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週末の精霊使い  作者: DP
1.女の子の体になったけど、女の子にはならない
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愚か者と老婆

●第三者視点


浦部ユキ江は先頭を歩かされながらも周囲に注意を払い続けていた。

後方には瓜生と金守という少女が二人。更に後ろに銃を持った男4人と警棒を持った男が一人。

警棒の男は脅威にならないとしても、この位置関係ではさすがにどうにもならない。


(大きな地震でも起きないかねぇ)


そんな物騒な事を考える。

こいつらはやはり素人だ、イレギュラーな出来事が起きれば間違いなく動揺する。せめてこちらに向けられている銃口が外れる瞬間があればなんとかできるチャンスはあるかもしれないが──


(……ん?)


十字に交差する通路に差し掛かったところで、横の通路に何かが見えた気がした。いや、見えた。あれは確か──


それが何を意味するかに気づいたユキ江は、足を止めるとその場にうずくまった。


「おい、何をしている!」


即座に背後の警棒の男から飛んでくる怒声に、ユキ江は背中を向けたまま答える。


「靴ひもがほどけちまったんさね、両足のね。これじゃ歩きづらくてしょうがないからこれくらいは直させておくれよ」


言いながら、ユキ江は両足の靴紐を乱暴に解き、後ろの連中に見せる。

それを確認した男は舌打ちをし、


「……早くしろ!」

「助かるよ」


心を一つもこめていない礼を言い、わざと不器用に靴紐を直しつつ警棒の男に声を掛ける。


「なあ、ところでアタシ達は日本に強制送還でもされるのかい? アタシャもう向こうに家が残ってないんで勘弁してもらえないかねぇ」


その言葉に、警棒の男の表情が変わる。

ユキ江はその表情を知っている。それは小悪党が絶対的優位な状況の中で愉悦に浸っている時にする醜悪なそれだ。嫌悪感すら抱くものだが、今この状況下でこういった笑みを浮かべる人間は都合がいい。


「安心しろ、逆だ。お前らはもう向こうの世界へとは戻れない。何せ向こうとこちらをつなぐ方法は永久に封じられるからだ」


案の定、喋る必要がないことをペラペラと喋り出した。

先程から少しずつ探りを入れてわかったことだが、こいつらは判断力が悪い。元から馬鹿なのか、それとも今の特殊な状況のせいで視野狭窄しているのかは不明だが、こちらとしては助かる状況だ。


だからユキ江は、出来るだけ驚きを言葉の響きに含ませて男に問う。


「そんなことが出来るのかい?」

「くく……お前ならこれを見たことがあるんじゃないか?」

「それは……!」


驚きの言葉が漏れた。今度は装ったものではない。男が取り出したものに見覚えがあり、それがなおかつここにあるべきものではないものだったからだ。


それは大振りの赤い宝石が備え付けられた指輪だった。勿論ただの指輪ではない。

これは、精霊機装が生み出される前に作られた精霊の力の発動体──大浸攻以前の戦闘で生身のまま精霊の魔法の力を行使する前に作られた兵器と呼べるものだった。


精霊機装に比べて制御が甘く、暴発の可能性が高かったりリミッターがないこともあって精霊機装が生み出された後は事実上封印されていたハズだが、どこかの倉庫にあったものを持ち出してきたのだろうか。


「その様子だとやはり知っているらしいな」


男は指輪を見たユキ江が目を見開いたことに満足感を覚えたらしく、彼女の靴紐を直す手が止まっていることにも気づかず笑みを浮かべて語りだす。


「お前等にはこれからとある場所にいって霊力を行使してもらう。リミット無視の全力でな。そうすることで貴様らの世界とこのアキツの繋がりは永久に途切れる」


男の口の端が更に吊り上がる。


「安心しろ、それが終われば貴様らは解放してやる。まぁ無事な姿のままでいられるかはわからんがなぁ? あの女のように人の姿を保っていられることを今から祈っておくといい」


そういって男は声を上げて笑った。他の連中もそれに合わせて下卑た笑いを浮かべる。


──正直な所、話している内容に関しては突っ込みどころが多すぎるとユキ江は思う。言ってる事が例え真実だとしてもだ。だが今はそこはどうでもいい。


重要なのは、その目的を考えれば連中が自分達をそこまでに過度に傷つける可能性は高くはないということ、そしてこのまま連れていかれるのは不味いということ。


外に精霊機装がいるというなら、外に出てから逃げ出すのは難しいだろう。

だとしたら──


ユキ江は靴紐を結び終え立ち上がると、男にもう一度声を掛ける。


「なぁ、ここから先に進んだ所の角を曲がった後に十字の通路があるよね? あそこを真っすぐ言ったところにトイレがあるんさね。 そこに寄っちゃダメかい? 漏れそうなんだが」

「……ふざけるな、靴紐を結び終えたなら黙って歩け」

「はいはい、厳しいねぇ」


肩を竦め、ユキ江は再び歩き出す。


──この口の軽い男のせいで、少なくともこの建物の中の問題は全て解決できる可能性はでてきた。

後は、この話を聞いていたハズの人物が上手く動いてくれるだろうか?


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(スゲーな婆さん)


先程ユキ江達が立ち止まっていた、通路に交差している廊下に面した薄暗い一室に潜んでいたヴォルクは、彼女の行った事に感心していた。


こちらが動いているのを認識させるために彼女だけ気づけるタイミングで通路に自分の精霊を出したのだが、それだけであの老婆はいろいろ察してくれたらしい。自分にも聞こえるようにして、連中の目的を聞き出してくれた。


更には明らかに不自然な最後の要望、それはこちらに対する指示だ。


そこで動け、と。


細かい打合せはできないが、そこで連中の気を引く何かが出来れば合わせるという事だろう。そして同じSAリーグに所属する身として、ヴォルクはあの老婆がそれだけの動きが出来る事を知っている。


だとしたら──


ヴォルクは懐からメモを取り出すと、自分の精霊であるシラギ──ずんぐりむっくりとした体型の蛇の精霊にそれを咥えさせ、二人に待機してもらっている場所へ向かわせる。


自分も移動する必要があるが、その前に待機しているあの少女に動いてもらう必要がある。この世界に舞い降りた聖女ともいうべき彼女に危険な真似をさせるのはかなり胸が引き裂かれそうになるが、先程の話からいきなり銃撃されるという可能性はかなり減った。だとしたら彼女が一番適役なのは間違いない。


連中が訓練された部隊であれば無理な救出作戦だが明らかに寄せ集め、しかも連中が言っていることがもし真実ならばこれはもうこの世界の未来に関わる問題だ。なにせ文明や科学という面であちらの世界に依存しているのはこのアキツの方なのだから。


彼女達が送還されるだけなら、ここでは動かず見送るつもりだったが最早そういうわけにもいかない。それに彼女の安全だけを考えて動いても、その場合今度は彼女の心に傷を残す事になるだろう。


だとしたら自分が考えるべきなのは、作戦を完全に遂行し誰にも被害を出さずに終わらせることだけだ。


そのためにも必要なものとそれがあるハズの場所を頭に思い浮かべ、彼は音もなく移動を開始した。

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