深淵の棲み処
「あり得ませんね」
精霊機装の操縦席の中、通信機越しにラムサスさんから連中の目的を聞いたセラス局長はそれをバッサリと切り捨てた。
「一時的にその区域で開けないようにするくらいなら出来るかもしれませんが、永続的、ましてや他の区域でまで開かないようにするなんてことはできませんよ。日本とアキツは非常に繋がりやすい、一カ所封じたくらいでは意味がありません」
「そうだとして、だとしたら連中の目的は?」
俺は急ぎ機体を走らせながらも、操縦席の斜め後ろに座るセラス局長へ視線と疑問を送る。
今俺達はそれぞれ自分達の精霊機装へ機乗し、襲撃者達の後を追って移動している。メンバーは俺とミズホとレオ、それにアズリエルの4機、それからラムサスさん。ようするに機体が無事だったメンバー全員だ。
そしてその機体のうち、俺の機体に同行を求めたセラス局長が同乗していた。
精霊機装の操縦席の中には、一応程度のちゃちな奴ではあるが同乗可能な椅子が備え付けられている。これはリーグ戦用などではなく、大規模の論理崩壊が発生した際に救助した人間を乗せたり、逆に調査のため研究員を同乗させたりそういった用途に使われるもので、彼女は今その席にちょこんと座っていた。
ちなみに俺の機体に彼女が同乗しているのは俺の出撃を求めたのが彼女だというのもあるが、それ以前に俺の機体が一番動かないであろうことが大きい。
──うん、今も機体を走らせる振動で普通にズッキズキしてるからね、左手。セラス局長にとにかく急ぐように求められたので、振動度外視で機体を突っ走らせてるので。ただ鎮痛剤が効いてきたのか、先程のように脳に響くような痛みではないので耐えられるレベルにはなってきている。尤も激しい戦闘機動なんてしたら考えたくもない状態になることは確実だろう、なので後衛に徹するつもりではいた。それに俺が同行すると知ったミズホやラムサスさんに秋葉ちゃんにまで、前に出るなって口をそろえて強くいってきたしな。
ちなみに彼女は今椅子に座りつつ、シートベルトの一部を外し大きく体を乗り出している。通信機に顔を近づけるためだ。今通信機は全員がチャンネルを合わせ会話できるようにしていた。
そして彼女は先程の俺の問いに対する回答を、俺に向けてではなく通信機に向けて答える。
「勿論彼らがそれを単純に信じ込んでいる可能性もありますが……恐らくは逆だと思います」
「逆?」
「塞ぐのではなく、開こうとしているということです」
『開くって……それって"漂流"を人為的に起こそうとしているっていう事?』
「いえ、世界自体がこちらにやってくる"漂流"とは異なります」
通信機から漏れ出たミズホの言葉を即座に否定しつつ、セラス局長は言葉を続ける。
「それよりも、日本との間で行っている事に近い。行き来可能な扉を開く形です」
『そんな事が簡単に可能なのか?』
今度は知らない低い声が通信機から流れる。恐らくアズリエルの精霊使いだろう。
「簡単ではないですが可能です。その世界が接近しておりかつアキツの世界観が弱まっている時、そこにその世界の世界観をまとった力を大量に流し込めば開ける可能性は高い。そして、その道具を恐らく彼らは持っている」
そう言って視線を落としたセラス局長の手の上には。赤い宝石のついた指輪があった。先程浦部さんより受け取ったものだ。
「指輪を解析しましたが、この指輪には確実にこの世界のモノではない力がこびりついている」
「え、それ大丈夫なんですか?」
「これ単体なら全く害がない程度の弱いものです。ですがこの指輪を通して力を行使した場合その世界の世界観を纏って発動する──恐らくそうなっているハズです」
……浦部さんがさっき思いっきり使ってたんだけど大丈夫だったんだろうか。まぁ何も起きなかったんだから大丈夫か。
『それで、どこの世界への扉が開くんですか?』
「──深淵の棲み処です」
『深淵?』
セラス局長の答えにピンとこなかったらしい秋葉ちゃんが繰り返す。
ピンとこないのは俺も同じだ。どこかで聞いたことがある気はするが……
沈黙が場を支配する。機体の駆動音と荒野を走る音だけが操縦席の中に響き──その沈黙を破ったのは、先程の低い声の男性の苦々しげな声だった。
『最悪じゃないか』
「ええ、最悪です」
最悪……それほど不味い存在? だが50年前の大浸攻の相手はそんな名前じゃなかったはず。だとすると──
あ。
思い出した! 深淵って、以前イスファさんに聞いた40年前に漂流してきた連中の事じゃないか!
その性質は確か──人の精神を破壊し、霊力を喰らう。
「本当に最悪じゃないか!」
「ええ、その通りです。漂流ではなく扉を開かれてしまえば、どれだけの深淵達がこちらの世界に流れ込むかわかりません。抑えきれなければ、確実に民間人に被害が出る」
『洒落にならないわね……!』
『これ、先行しているハズのイスファにも伝えた方がいいな。チーム経由で連絡をとってみる。聞いてはいるから話は続けていてくれ』
その言葉を最後に、ラムサスさんの声が聞こえなくなる。恐らくチャンネルを切り替えたんだろう。
代わりに、レオの声が通信機から流れる。
『開かれたらもう閉じられないっスか!?』
「本来であれば難しいですが」
セラス局長は俺の方を見た。
「こちらにはユージンさんが居ますのでなんとかできると思います」
『ユージンちゃんが?』
俺が……?
ああ!
「界滅武装か!」
叫ぶように口に出した俺の言葉に、彼女は頷く。
以前彼女に説明された、俺が女になるのと同時に変質した異世界への特効兵器。
「世界観を書き換える界滅武装なら、開いてしまった扉も閉じれるハズです」
ただ、と彼女は言葉を繋げる。
「扉が一度開いてしまえば、塞げるにしてもこちらに深淵は流れ込んでくる。開かせない事が最優先です。急ぎましょう」
その彼女の言葉に頷き、俺は視線を前に戻す。
その直後だった。
前方から、激しい光が視界に飛び込んで来たのは。
多分いつもくらいの時間にもっかい更新します




