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週末の精霊使い  作者: DP
1.女の子の体になったけど、女の子にはならない
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涙と涎と鼻水と

●三人称視点


女は車の中で苛立っていた。

予定時間も近いというのに、施設の中に突入した連中は未だ出てこない。


ユキノ・セラスが向こう側の世界に行っている状態で中央の転移を統括するマシンより機能停止のコードを発行し、奴は向こう側に閉じ込めた。いずれは戻ってくるかもしれないが、少なくともこれでしばらくは戻ってこれないハズで、これから行う事に対して奴の邪魔は入らない。奴が戻る頃にはこの世界の変わり果てた姿を見ることになるのだ。


後は解析によって割り出した時間に指定の場所で一定量の霊力を行使させれば、彼女の目的は達成できるはずだった。


なのに、事態は上手く進行していない。

彼女はいらだたしさを隠そうともしない声音で、通信に対して怒鳴る。


「ザック! 中の連中からの連絡は!」


一瞬のラグと共に、通信機から男の声が流れる。


『……ダメだ、応答がない。作戦は失敗した可能性がある』

(無能が過ぎる……!)


非武装の連中の中からたかだか4人程度を連れ出してくることさえできないとは。数を用意したいからと日本人への憎悪を増加させただけの連中を使ったのは失敗だったか。ここにいる連中のように()()()()()()()()()()ならば確実に──いや、外部での封鎖は必要だった。この配置は仕方なかっただろう。


女は時間を確認する。──移動時間を考えると、残り時間はほぼ無かった。


(仕方ない)


美味そうに育ったから無駄遣いはしたくなかったが、メインの目的より優先することはできない。そちらの目的が達成できれば質はともかく、量は食べ放題なのだ。だから彼女は決断すると通信機の向こう側にいる精霊使い──ザック・マルティネスに向けて告げた。


「第1プランは断念、第2プランに移行。役目は貴方以外の4人に果たしてもらうわ」

『了解した。では、これから予定ポイントへ向かう』

「あ、ちょっと待ちなさい」


こちらの指示を即座に遂行しようとする優秀な()()を女は呼び止める。

内部の突入組が失敗したということは内部の精霊使いがこの後妨害に来るかもしれない。その際にこちらの数では対応しきれない。だから、


「ここにある精霊機装を吹っ飛ばしなさい」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


〇有人視点


「うわっ!?」


今度の揺れと爆音は一度では収まらなかった。立て続けに何度も強い揺れが来て、立っていた連中は軒並みバランスを崩し尻もちをついたり転んだりしている。


それは当然俺も同じだった。特に軽量級の俺の体は振動でバランスが大きく崩れて壁に向って倒れこみそうになり、とっさに俺は手を伸ばし壁に手をつく。


尚、手をついたのは左手だった。


「──────────────っ!!!」


壁に触れた腕に体重が掛かったその瞬間、洒落にならない激痛が左手というか左腕から、肘、肩、脳髄とまで走り、声にならない悲鳴が口から漏れる。慌てて左手に体重がかからないように体を捻って──そのタイミングでまたデカイ振動が来た。強引な捻り方をしたせいで更にバランスを崩していた俺の体がその揺れに耐えられるハズもなく、


ゴン!!


派手な音を立てて、俺の頭は壁に激突した。


連続して二つの箇所を襲った痛みに、俺はそのまま壁(づた)いに崩れ落ちる。


「村雨さん!?」

「ユージンちゃん!」

「ユージーン!」


倒れた俺に対して、立て続けに声が掛かる。順番に秋葉ちゃん、ラムサスさん、ミズホだろう。そして同時に誰かが駆け寄ってくる気配を感じ、


そこでまた爆音と同時に激しい揺れが来た。


「あっ」


あっ?


誰かの声がすぐ側で聞こえ、何だと思った瞬間。床に倒れた俺の体になにか柔らかいものがぶつかって来た。

ただし上から勢いよく。


「!?!?」

「あああごめんなさい村雨さん、死なないでーっ!?」


どうやらぶつかって来たのは秋葉ちゃんだったらしい。すぐ側から聞こえる彼女の声に俺は大丈夫だと答えたかったが……あまりの痛みに声が出ない。正直手の痛みがきつすぎて、頭の方の痛みは気にならないくらい。


「ユージン!?」

「村雨さーん!」


周囲にいるであろう皆が声を掛けてくるが俺は反応できず、ただひたすら爆音と揺れが収まるのを待った。

そしてそれから更に10秒くらい経っただろうか。ようやく振動が収まった。が、


「ううう……」


俺はまだ立ち上がれない。走る痛みが腕から肘、肩。頭にまで響いて声を出すのもしんどい。


「なんか、お嬢ちゃん……あ、お嬢ちゃんでいいのかね? とにかく3HitComboというか、大変な事になってたけど……生きてるかい?」

「い ぎ で ま ず」


体を動かして返事を返す事ができないので、俺は背後からかけられた浦部さんの声にそのままの姿勢で返事をする。震えてすっげぇ声になったけど。


「あー、しんどそうさね。とりあえずすぐにどうにかなるわけじゃないけど、早いとこ鎮痛剤飲んだ方がいいんじゃないかい?」

「あ、アタシ持ってる! ちょっとまっててユージン、取ってくるわ!」


浦部さんの言葉に、ミズホが立ち上がって駆けていく音が聞こえた。恐らく控室に置いてある自分の荷物を取りに行ったんだろう。というかミズホが持っていてくれて助かったな、鎮痛剤って30分くらいで効いてくるんだっけ? ……30分かぁ。


わりと長く感じる時間にどっと心に重いものが落ちるのを感じるが、麻酔の注射でもない限りそんなすぐに効果が出るものはないと思うし、そんなものが今ここにあるとも思えないのでそれまでは耐えるしかない。そもそも鎮痛剤はどこまで効くかってのもあるが……


まぁでもおとなしくしてたら少し収まってきたので、俺はなんとか体を起こす。するとすぐ側にいた秋葉ちゃんが膝をついたままの状態ですり寄ってきた。そしてぺこぺこと何度も頭を下げる。


「すみませんすみませんさっき痛かったですよね」

「大丈夫大丈夫、大したことないから……」


そう彼女に声を掛ける俺に、突っ込みを入れてきたのはレオだった。


「いや正直その顔で言っても説得力ないっス」

「え、今俺どんな顔してんの?」

「涙と鼻水と涎で顔面ぐちゃぐちゃっス。美少女がすごい事になってますよ」

「そんなことになってんの!?」


涙がこぼれてるのは分かっていたが、涎や鼻水まで出ていたのは痛みに気を取られていたせいか気づいていなかった。俺は慌てて袖で拭おうと、無事な方の右腕を上げようとする。

と、その腕を秋葉ちゃんが掴んだ。


「袖が汚れちゃいますよ……私が拭います」


そう言って彼女は懐から綺麗な白いハンカチを取り出す。


「いや、そんな綺麗なハンカチもったいない」

「いいですから」


俺を見つめてくるその瞳がひどく真剣なものだったので、俺はそれ以上言うのをやめた。彼女としても申し訳なさからの贖罪の意味もあるだろう。そう考えて俺は拭われるに任せることにする。


──いや。ガン見してくるなよレオ、お前の性癖によそのお嬢さんを巻き込むな。ほら、何かに感づいたっぽい金守さんがジト目でお前の方を見てるから!


「目と口は閉じていてくださいね」

「わぷ」


視線でレオに伝えようとしたが、ハンカチが目の辺りに来たので断念。今後レオが冷たい目で見られるようなことになっても俺はもう知らん。余計な事は考えずにおとなしく秋葉ちゃんに拭われていく。

彼女は涙から始めて次に涎、最後に鼻水を拭いとってくれた。


「これで、ひとまず大丈夫だと思います」

「ありがとう、秋葉ちゃん。ハンカチ汚してごめんね」

「ハンカチなんてまた洗えばいいだけですよ。──あ、ミズホさんが戻ってきました」


秋葉ちゃんの言葉に振り返ると、廊下をミズホが走ってくるのが見えた。その手にはピルケースらしきものとミネラルウォーターのペットボトルを持っている。


「お待たせ、ユージン!」


彼女は滑り込むような勢いで俺の横に膝をつくと、手早くピルケースから薬を二錠取り出し、蓋を開けたペットボトルを差し出してくる。


そこいらに飲み物があるのになんでわざわざペットボトルを? と思ったがよく見たらさっきの揺れのせいで机の上は大惨事だった。成程、それでか。


相変わらずよく気の付くミズホから薬と水を受け取ると、俺は一気に薬を飲みほした。さて、これでしばらくしたら落ち着くかな──


そう思ったとき、気が付いたらいつの間にかいなかったラムサスさんがホールの中に駆け込んできて、俺達に向けて慌てた様子で叫んだ。


「外が大変な事になっている!」










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