浜辺の奇妙な人々①
この回で海の話は終わらせる予定だったのですが、長くなったために分割しました。
そのため今話は少し短めです。
「ちょっと飲み物買ってくるわ」
ボール遊びを終え沖(というほどの距離ではないが)から浜辺へと戻った俺は、ビーチパラソルの下に置かれた荷物の中から自分のタオルを取ると簡単に体を拭い、その上でパーカーを羽織る。
「あ、それまた着るんだ」
「いいだろ別に」
自分の見えない場所から見られてるかもと思っちゃっていやなんだよ。自意識過剰なのは分かってるけど、だからといってそれがずっと気になる状態で動いている必要もないし。
前は……まぁ閉じなくていいか、暑いしな。
サイズのせいでわかりやすい自分用のビーチサンダルを引っ張り出すと、俺は一緒に戻って来た他の4人に声を掛ける。
「皆も何か買ってくるか?」
「あ、俺が行くっスよ」
レオがそう言って立ち上がろうとしてきたので、それを押しとどめる。
「いいから。何飲む?」
その問いにレオはスポーツ飲料を、女性陣二人はミネラルウォーターを注文してくる。
「ミズホは?」
「あ、アタシも一緒に行くわ。ユージン一人じゃちょっと多いでしょ」
「いや、大丈夫だぞ? 大した距離でもないし」
飲み物の自動販売機はここからでも見える位置にある。多少は歩くが200mもない距離だし、パーカーのポケットにも突っ込めば5本くらいなら運ぶのは大した苦労もない。
「まぁまぁ。何売ってるか確認してから決めたいしさ」
「ついてくるのは別に構わんけどな。んじゃ行くか」
「はぁい」
「なんか面倒なのに絡まれたら手を上げてくれたら駆けつけるっスよ」
「おう」
こちらを見送る3人にひらひらと手を振りながら、俺はミズホと連れ立って歩き出す。
──しかし、人が増えてきたな。
周囲を見渡せば、先程ボール遊びを始める前と比べると明らかに客の数は増えていた。今日は精霊使い関連の貸切だから日本の夏場の海岸線のような人口密度はないが、そこかしこに歩く水着姿が見え始めていた。その殆どは見かけたこともない顔なので各チームのスタッフなんだろうが、中には見た顔がちらほらあった。それほど数が多い訳でもないようだが、俺達以外にも精霊使いは来ているようだ。
そしてそんな中を歩いて行くと当然いくらかはそういった連中とすれ違うわけだが、その中の半数が一部は堂々と、一部はちらちらばれないように(バレてるけど)こちらを視線で追ってきていた。
その視線の大部分が向けられている先はミズホだろう。目を見張るレベルの銀髪の美女がその肢体を隠そうともせず横を歩いているのに、俺の方に視線を向ける奴がいると考えるほど自惚れていない。──いや、実際は明らかに俺に視線を向けているのもいるが、この状況でパーカーまで羽織っている俺の方を目で追う奴は容赦なくロリコン判定だ。単純にしばらく前に話題になった人間だから見てるだけもしれないけど。
しかし……本当に動じないな。
「前から思ってるけど、こんだけ見られてるのによく気にしないでいられるよなぁ、お前」
「見られるのは慣れてるしね。さすがに近くでガン見されるのはいやだけど、遠目に見られるくらいなんて気にしてられないわ。ユージンも今はまだ慣れてないだろうけど、そのうち慣れて平気になるわよ」
「慣れたくねぇなぁ……」
というか慣れるほどこういう状況を経験したくない。
そんな他愛の無い話をミズホとしながら歩いている内に、大分遠くに見えていた自販機が大分近くなってくる。
「お?」
そして、そこに見知った顔を見かけた。
「どしたの?」
「自販機の所に知り合いがいた」
「へぇ、誰……ああ」
俺の視線を追うようにそちらの方を見たミズホも、そこにいるのが誰か気づいたらしい。
そこにいたのは金髪の青年──イスファさんだった。彼は何を買うのか悩んでいるのか自販機をじっと見ていて、まだこちらに気づいていない。
「どうするの? 挨拶する?」
「気づいたのに挨拶もしないってのも変だしな、ちょっと挨拶してくるけど……」
俺がそこで言葉を切って見上げると、ミズホはコクリと頷いた。
「おっけ、ちょっと離れた場所で見てるよ」
そう言って彼女は自販機と少し離れた位置を指さした。カミングアウトにより彼が女性が苦手なのは周知の事実なので、察してくれたようだ。
「悪いな。挨拶終わったらすぐ呼ぶから」
「あいあい」
さすがにビキニ姿の銀髪の美女なんかと一緒に近くにいったら、彼は間違いなくフリーズするだろう。俺は別方向へ向かうミズホと別れ、小走りにイスファさんの元へ向かう。
……あ、一応ジッパー少し上げて置くか。フルに閉めると暑いから、胸元くらいまで閉めれば……うん、この程度なら夏場の私服と比べても露出が低いくらいだし大丈夫だろ。
よし。
ちょっと手前まで来たあたりで、俺は手を振りながら声を掛けることにする。
「イスファさーん!」
丁度何かを購入したらしく取り出し口からペットボトルを取り出していたイスファさんは、俺の呼び声に気づいてくれたらしく体を起こしながらこちらへ向き直り、
「ユージンさ……ん……」
その途中で固まった。
「イスファさん?」
俺は一応近寄りすぎないようにちょっと手前で足を止めると、彼の事を見る。
下から見上げる形となったかたまった彼の顔の中で、瞳だけが視線が泳ぎまくっていた。
「イスファさーん?」
もう一度声を掛けるが、返事がない。そして彼は一歩後ずさると、
「ごめん!」
謝罪の言葉と一緒に身を翻し、走り去ってしまった。
ええ……




