夏が来た!(9月)
「なぁ、なんか欲しいものとかして欲しいこととかあるか?」
2週間ぶりのエルネスト事務所。
今の体になって以降、ミズホにはさんざんお世話になっている。その厚意のベースになっているのは下心もあるが勿論それだけじゃないのは分かってるし、そういう気持ちがあるのは分かった上でその厚意だけを享受するだけってのはさすがに下衆すぎるだろう。だから、可能な範囲で要望を聞くつもりでそう聞いてみたところ、
「結婚しよ?」
即答が来た。
……いや、可能な範囲でな? さすがに将来確定するのは無理です。
「もうちょっとこう……ソフトな感じで」
「ソフトな感じ」
「一応世話になってるお礼みたいなもんだから……もう少し簡単に出来る範囲にしてくれ」
「あら、それだったら気にすることないのに。んー、でもそしたら──」
そんなやりとりがあった翌日。
俺は夏の陽射しの下、波の押し寄せる浜辺にいた。
いや、この世界は何故か四季の変遷も日本と似た感じで(正確に言うと寒暖差はこちらの方が小さいし厳密には少し時期の変遷もずれている感じはあるけど)今は9月も中旬だから夏の陽射しというには少々弱いし、そもそも陽射しと俺達の間には透明な天井が存在している。さらに言えば押し寄せる波の向こう側にもこちらは透明ではない壁が見える。
「……話には聞いていたけど、でかい施設だな」
俺は周囲を見回す。
壁は波の向こうだけではなく、浜辺の両側にも広がっている。ついでにいえば、波打つ水辺とは反対側にも当然壁はある。
ここは屋内の施設だった。大分広いのでぱっと見外だと錯覚するが。
海岸線を模した巨大レジャー施設。今俺達はその中にいた。
実は異世界アキツの六都市近郊には海がない。
一応大分六都市から離れた東側には海はあるんだが、その距離はかなりあるために日帰りできるような場所にはない。また北に位置する六都市の一つロスティアの近郊には巨大な湖があるが、あくまで湖なので海とは違う。
そんなこともあってか、この世界は海を模したレジャー施設が各都市に存在する。今俺達が来ているのもそんな施設の中の一つだった。
ただ、ここは最寄りであるカーマインにある施設ではない。中央統括地域に存在する施設だった。
わざわざ近場ではなく、数時間かかるこっちの方に来ているのは理由がある。
「こんだけの施設を貸切にするとか、ほんとリーグ戦って儲かってるんだなぁ」
リーグ戦事務局がこのオフシーズンの間に施設を丸ごと借り上げ、リーグ戦関係者(選手だけではなくチームスタッフも含む)に貸し出してくれているのだ。──Sランク精霊使い辺りになるとこの世界でもトップクラスレベルの有名人だからな、こういったサービスは助かるだろう。後今の状況の俺にとっても非常に助かる。
「さすがに期間限定の数日だけどね」
感心し周囲をきょろきょろ見回している俺に対して、隣に立つミズホがそう返してくる。
彼女は黒いビキニ姿で、均整の取れたその肢体を惜しげもなく晒していた。俺以外にも視線があるにも関わらずその立ち姿はさすがモデルというか、堂々としているし様になっている。
そう、今ここにいるのは俺とミズホだけではない。レオ、そしてエルネストのチーム関係者が男女混在で十数名ほどが今この場所にやってきていた。今は彼らは談笑したり、パラソルを設置したり、こちらの方をちらちらと見てきたり(正直ミズホの方を見てしまうのはわかる)思い思いに過ごしている。
そんな彼らの姿を眺めながら、俺はミズホの方に問いかける。
「なぁミズホ。今更聞くのもなんなんだが」
「何かしら?」
「正直お前だったら、俺と二人で来たがるかと思ったんだが……どうして大勢で来ることにしたんだ?」
「あら、二人っきりのデートが良かったかしら?」
「そういう話ではなく」
「冗談よ」
そう言って彼女はクスクス笑ってから、言葉を続ける。
「ストレートに行っちゃうと、虫よけね」
「虫よけ?」
「ここ、貸切とは言ってもあくまでリーグ戦関係者全体の貸切だからね。アタシとユージンが二人っきりでなんていたら間違いなく虫がよってくるわよ」
虫……ああ、そういうことか。こういった入れる人間が制限されているような場所でも、出会いを求める奴はいるんだなぁ。
「大変なんだな、お前も」
「他人事みたいにいっているけど、ユージンも一緒だからね?」
は?
「いやいや俺この外見だぞ?」
珍しがって寄ってくる奴はいるかもしれないが、こんな子供のような身長の体だ。ついでに言えば中身男なのはこっちの世界の人間は知っているわけで……ナンパしてくるような奴はゼロとはいわないがそれほどいないだろう。
そんな風に考えている俺に、ミズホは首を振りながら諭すような口調で言ってくる。
「甘い、甘いわユージン。間違いなく貴方もかなり声かけられるわよ」
「……この世界はロリコンだらけか?」
「いやユージン確かに外見的に幼いしアタシの想像以上にロリコンが多い気配もあるけど、それとは別に体つき自体は完全に子供体型ってわけじゃないからね。狙ってくるのは間違いなくいるわ──そんなの嫌でしょ?」
「それは……嫌だなぁ」
男にナンパされるのは勘弁してほしい。
「というわけで皆で来る事にしたってわけよ。ねぇレオ?」
「ういっス、二人の間を引き裂こうとするような男は近づけさせないっすよ!」
「誤解を招くような言い方は止めろや」
今周りにいるのはすべてを理解しているチーム関係者しかいないし、メディア関係者とかはここ入れないハズだから大丈夫だろうけどさ。うんでも皆でうんうん頷く必要ないからなー?
そんなチームスタッフたちを見回しながら、ミズホは笑った。
「勿論皆で一緒に遊びたかったってのもあるけどね、こんな機会滅多にないし」
「まぁ、そうだな」
その言葉に、俺も頷きつつ笑いを返す。
確かに普段チームの連中とこうやって過ごす事はない。シーズン中はスタッフの皆も忙しいし、それに合わせてミズホはモデルの仕事があるし俺はそもそも週末しかこちらに来ることはない。オフシーズンとは言え後半は翌シーズンに向けた準備で忙しくなるから、こんなことが出来るのはこのタイミングだけだろう。
まぁ言っても任意参加だったし、距離もそれなりにあるから来てるのは一部だけだけどな。ナナオさんも来てないし、面子的にはチームスタッフの中でも若い連中が来てる感じだ。
「んー! まぁせっかくだから今日はチームメンバーと親睦を深めるとしますか!」
そう声に出して大きくすると背伸びをする俺に、ミズホが声を掛けてきた。
「ところでユージン」
「なんだ」
「そのパーカーいつまで来てるの?」
うっ……
実は今俺はまだ、白いパーカーを羽織っている。前もきっちりファスナーを閉じたままだ。この下は……まぁうん、この場所にふさわしい格好ではあると思う。あると思うが……
俺は半ば無意識にパーカーの首元を抑え、ミズホの顔を見上げながら無駄だと思いながら聞く。
「その、これ脱がなきゃ……ダメ?」
「その上目遣いすごく可愛いけどダメ。約束でしょ?」
「うう……」
いろいろ世話になっているお返しとしてミズホが望んだのは、彼女が選んだ水着でここに遊びに来ること。実現可能な範囲だったので断れず、昨日そのままミズホと一緒に水着を買いに行った。その時に一度水着は身につけているし、覚悟はできているつもりだったが……
こんな開けた、少し離れたところにはそれなりの数の人影がいるところであんな恰好するのかと思うと急に恥ずかしさが──
そんな感じでパーカーを脱ぐのを躊躇している俺の正面にミズホは立つと、左手で俺の肩を掴み
「はーい、観念しましょうねー」
空いたもう片方の手でパーカーのファスナーを一気に下げ降ろした。
「ひああっ!?」




