壊れた機兵
──精霊機装が破壊されている──
ホールに飛び込んで来たラムサスさんはひどく焦った様子でそう言い、同時に周囲を包囲している精霊機装達が居なくなっていることも伝え、俺達を含むホールにいた精霊使い達を先導して外へ連れ出した。
尤も俺は走ると手に響いてしんどいので(先に行っていいと言ったけど俺から離れなかった)ミズホやレオ達と一緒に歩いて表に出たんだが……そこにあった光景はラムサスさんの言葉から想像していたものより遥かに酷いモノだった。
施設の周囲のあちこちから煙が立ち上がり、そのうちのいくつかはまだ赤い炎が上がっている。
燃えているのは大型の車両──精霊機装を輸送するためのトランスポーターだった。そしてその炎と煙の向こう側には鋼鉄の鎧が見える。
その姿は見るも無残なものになっていたが。
ある機体は下半身が大きく砕かれており、また別の機体は操縦席辺りが見る影もなくなっている。とてもじゃないが使用に耐えうる状態ではない。
その姿を目の当たりにした連中、先に行ったクレギオンの面子や個人表彰者達は地面に膝をつき呆然としていた。中には声を上げて号泣している者もいる。
それも当然だろう、苦楽を共にしてきたともいえる自分の愛機だ。それに精霊機装はそのシステム上機体自体が破損するケースはさほど多くない。だからこんな──無惨な姿を見るのは初めてのはずで、ショックは相当なモノのハズだ。
どうしてこんなことになっているのかといえば、それは先程の振動と爆音で間違いないだろう。ここを包囲していた精霊機装が破壊して行ったはずだ。
精霊機装の強固さは精霊使いの霊力あってのものであり、精霊が融合していない精霊機装はただの鉄の塊だ。トランスポーター毎数発攻撃を叩き込むだけで充分だっただろう。破壊していったのは恐らく追撃を受けないためだろうが……
「全部やられたのか……?」
「いや、いくらかは無事さね」
俺の呟きにそう返してきたのは、浦部さんだった。彼女は左の方からこちらへ向けて頭を掻きながら歩いてきつつ、ぼやくように言う。
「残念ながらウチの機体は全部やられたがね。操縦席が無事なのもあるが、ありゃ動かすのは無理だ。ただ、東側に停められていたのは無事さね」
「東側って言うと……」
「ウチと……アズリエルかしら」
ミズホの呟きに、浦部さんは頷きつつ言葉を繋ぐ。
「それにラムサスの機体も無事さね。今日の表彰に参加していた精霊使いは24人だから、丁度3分の1が無事だったみたいだね」
「無事だったか……」
周囲で呆然としている連中や浦部さんには悪いが、思わず安堵の息が漏れてしまう。
「でもどうして東側だけっスか?」
「……そっか、セーフティゾーン!」
レオからでた疑問の声に、ミズホがそう声を上げる。
「……ああ成程」
精霊機装には誤射や悪意ある行為を防ぐ為、居住区や施設等を攻撃できないようにロックが掛かっている。その定められた区画がセーフティーゾーンだ。俺達の止めた東側はすぐ側に別の施設がある。その施設を含むセーフティーゾーンの範囲内に、俺達の機体が含まれていたのだろう。勿論意図してなかったので全くの偶然ではあるが九死に一生を得たといったところか。
「とりあえずそっちに向かおう」
機体が生きているのであれば、さっさと搭乗してしまった方がいい。幸いな事に精霊は出しっぱなしだから、機体の所へ行ければ精霊機装は動かせる。この惨状を引き起こした連中の姿は確かにぱっと見見当たらないが戻ってこないことも限らないし、そうなった場合生身のままではどうにもならない。
「……ちょいと待ちな」
そう思って歩き出そうとした俺を、浦部さんが腕を伸ばし遮って止める。
「どうしました?」
そう問いかけるが、彼女は答えずただ一点を見つめている。仕方ないので俺は彼女の視線を追いかけ──息を飲んだ。
燃え盛る炎と煙の向こう側、一体の精霊機装がその身を起こしていた。そしてその機体は、
──こちらに向かってきている!
それに気づいた瞬間、俺は背後から抱き寄せられた。ミズホだ。彼女は俺を守るように俺の体をその腕の中に抱え込み、更にそのミズホと俺を守るようにレオが前に進み出た。
いや待て二人とも冷静じゃない、精霊機装に生身でどうする気だ。それに今の位置は施設のすぐ側で当然セーフティエリア内だ、危険性はない……ハズ。
なので俺は(変な所を触らないように)無事な右腕でミズホのお腹を押して身を離すと、こちらへやってくる精霊機装へと向きなおる。
その機体は、燃えさかるトレーラーや壊れた精霊機装達が転がる場所を超え、施設の少し手前までくると立ち止まった。
そして、一瞬ノイズの音が流れた後、周囲に男性の声が響く。
『こちら、フレイゾン・イスファだ』
「イスファさん!? これは一体どうなっているんですか!!」
見知った青年の名前と声に、俺は反射的に大きな声で叫ぶ。が、それに対する反応はない。……よく考えれば当然だ、向こうが外部スピーカーを使っているから聞こえているだけであって、まだ向こうの機体と俺達の間には距離がある。更には向こうは操縦席の中だ、俺の声が届くわけがない。
なので、彼はこちらの声──当然俺以外も何かしら叫んでいる──に一切反応せず、ただスピーカーから言葉を流し続ける。
『僕は連中の仲間ではない。状況的に信じがたいかもしれないが今は信じてほしい。この状況を引き起こした連中は──』
その言葉に続いて、彼は5人の名前を並べた。それを聞いた浦部さんが眉を顰めて呟く。
「ザック・マルティネスはお前さんのチームメイトじゃないかい……」
そう、イスファさんが上げた名前の中には彼の同僚であるザック・マルティネスの名前もあった。それ以外はあまり聞き覚えがないが……確かAとBランクの精霊使いだったはず。つまり彼の言葉が真実なら、現役のしかもトッププレイヤーやそれに準ずる地位にあるものがこの騒動を引き起こしたことになる。
「いや、いくらなんでもおかしいだろ」
思わず、言葉が口をついて出た。
「何を考えているんだ? 理解できない」
「そうさね、後先を考えてなさすぎだ」
俺の呟きに浦部さんが同調する声を上げ、俺もその言葉に頷く。
そう、後先を考えなさすぎだ。
連中の目的が俺達日本人をこの世界から排除することだとして、その後どうする気なのだろうか。
この世界で日本人に対し明確な敵意を持っているのは俺が知る限りごくわずかで、更には科学の輸入の件もあるから彼らの行動に対して、世間の理解は得られることはまずあり得ない。何よりこんなテロ行為を行った以上彼らは犯罪者だ、間違いなく精霊使いの資格は剥奪され収監される未来以外は存在しない。
それでもまだ末端の精霊使いなら……かなり無理筋だがわからなくもない、くだらない理由で他者が理解できない行動に出る連中もいるだろう。だが名前は出たのはいずれもそれなりの立場を得ている連中だ。そんな連中が、自分の将来を全て投げ捨ててまで行う程俺らの排除が重要な事とは思えない。となると、
「もしや中の連中が言っていたのと別の目的がある……?」
そう考えた方がしっくりくるのだ。無論今の状況でそれが何なのかは予想だにつかないが。
『連中の目的は不明だが、このような危険な事を行った連中を放置はできない。僕は連中を追撃するから支援要請を頼む』
悩む俺達を前に彼はそう言い放ち、再び一瞬のノイズと共にスピーカーが沈黙する。そして彼の機体はその巨体を翻し、西側方面へと移動を開始する。
「ちょっと! 一機だけでなんて無理に決まってるでしょ!」
その彼の機体に向けてミズホが叫ぶが、勿論その声が届くことはなく、彼の機体はどんどんこちらから離れていく。それを見て彼女は舌打ちした。
「無謀ね……無事な機体が残っているんだからそっちと合流してから追跡すればいいのに」
「そうですね、急いでそうしてください」
「へ?」
突然、ミズホの後ろから声がした。そして真っ先に声の主の姿に気づいた浦部さんが、その正体の名を呼ぶ。
「局長……あんたいつのまに来たんだい」
「たった今です、緊急の用件があったのですが連絡がつかなかったので」
そこにいたのはユキノ・セラス局長だった。彼女は走ってきたのか流れ落ちる汗を拭おうともせず、驚いて胸を抑えるミズホも気にせずに言葉を続ける。
「大変な問題が起きる可能性があります。詳細の説明は道すがら行いますので今は急いで追跡の準備を」
あまりにも唐突すぎる言葉だった。
普通であれば、ちゃんと説明を求める所だろう。だが相手はこの世界では神に近い扱いを受けているセラス局長、この状況下で更に大変な問題が起きるという事実に、レオとミズホは即座に頷いた。
「よくわかんないけどわかったっス」
「了解したわ。ユージンはここで待ってて──いや、急いで病院に向かってね!」
そう言って二人は駆け出していく。
確かに俺の手の痛みはまだ治まっていない。だが彼女程の人物が大変な問題が起きるといっている状況下で悠長に病院など向かっていいのか──
そんな悩みは次のセラス局長の言葉で、一瞬で無に帰した。
「申し訳ありませんが、ユージンさんも同行願います、貴女の力が必要になる可能性が高いのです」




