融合
「着いたよ」
ゆっくりとブレーキをかけ車を停車させたナナオさんが、俺達に向けてそう告げる。目的地に到着したのだ。
時計の針は今10時37分を指している。論理崩壊の予測時刻までは後30分だが10分前後は誤差が出ることは割とあるので、時間的な余裕はあまりない、目的地といったが実際の発生予想地域とはまだ少し距離があるため移動時間が必要なためだ(危険なので精霊機装以外はこれ以上接近できない)。
なので俺達は全員車を降りる、ナナオさんもだ。俺達はそれぞれの機体が乗せられたトランスポーターへ、ナナオさんは並走してきた通信車へと走る。
トランスポーターはすでにコンテナの後部扉を開きタラップを降ろしていたので、俺はそのままコンテナの中に飛び込む。
──そこには、ファンタジー世界のパラディンをそのまま巨大化されたような、鋼鉄の鎧が横たわっていた。
これが精霊機装、そして俺の愛機だ。
俺はコンテナ内部に設置されている梯子を使い機体の胸の部分に飛び乗ると、手に持った装置のスイッチを入れる。すると胸部が左右に開きその中に中央に椅子の設置された球形の部屋が現れたので、俺はその中へ飛び込むように体を滑り込ませて椅子に体を固定する。
その椅子だが、少々特異な形状をしている。
背もたれと、体を固定するためのベルトはまぁ特に珍しい事はない。特徴的なのはひじ掛けの部分だ。
左側には、いくつかのスイッチ類が並んでいる。そして右側には──その尖端に占い師が使う水晶球のようなものが固定されていた。
俺はその水晶球に腕を伸ばすと、肩の上にいる相棒に向けて、告げた。
「タマモ。融合」
俺の言葉に応じ肩の上にいたタマモが、腕を駆け下りて水晶球に頭から突っ込む。
するとその姿はまるで水晶球に溶け込むように掻き消えた。それと同時に操縦席内に明かりがつき、正面の開いていた扉が閉じて、その変わりに大型ディスプレイが表示される。
俺はそれを確認すると外部スピーカーのスイッチを入れる。
「いいぞ、リフトアップしてくれ」
『了解』
コンテナ内に声が響き、コンテナの天井部分がゆっくりと開いていく。正面のディスプレイに青空が広がっていくのを見ながら、俺はただじっと待つ。
やがて扉が開くと、軽い振動とともに体の角度が変わっていく。完全に横になっていた俺の体はどんどん角度を上げて行き……そして最終的に体の角度は90度近く……ようするに地面に対して直角になった。
ガコン、と外部から機体を固定していた装置が外れる音を確認すると、俺は肘掛に取り付けられた水晶球に手を乗せて、静かに告げる。
「タマモ。<<精霊駆動>>へ移行」
精霊機装。精霊の力を借りて動く鋼鉄の巨兵。その操縦席内には操縦桿のようなものは存在しない。
機体を動かすために必要なものはただ一つ、椅子に備え付けられた操縦宝珠と呼ばれる水晶球のみ。先程水晶球の中に消えた精霊は内部に配線された特殊なケーブルを経由して操縦席の下に配置された巨大な水晶球──核宝珠に融合し操縦者の力、霊力を吸収しながら様々な機能を発揮させる。
例えば、この操縦席。正式名称は繭と呼ばれる球体は、精霊が機体に融合すると同時に力の膜につつまれてその名の通り繭のようになる。この膜は強固な耐久性を持っており、巨大な質量や銃弾が飛び交う戦場の中でも精霊使いの身の安全を保障してくれる。
ただ<<通常駆動>>と呼ばれる初期駆動状態だと行えるのはその繭の展開と簡単な命令の伝達だけだ。その状態では複雑な動きはおろか、立ち上がることすらできない。
だがモードを<<精霊駆動>>に切り替えると、その機能は一気に増加する。
全身の装甲への霊力の付与。
武装に対する霊力の付与。
精霊機装の機体全体に対する詳細な命令の伝達と各種挙動の補助。立ち上がる事すら不可能だった鋼鉄の巨兵が、精霊使いの意志通りまるで人の体のように動き出す。(勿論実際の自分とは異なる形状なので自在に動かすにはある程度のセンスは要求されるが)
この状態こそが、精霊機装の本来の姿だ。
「ユージン、出撃します」
『了解です。お気をつけて』
精霊駆動の操作は簡単だ。操縦宝珠に手を乗せて考えるだけでいい。それだけで契約を交わした精霊はその意思とその行動に必要な力を精霊使いから吸収し、機体を思うがままに動かしてくれる。
今も俺の機乗している機体は俺が望む通りゆっくりと歩き出し、大地を揺らしながら赤茶けた荒野に降り立つ。
精霊機装に乗るようになってもう2年を優に超える時間が経っているが、今でもこの瞬間はクるものがあるな。
モニターの設置されたヘッド部分を振って周囲を確認すると、精霊機装が他に2体、トランスポーターから離れて歩き出していた。
そのうちの一体がこちらに向けて手を振ると同時に、操縦席の中にミズホの声が響く。
「ユージン、そっち調子はどう?」
「ゲージも100%、オールグリーンだな。そっちは?」
「こっちもフル回復状態。まぁ先週の試合は大分温存したからね。レオは……まあどうでもいいか」
「どうでもよくはないッスよ!?」
「だってどうせ貴方全回復してるでしょ」
「まぁ……そうッスけど」
霊力のキャパシティだけではなく回復速度も人によってさまざまだが、レオはその回復速度も速い。本当にコイツ霊力の基礎スペックに関しては高水準だよな。上位チームが欲しがるのもわかる。こいつ一本釣りしてきたナナオさんマジ優秀すぎんだろ……
まぁでも今はうちのチームメイトだ。そしてその回復力が今はヒジョーに助かる。何故なら
「それじゃレオ君、頑張ってな。俺らちゃんと見守ってるから」
「がんばえー」
防衛の仕事丸投げできるから。
「いや二人とも仕事してくださいよ!?」
「いやぁ、俺らここで力使うと明日の試合までに回復できるか怪しいからなぁ」
別に単純にサボりたくて後輩に仕事を押し付けているわけではない。ちゃんとした理由があるのだ。
この鏡獣に対する対処の任務、当然ではあるが決まった週ではなくランダムに発生するので今回のように試合の前日に発生することもちょくちょくある。精霊機装は動かし、かつ戦闘行為を行えばダメージを受けなくても消耗はするのでタイミングによっては試合までに霊力が回復しきらない事もあるのだが、鬼畜な事に試合のスケジュールに関してはその辺り一切考慮されないので、力の消耗を抑える事は重要なのだ。
「鏡獣くらいレオ一人でも大丈夫でしょ?」
「そりゃそうッスけど……」
「数が出てきたり、"異界映し"の方が出てきたらちゃんと俺達も参戦するから」
「……約束っスよ?」
正直、大体の場合出現する"意識映し"と呼ばれる方のタイプなら精霊機装一体いれば事足りる。にも拘わらず全員で来ているのはまれにおこる複数体出現や"異界映し"タイプの出現に備えるためだ。
「それで、レイブンズの2機が現着してるらしいからアタシらはそっちに合流しに行くけど。ユージンはどうする?」
「あー、どーすっかな」
言いつつ、俺は周囲の地形を見回す。
周辺は大体は平坦な平野。西の方に視線を向ければはるか遠くに街のようなものが見える。そして出現予測地域から少し離れた位置だけ少し地形が山なりで、小高い丘のようになっていた。
俺はその丘を機体の指で刺しながら、通信機へ向かって喋る。
「俺はあの丘の上に陣取るわ。出現位置が大きくずれたり足の速い個体が出現した場合はこっちで狙撃する」
「了解。それじゃとっととと済ませて帰ってランチにしましょう」
「「了解!!」」