、こちらはコイツ単体に集中できる。
本当はこんな生物に意識を集中したくないけどな!
表面なんかヌメヌメしてる感じで気持ち悪いし、触手も黒いミミズみたいで見てるだけでゾワゾワするぅ!
だが、全員が必死になって戦っている状況で、俺だけそんな甘ったれたことを言っているわけにはいかない。
界滅武装のライフルを奴の巨体へと叩き込みながら、俺は自らを鼓舞するように咆哮する。
「キモいくらいが何だってんだ! こちとらやせ我慢が得意な男の子なんでなぁ!」
「ユージンは女の子だよ!」
この状況下でいらん突っ込みを入れてくるんじゃねえよミズホォーーッ! あと男だ!
だいたいいつもの時間にも更新する予定です。




