はじめての水着(女性物)
突然肌を露出させられて、口から自然に間抜けな悲鳴が漏れてしまう。
それが不味かった。
突然上がった悲鳴に、元々こちらを見ていた連中だけではなく雑談などしていたスタッフまで何事かとこっちに視線を送ってくる。
視線の集中に、頬が熱くなるのを感じる。
が、そんな俺に対してミズホは容赦ない。
「はぁい、ぬぎぬぎー」
「あっ、ちょっ、やめ」
留めようとする俺の腕をするりと回避し、ミズホは俺の体からパーカーをはぎ取っていく。というかおかしくない!? 普通に抵抗してるし力は俺の方があるはずなのにどんどん脱がされていくんだけど!
結局気が付けば俺はパーカーを全てミズホにはぎ取られ、その下の姿を陽の光とスタッフの視線に晒すことになった。
「うんうん、よく似合ってる。やっぱりこういった場所で見ると更に映えるわね」
俺の姿を見て満足げにうんうんと頷くミズホを俺は睨みつける。
「お前なぁ!」
「アタシは約束守ってもらっただけですけどー? ほっといたらいつまでも脱ぎそうになかったし」
「うぐ……」
ミズホの言ってることは否定できない内容なので、反論できない。
「大丈夫っスよ、その水着めっちゃ似合ってるっス!」
「そうよ、照れる必要なんてまるでないわ」
「正直すごくいいと思う! 興奮する!」
レオや他のスタッフたちがそう言ってくるが、別に似合ってないと思ってるから見せたくなかったわけじゃないんだわ。というか最後の奴冗談ぽい口調で言ったけど、微妙に腰がひいた状態になってるのマジでやめろ。お前ロリコン認定したからな。
ちなみに俺の着ている水着は空色をベースに白の模様の入ったビキニだった。俺自身は競泳水着みたいなのを選ぼうとしたんだが、ミズホが許してくれず彼女が選んだのがこれだ。
正直店で試着するときやこの施設で着替えた時見た姿は、確かに似合っていたと思う。思うけどさぁ……
露出多すぎねぇ?
自分が見る側だとまぁ普通に綺麗とか可愛いとか思ったり、或いはちょっとえっちだったと思ったこともある。まぁ俺もまだ若い男ですし?
だが、それを自分が着るとなると話が変わってくる。
正直男の体の時に来ていた水着と比べれば、上半身なんかはブラがある分身に着けているものは多い事になるんだが──でも男の時は、こういった場所で上半身が裸なんていうのは当然の事だったし、他の男たちがじっと裸の上半身を見つめてくるなんてことはなかったから当然気にすることはなかった。
だが今は違う。
俺の精神は男のままだが体は女である事をきっちり認識してしまっており、胸等は人に大っぴらに見せるものではないと思ってしまっている。そのせいか、そういった所に視線を受けると酷く恥ずかしさを感じてしまうのだ。
正直恥ずかしがりすぎな気はしてる。自意識過剰なのかもしれないという考えもある。だが恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
多分だけど、これは俺が見られることに対する耐性がないせいだと思っている。
普通の女の子であれば当然十年、二十年と女性として見られているからそういった視線にある程度慣れるもんなんだと思う。だが俺はわずかまだ女性歴三ヶ月。更に言えば水着なんかで人前にでるのはこれが初めてだ。だとしたら仕方ないのではないか。
別にメンタルが外見に引っ張られて幼い少女のようになっていっているからとか、そんな理由ではなくそっちの方がしっくりくる。
まぁ理由がどうあれ恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
後、男がどういう目でどのあたりを見てくるのかを分かってしまうのもいけない。元は自分が向けていた視線だからな。その視線を想像してしまうし、実際に向けられていれば気づいてしまう。
でもまぁ、うん。
今俺は一人じゃない。
「……おや、急に堂々とし始めたっスね」
「まだ節々に照れが見えて可愛いけどね」
ミズホうるさい。
「とりあえず吹っ切れたのかしら?」
「吹っ切れたというか、冷静に考えれば隣にお前がいるし他にも女性陣いるし気にしすぎだと考える事にした。普通なら俺よりまずお前とかの方に視線がいくだろ」
「まぁミズホさんモデルやってるだけあってスタイル完璧っスからね」
「それは否定しないけど……ひどーい、私を晒しものにして自分の身だけ守ろうっていうの?」
「ニヤニヤ笑いながら言うなや」
そう突っ込みながら、ミズホの全身を見る。
うん。さすがにこんなのがそばにいるのに視線を集めると考えるのは自意識過剰が過ぎるな。
大丈夫大丈夫。
「うん、別に問題ないな」
「でも顔はまだ紅いけど?」
うるさいな、頬が火照ってる感じがしてるから自分でもそんな気はしてたよ。
今自分に自己暗示かけてるんだから邪魔しないで欲しい。
自分の手を当てて紅くなっているであろう頬を隠しつつ冷やそうとしていると、レオが俺の顔を覗き込んで来た。なにやら怪訝そうな顔で。
「なんだよ?」
「いえ……最近ちょっと思っている事があるっスけど」
「うん?」
「ユージンさんの赤面顔最近よく見るっスけど、男の時はそんな赤面症じゃなかったっスよね?」
そういいながらレオがミズホの方を見ると、彼女はコクリとは頷く。
「確かに以前は見たことないわね」
「俺が照れるようなシチュがなかっただけじゃないか?」
「全くなかったってことは無かったと思うわ。あと、泣きやすくなってるわよね?」
「それは……否定できないな」
赤面の方は自分ではあまり見えるものではないからあまり実感はないが、涙もろくなってるというのは実感している。以前だったらこないだみたいに転倒したくらいで涙ぐむなんてことはなかったし、先週日曜日にとあるアニメを見たときなどは最終回付近でガン泣きして人に見せられない状態になった。以前見たことあるアニメだし、その時はじわと来ることはあっても泣くまでは行かなかったにも変わらずだ。
「女の子になったからっスかね?」
「体が女性になったからって赤面症になったり単純に涙脆くなったりはしないだろうが、俺の場合は完全に体が造り替わってる感じがあるからなぁ。そのせいで体もそんな風に変わった可能性は否定できない」
ただ筋力とかはなぜかこの外見なのに前とほぼ変わってないんだよな、握力とか試しに計ってみたら学生時代に計った時より上がってたくらいだし。マジでどうなってんの俺の体?
「でも赤面してるユージンめちゃくちゃ可愛いから結果オーライじゃない?」
結果オーライなことなんて何一つとしてないんだよなぁ。というか
「お前まさか今回のもそれを見るのが目的で……」
「ソンナコトナイヨー」
棒読みじゃねーか。
「おい目を逸らすな!」
「あらそう? それじゃ」
俺の追求に一度目をわざとらしく逸らしたミズホは、すぐに視線を戻し一気に顔を近づけてきた。
鼻先がくっつくくらいまでの距離まで急に顔を近づけられ、俺は途端に動揺してしまう。
「おい、近っ」
「だって目を逸らすなって」
「近づけろとはいってないだろ!」
思わず目を瞑ってしまうと、くすくすと笑い声が聞こえた。すぐ側ではなくちょっと遠い。あれ、と思って目を開くと、ミズホの立ち位置は元の場所に戻っていた。そして彼女は両手を頬に当ててふるふると体を左右に振る。
「やだもうかぁーいーなー! めちゃくちゃにしていい?」
「いいわけないだろ!?」
何言い出してんの? あと、視界の隅で動いているレオ!
「おい何撮影の準備始めてんだ!」
「俺の事はお気になさらずっス」
「するわ!」
他のスタッフもこっちガン見してるんじゃないよ。後腰ひいてる連中はしばらく俺らに接近禁止な。
「ったく。アホな事ばっかりいってないでいい加減海に入ろうぜ」
俺達ここに何しに来たんだよ。
「まぁそうね、でもその前に一つ聞いていい?」
「今度はなんだよ」
「さっきから何であたし達全員に対して背中を向けないようなポジション取ってるの?」
……目ざといやつだな。
「どうして?」
俺はちょっと考えていいごまかしが思いつかなかったので、仕方なく正直に答える。
「……だってビキニってさ、上とか前はまだ普通に隠れてるからいいけどの後ろって半分くらいお尻でてるじゃないか。男の時だってそんな状態で外歩いたことないし、そこ見られるのは恥ずかしいだろう」
その答えを聞いたミズホは右手で顔を抑えた。
「ごめんレオ、アタシ鼻血出そう。ティッシュある?」
「あるっス」
なんでだよ。




