女子トイレの密談
「ったく、何だったんだ一体」
連続してトラブルに襲われつつも何とか用を済ませ、降ろしていたショーツとズボンを元に戻しながら俺は一人毒づく。一歩間違っていれば会場に戻れない惨状となるところだった。
尤も、会場に戻ったとしてパーティーが続いているのかと言えば疑問が残る。停電だけならまだしもあの爆発(?)だ、普通に変えればパーティは中止或いは中断となっているかもしれない。
「ま、戻ればわかるか」
ベルトを締めて身支度も終わり。ドアのロックを解除し扉を押し開くと俺は個室の外に出る。そして
「さてタマモはっと」
洗面台の所で待っているタマモの所へ視線を送ると、
人がいた。
男がいた。
というか、ラムサスさんとレオがいた。
あれ、と頭が混乱する。
ここ女子トイレだよな? 俺無意識に男子トイレに入ってたわけじゃないよな? 最初の頃はちょくちょくやらかしたけど最近はもうそんなことないし。首を回し横を見れば男子トイレにあるべきものはない。うん、ここ女子トイレで間違いないよね。あれ、だったらなんで二人がここに──
「ちょ、お前等なん」
咄嗟にでた、二人を糾弾しようとする言葉はだが最後まで言わせてもらえなかった。俺が声を上げようとした瞬間に一気に距離をつめてきたラムサスさんが、俺の口を塞いできたからだ。
口、それと肩をその大きな手で押さえられ、俺は身動きが取れなくなる。手を押しのけようと両手で押すがピクリとも動かない。俺の筋力は男の頃から変わっていないというのに。
状況が理解できない。ラムサスさんが俺を襲うために待ち伏せていた? だがレオがいるし、その彼は困り顔はしているもののラムサスさんの行為を止めようとはしていない。一体なぜ……
「声を出さないでください」
耳元でラムサスさんがそう囁く。その声に恫喝の色はなく、むしろ心配気な声。
「声を出さないと約束してください。そうしたらこの手を放しますので」
もう一度繰り返し告げられる。その言葉に俺はレオに視線を送ると彼は真剣な顔で頷いた。それを確認し、俺は口を押えられたままコクリと頷く。すると俺の後ろ側から口を塞いでいたラムサスさんは言葉の通り俺の口を塞いでいた手を放すと、俺の正面の方へと回ってくる。
その顔には申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。
「すみません、突然驚かせてしまって。ただ、あまり大きな声を出させるわけにはいかなかったので」
先程からと変わらず、囁くような小声で彼はそう話してくる。
「今大変な事になっています。これから状況を説明します」
そう前置きをして、ラムサスさんは簡潔に状況を説明してくれた。
パーティ会場が突然武装集団に襲撃されたこと。先程の爆発は精霊機装によるものらしいということ。浦部さんと秋葉ちゃん達が武装集団に連行されそうだということ。そして連中は俺も探して連行しようとしているということ。
全く想定もしなかった事態を説明するその話は、あまり現実味がない。だが彼の真剣な表情と、先程の爆発音がその事を頭から否定させてはくれない。そもそもレオまでいる状況で、彼がこんな出鱈目な嘘をつく意味が全くない。
「連中が外に向かう場合、この辺りには来ないハズなので恐らくここにいれば安全だと思います。クルーガー君と二人でここに隠れていてください」
確かにここは広い施設の中でも大分外れの位置だ。出口の側でもないから全体を捜索しなければ見つかる事はないだろうが……。俺の直感は、彼の言葉に従うべきだとつげている。もし彼の言っていることが嘘だとしてもそうするデメリットが思い当たらないし、真実だとしたら見つからないでやり過ごす事ができる。──だがちょっと気になる事がある。
「……なぁラムサスさん、貴方は何故無事だったんですか」
「停電で外に出て行ったユージンたんが心配になって私もホールを飛び出していたので」
……そういやこの人ストーカー気質だった。
「ただ途中で連中に気づいて様子を伺っていたんです。そして目的を確認した結果ユージンたんが危険な事が分かったので急いで伝えねばと」
「よくここに俺がいるとわかりましたね」
「貴女がこういった場所では一番外れのすいているトイレを使うのは知っていたので」
チーム関係者くらいしかしらないハズの情報を何故知っているのかと突っ込みたくなったが、今は止めておく。ストーカーの情報収集力は怖いが、それより優先して確認することがある。
「なあラムサスさん、貴方はどうする気なんだ?」
彼は先程、俺とレオの二人でここに隠れてといった。一緒に隠れていようとは言っていない。
その俺の問いに、彼は小さく頷いてから答える。
「私は浦部さん達を救出できないか試してみます。相手方が銃器を持っていますしホールの方もありますから下手に手出しをしない方がいいかもしれませんが……正直、連れていかれた先であまりいい想像はできません。浦部さんは格闘技の達人ですし連中は隠れて様子を伺っていた私に気づかなかった程度なので、何かしらのチャンスがあればいけるかもしれませんので」
──すごいな、ストーカーなのに。
彼の言葉に純粋にそう思った。
この世界は基本的に平和な国だ、論理崩壊を要因とするトラブルはあるものの、こんな武装集団に襲われるなんていう事態を経験することはまずない。だから武器を持った相手が現れた今の状況下では、どうしたらいいかわからなくて戸惑うのが普通だろう。だが彼は混乱した状況の中で事態の確認を行い、俺へ危険を伝え、更には捕らわれた人物の救出の方法を探ろうとしている。
まるで映画か何かのヒーローだ。彼がストーカーじゃなくて俺が産まれたときからの純粋な女の子だったのなら、それこそ映画のヒロインの如く惚れていたかもしれない。
だが、生憎俺はヒロインではない。
当然ヒーローでもない。
そして、友人の自分よりもまだ大分幼い少女達を見捨てられるほど薄情でもない。
だから俺は拳をつよく握り、一つの決心をしてラムサスさんを見上げて告げる。
「ラムサスさん、俺も行きます」
その言葉に彼は驚きの表情を浮かべる。
「ですが」
「連中が俺もターゲットにしているなら、俺が囮になることでやれることがあるかもしれない。作戦の幅が増えるハズです」
その言葉に、これまでずっと黙って話を聞いていたレオが続く。
「俺も行くっスよ。いざという時人手があった方がいいかもしれないですし」
ラムサスさんはその俺達の言葉に一瞬だけ逡巡する様子をみせ──だが次の瞬間には頷いた。
「わかりました。ここで押し問答している時間もありませんし、ついてきてください。ただ、私の指示なしで動かないように」
彼の言葉に俺とレオはコクリと頷く。
「そしたらすぐに行きましょう。残されている時間はほとんどない」
ラムサスさんが身を翻し、レオがその後についていく。俺もそれに続こうとして、だが足を止めた。
「どうしたっスか?」
「ごめん手だけ洗わせて」




