"異界映し"
「……さて、ここいらでいいか」
ミズホ、レオと別れた俺は先程自ら指し示した丘の頂上にたどり着いていた。
ズームで確認した視線の先には、4つの機体が見える。ミズホとレオ、それにレイブンズの機体だろう。
その地点への射程距離としては問題なさそうなことを確認し、俺は機体の膝を折り、地面に腰を降ろす。そして抱えていた武器を降ろし両腕を腰の横に支えるように降ろしてからタマモに向けて指示を出した。
「タマモ、<<通常駆動>>へ移行」
<<精霊駆動>>は、起動しているだけでも少しずつではあるが霊力を消耗していく。今の時点では特に機体を動かす必要がないので、俺は機体をほぼ力の消耗がない<<通常駆動>>に切り替えた。些細なことではあるが、その些細な消耗が霊力の多くない俺には致命傷になる可能性もあるからセーブする所はセーブしないとな。
時計を確認すれば、今は10時58分。そろそろ標的が出現してもおかしくない時間にはなっている。ある種休憩モードに入った俺だが、意識だけは外さないようにディスプレイを眺める。これが30分くらい余裕があったりすると中で本を読んだりして時間を潰す事もあるんだが、さすがに今回はそこまでは余裕はない。
ディスプレイの中央、ズームした視点を表示したウィンドウを見れば4機が背中合わせに円陣を作っていた。どの方向から出現してもすぐ発見できるようにだろう。
59分。
今の所、何かが現れる気配がない。
00分。
変化なし。
01分。
異変が起きた。
「来るよ」
通信機からミズホの声が流れる。
機体が向いている方向の空間がまるで陽炎のように歪み始める。鏡獣が出現する兆候だ。
「<<精霊駆動>>へ移行」
俺も休憩状態から戦闘状態へ移行し、ライフルを手に取って機体を立ち上がらせる。
歪みは更に強くなっていき、そしてその中に何かの色が出現する。そしてそれをピークにだんだん歪みが消えて行き、歪みの中に産まれた存在の輪郭がはっきりとしてくる。
これは……サイズがかなり大きいが、形状的にはトカゲか?
そう思った瞬間だった。
「えっ……?」
通信機からミズホの気の抜けた声が聞こえ、そして直後に轟音が鳴り響いた。同時にディスプレイの中、ズームウィンドウに映っていた彼女の機体が宙を舞った。全高10mを超える鋼鉄の巨体がまるで紙切れか何かのように彼女の機体は吹き飛び、後ろにいたレイブンズの機体の内の一体に再び轟音を立てて衝突する。
その一連の動き、恐らくは当事者のミズホはおろか他の連中も何がおきたかわからなかっただろうが、距離を取っていた俺には一部始終が見えていた。
歪みが消えた後現れたのは、高さだけでも精霊機装に匹敵する大きさを持つ超巨大なトカゲだった。かなりミズホ達に近い場所に横向きに出現したそいつは、歪みがおさまるのと同時に大きく尻尾を振り回しミズホの機体に叩きつけたのだ。
「っつぅー……」
轟音が収まった通信機から、くぐもった呻きが聞こえてくる。ミズホの声だ。
「ミズホ!? 怪我したのか!?」
「吹っ飛んだ衝撃で手をぶつけただけ、あと唇切った。……ってうげ、今ので4分の1以上も持っていかれたのか」
彼女の声に俺もディスプレイの左下を見ると、先程まで満タン状態だったミズホのゲージが70%くらいまで減っていた。たったの一撃でだ。
これは──どう考えても"意識映し"の火力ではない、"異界映し"だ。 しかも最悪レベルの!
そして、さらに悪い情報が無線で飛び込んでくる。
「ユージンさん、コイツ攻撃が殆ど通らねぇッス!」
近接用の武器を抜き巨大トカゲに切りかかっていたレオから、悲鳴が上がる。
精霊機装の近接武器は基本的に斬るためのものではなく打撃用なため切れ味は大した事はないが、それを差し引いても彼が攻撃している箇所には大してダメージが入っているように見えない。
それだけではない。ミズホに巻き込まれたのとは別のもう一体のレイブンズの機体が機体に備え付けられた滑腔砲で攻撃を加えているが、それですら無傷とはいわないものの致命といえるダメージを与えている様子はなかった。
俺もただ見ているわけにはいかない、ライフルを構えて狙いを付ける。最早消耗がどうのといっている場合じゃない、設定可能な最大火力になるように力を込めて俺は引き金を引く。
「クソッ!」
だが、やはりダメだ。命中はしたもののそれほど痛手になっている気配はない。アイツに対してこちら側の火力が圧倒的に足りてない。俺達では手に余り過ぎる相手だ!
それを察した瞬間、俺は通信車向けの通信スイッチをオンにして叫んでいた。
「ナナオさん、救援要請を!」
「もう投げた!」
即座に応答が帰ってくる。
だが正直これは街を守るための要請にしかならない。なにせここまで最寄りだった俺達ですら40分以上かかっている。それよりも距離がある他のチームが今から最速で準備を行い出撃しても、ここに到着するまでに1時間以上かかるのは確実だ。どう考えたって間に合うわけがない。
状況は最悪だった。巨大トカゲはその大きな尾や前足を振り回して暴れまわり、4機を殴打し跳ね飛ばしていく。俺も何発もライフルの弾丸を打ち込んでいるが止まる気配がない。ミサイルランチャーも装備しているが近場に機体がいるため撃ち込むことができない。
「クソッ!」
既にミズホがヤバイところまで来ている。彼女は最初の一撃からなんとか起き上がろうとしたところで更にトカゲの追撃をもらいダメージを負った。彼女のゲージはすでに半分のラインを切っている。更にはレイブンズの機体が直撃をもらったのか、吹き飛んだまま完全に動きを止めた。
どうする、どうする、どうする。
射撃は続けながら俺は必死で頭を働かせる。
とにかく火力が足りていない。そういう意味ではミズホが最初に立て続けに攻撃を貰ったのが不味かった。実は最大火力を出しうる切り札を持っているのは彼女だけなのだ。だが彼女はその切り札を使うにはすでにダメージを受けすぎているし、それを使う時間的な余裕もない。
他に手段はないかと俺はとにかく考える。既存の装備でなんとかできる方法をとこれまで読んだ事、聞いたことを片っ端から頭の中から引っ張り出す。
と、一つだけ可能性があるものが俺の思考に引っかかった。それは誰もが知っているが、殆どの精霊使いは行った事がないであろう方法。リスクのある手段であったが俺は最早欠片もためらわずその事を口に出す。
「ナナオさん、リミットブレイクコードの発行申請を!」
「リミットブレイク!? だけどそれは……」
普段は即断即決なナナオさんが躊躇を見せる。が悩んでいる時間などない、俺は声量を上げて自分の上司を通信機ごしに怒鳴りつける。
「ミズホがもうヤバイんだ! やるしかない!」
「……わかった! すぐ取得するから少しだけ待って」
話をしている最中に、ミズホが更に攻撃を受けてついに霊力のゲージがグレーに変化した。戦闘不能だ。この状態になると精霊は他の全ての機能を停止し、操縦席と核宝珠を護る事だけに全ての力を注ぐ。この状態は非常に強固でよほどのことがない限りその護りを貫くことはないが、それでもあくまでその力の元は精霊使いの霊力だ、無尽蔵ではない。
そのミズホを何とか守ろうとレオが立ちまわっているが、そのゲージもどんどん減っていく。レイブンズはすでに2機とも動作を停止した。最早一刻の猶予もない。コードが発行されるまで少しでも時間を稼ぐしかない。
俺はライフルを構えて集中する。とにかくこちらへ気を引くしかない。
奴の皮膚は強固で、攻撃を当てたところで奴がこちらを意識することはない。ならば──俺は意識を集中してある瞬間を待つ。
……ここだ!
奴がレオの機体を攻撃するためにその動きを止めたその瞬間、俺は引き金を引いた。




