喫茶店にて
俺と秋葉ちゃんそれぞれ精算をすませ、俺は買った荷物を一度ロッカーに預けてから駐車場を挟んで反対側に位置するチェーンの喫茶店へと移動する。
「あの、本当に奢ってもらっていいんですか?」
案内された窓際の席で開いたメニューで少し顔を隠しながら、上目遣い気味な視線をこちらに向けてくる秋葉ちゃんに対して俺は頷く。
「一応これでも社会人だからね、これくらいならなんでもないよ」
ここ最近服をはじめとしていろいろなものを買い替えたり揃えたりする必要があったせいで実はここ最近の収支は完全に赤字に突っ込んでいるんだが、これまでの生活での出費が最低限ですんできたから貯金はかなりたまっているので問題ない。
「それに二人とも両替してないんだよな、確か?」
俺の言葉に、二人は頷く。
俺達精霊使いが異世界アキツにて報酬としてもらっている向こうの金は、実は日本円にも換金できる。ただし、そのレートがくっそ悪い。こちら側で自由になる金には限りがあるので仕方ないらしいんだが……セラス局長のあの能力があれば銀行の口座残高とか簡単にいじれそうな気もするが、問題があるのだろうか。いやまぁ問題があるっていえば完全に犯罪行為になるから間違いなく問題だけど。それに俺が見たことはすべて他言無用といわれているから、そういった能力を使うわけにはいかないのかもしれない。
とにかくそんなわけで向こうでの報酬がそれほど大きくない俺は一切換金していないんだが、俺より間違いなく多い報酬を貰っている(ハズ)の彼女達も換金していないらしい。秋葉ちゃん曰く「お小遣い変わってないのにお金の使い方が変わったらいろいろ疑われそうだから」とのこと。ちなみに金守さんは秋葉ちゃんが換金しないからと言っていた。
だから日本側で彼女達が自由になるお金はあくまで自分達のお小遣いだけとなる。そんな理由もあって、こっちが誘ったんだし奢るのは当然だろう。
「ここの支払いくらいだったら全然大丈夫だから好きなもの頼んで」
「……それじゃお言葉に甘えさせていただきますっ」
秋葉ちゃんは笑顔でそういって、金守さんと一緒にメニューを眺め始める。
秋葉ちゃんのこういう遠慮しすぎないところはいいと思うね、俺。彼女は遠慮しすぎず、かといって甘えすぎず、丁度いいバランスを自然と分かっている感じがする。
「村雨さんは何にします? パフェとかありますけどっ」
「俺はアイスティーでいいや」
外がまだ暑いからアイス食べたい気はするけど、パフェを食べるほどには甘い物好きってわけでもないんだよな。
「それじゃ一緒に注文しちゃいますね」
そう言って秋葉ちゃんは店員を呼び寄せると、アイスティーにパフェ二つを頼む。俺はその彼女がこちらに向き直るのを待って、声をかけた。
「秋葉ちゃん、金守さん。優勝とAランクへの昇格おめでとう」
「あ、はい! ありがとうございますっ」
俺の言葉に秋葉ちゃんは元気のいい返答と共に頭を下げ、金守さんもそれに合わせてペコリと頭を下げる。
今シーズン、彼女達二人が所属しているアズリエルはB1リーグにて首位にたってからは一度も陥落することなく優勝を決めていた。そして優勝の場合は入れ替え戦をすることなく昇格が確定するので、来シーズンから彼女達のチームはAランクのリーグ戦に参戦することになる。SAリーグはトップリーグ、サッカーなどで言えばJ1だ。彼女たちはトップリーグのプレイヤーになったわけである。実質デビューしたシーズンでいきなり昇格……高い霊力を持つとはいえ、やはり天才というのはいるんだなぁと思ってしまう成績だ。正直俺が彼女達と同等の霊力持っててもここまでの戦績を残せなかったと思うし。
「秋葉ちゃんとかBランクリーグの年間MVP候補って聞いたぜ、凄いな」
「戦績を考えても秋葉ちゃんのMVPはほぼ間違いないと思います」
「ちょ……チームの人から千佳ちゃんだって可能性はあるって聞いたよー!」
「それを言ったのが誰かは知りませんが見る目がないですね。どう考えても秋葉ちゃんです。撃破数とかからみても」
「いやいやいや。それだってチームの皆がフォローしてくれたおかげだし!」
秋葉ちゃんはわたわたしながらそう言っているが、実際の所は秋葉ちゃんで決まりだと思う。金守さんはどちらかというとフォローに回る事が多かったし、傾向からしてMVPはメインアタッカーが取りやすい。さらに言えばダイジェスト映像を見る限り、彼女はここぞという時の活躍が多かった。
「俺も秋葉ちゃんだと思うね。今のうちにサインとかもらった方がいいかな?」
「ふえっ!? ちょっと、そういう冗談はやめてください!」
「あはは、ごめんごめん。でも実際の所そういうの求められたりはしないわけ?」
「今はアキツに慣れるので精いっぱいということで、チームの方が私と秋葉ちゃんに関しては出来るだけそういうのは押さえてくれてるんであまりないですね。ただこないだ用意したサイン用ブロマイドは秋葉ちゃんのは速攻で完売したらしいですが」
「……千佳ちゃんのだってすぐなくなったでしょ、もう」
秋葉ちゃんは金守さんの言葉に顔を赤くしながら、拗ねたような声でそう反論する。
まぁそりゃすぐなくなるだろうなぁ。Bランクに突如現れた新星、しかも二人とも年齢相応に可愛らしい。先程金守さんが言った通り今の所試合以外で表に出てくることは少ないが、今後露出が増えてくればいろいろ引っ張りだこになるだろう。
元気な秋葉ちゃんが照れて黙り込んでしまったので少しそこで会話が途切れると、丁度いいタイミングで店員が注文した品を持ってきた。それを受け取った秋葉ちゃんは火照った頬を冷やすかのようにすぐパフェに口をつける。──ちゃんとその状態でも「いただきます」と断ってるあたり律儀だけど。
そんな秋葉ちゃんを眺めながらよく冷えた紅茶に口を付けていると、まだパフェに手を伸ばしてもいない金守さんの方が口を開いた。
「そういえば、村雨さんの方は残念でしたね」
「あ、そっ、そうです。惜しかったですよね、本当なら昇格できてたのかもしれないのに……」
パフェをかき込んでいた秋葉ちゃんもその手を止めて、金守さんに続けてそう言ってくる。口の端にちょっとクリームがついてるのが可愛い。
「まぁ仕方ないよ。前期でラウドテックに負けてたのが不味かったわけだし」
昇格を決めた秋葉ちゃん達と異なり、俺達エルネストは残念ながら昇格することはできなかった。最終的な総合順位は3位。2位ラウドテックが結局残り2試合を落とさなかったためポイント差が逆転することはなくフィニッシュとなった。最終的なポイント差は1点差、前期最終戦を不戦敗で落としていなかったら逆転できていた数値だ。
「でも、こうなると7戦目のアレはもったいなかったですね」
「7戦目のアレ?」
「振動爆弾です。せっかく切り札切ったのに、と思って」
秋葉ちゃんの言葉にああ、と俺は頷き、次いで首を振る。
「あれは全く問題ないよ」
「そうなんですか?」
「うん。あれは使う可能性を相手が考慮する事でも意味があるから」
俺の言葉に金守さんが成程、と頷く。
「その警戒を利用することで戦術の幅が広がるという事ですね」
「そういうこと。……ところで金守さんはパフェ食べないの? アイス溶けない?」
「そうすぐには溶けないと思いますが、そうですね、いただきましょう」
頷き、彼女もパフェを口に運び始める。実においしそうに食べる秋葉ちゃんと異なり彼女はただもくもくとクリームやアイスを口に運ぶ。
……さすがに女の子が食べるところをじっと見ているのもアレか。
そう思って二人から目を離し、自分も再びアイスティーに口を付ける。
と、金守さんがふとパフェを口に運ぶ手を止めて言った。
「そういえば、拝見させてもらいましたよ」
「ん?」
「エルネスト社の広告です。実に可愛らしい姿でしたね?」




