論理崩壊
弛緩した空気が一瞬で引き締まる。
俺とミズホの顔からは笑みが消え、慌ててバタバタしていたレオもピタリと動きを止め耳を澄ます。
『論理崩壊警報が発令されました。発生予想区域はグランクレスE7地区です。予想時刻は11時07分です。繰り返します……』
同じ内容がもう一度繰り返され放送が終了をすると、俺達は顔を見合わせた。
「グランクレスE7地区って……」
「ここからトランスポーターすっ飛ばせば40分で到着する距離よ。えっと今は」
ミズホは腕に着けている時計に視線を落とし、
「9時40分だから、準備の時間を入れても間に合うはずだわ」
「E7でその時間だと間に合うの多分ウチとC2のレイヴンズ、それから都市リーグのチームだけっすよ」
「ってことは……」
俺達は頷きあう。
「出撃よ! ハンガーに急ぎましょう!」
「「了解!」」
弾かれたように俺達は部屋を飛び出す。
論理崩壊。
この世界で発生する、不可思議としかいえない事象。
その事象で起こる内容は、一言で表そうとするとこうだ。
『常識が崩壊し、この世界ではありえない事象が発生する』
なんでもこの世界の設計図たる論理に歪みが生じ一時的に崩壊する事によって、この世界の常識から外れた事象が巻き起こるらしいのだが詳しい原理はよく知らない。
ただ、その結果で巻き起こることは様々だ。例えば俺がこの世界に来る原因となった彷徨い人の出現もそうだし、重力が反転したようなこともあったそうだ。他にも巻き込まれた人間に猫耳が生えたり、謎なケースだと空中に金ダライが唐突に出現して下にいた人間の後頭部に直撃したなんて話もあった。コントかよ。
そんな論理崩壊が巻き起こす事象の中でも、特に不味い事象として”鏡獣”の出現というものがある。
鏡獣というのはその名の示す通り、"何かを映しこんで出現する"獣の事で2つの種類が存在する。
一つは"人の意識下の存在"を映しこみ構築される存在。なんでも人が意識下の中で強いと認識しているものを読み取って現実化するらしい。過去に日本出身のプレイヤーが防衛戦に混じった時は連邦の白い〇魔が出現したこともあったらしいが、正直見てみたかった気がする。
毎回異なる姿で出現するため一見厄介に感じるが、実は写し取るのはガワだけで中の能力は大差ないので対処は簡単だったりする。むしろ厄介なのはもう一つの形態だ。
そのもう一つの形態は"この世界ではないどこかの存在"を映しこみ存在を構築する。彷徨い人のように転移してきているわけではなくいうなれば複製をしているわけなのだが、こちらは複製元の能力までも複製する。なのでくそ雑魚な時もあればヤバイ強さの時もあり当たり外れは大きい。まぁこっちの方が出現するのはめったにないらしいが……
ただどちらのケースが出現したにしろ、放っておくと暴れまわり周囲に被害をもたらす。しかもこの鏡獣は霊力を伴わない通常兵器はほぼ効果がないため、そこで俺達精霊使い達の出番となるわけだ。
ビルの階段を駆け下りて裏口から飛び出し数100mを駆け抜けた俺達は、巨大なハンガーの中へと飛び込む。
「ナナオさん、機体の準備は!?」
「もう出来てる! いつでも出れるよ!」
飛び込むのと同時にミズホが上げた声に、ハンガーの中で周囲に指示を出していたツナギ姿の女性が間髪入れず返事を返してくる。
女性の名前はナナオ・エルネスト。我らがチームエルネストのオーナーであり、チーフメカニックでもある女性だ。
「トレーニング場に向かうためにトランスポーターに乗せてたからね! バッテリーの換装も終わってるしトランスポーターのドライバーももう準備万端。あんたらも準備ができたら車に乗りな!」
そう言って彼女が指さす先には3台の巨大トレーラー──精霊機装輸送用のトランスポーターと呼ばれる車輛とそれ以外にいくつかの車両が整然と並んでいた。
「俺先に乗り込んでますね!」
すでに精霊を呼び出し済みで、ナナオさんのいう準備が完了しているレオが車輛の方に駆けていく。それに対し俺とミズホは反対側──ハンガーの壁沿いに設置されたPC端末へと駆け寄り、その前に置かれたパネルに手を叩きつけるようにして、叫んだ。
「タマモっ、来い!」
「リーデル、おいで!」
次の瞬間俺とミズホの前のPCの液晶ディスプレイに一瞬獣の姿が浮かび、その姿がそのまま画面より浮かびあがってくる。そして最後にきゅぽんと少々間抜けなSEと共に、俺とミズホの契約精霊がそれぞれこの世界に実体化した。
ミズホの契約精霊、リーデルは契約主と同じ銀色の毛並みをしたデフォルメされた狼。
俺の契約精霊、タマモは三本の尻尾を持ったやはりデフォルメされた狐。
テーブルの上に降り立った二体の電子精霊はテーブルに置かれた腕を駆け上りそれぞれの契約主の肩へと飛び乗る。それを確認し、俺達はトランスポーターではなく通常車両の方へ駆けてゆく。
この時点では俺達はまだ精霊機装には機乗しない。ここから起動状態で行くとバッテリーが厳しくなるから電源を入れないので、中に入っても何も映っていない暗闇の中でずっと現地到着まで待機することになる。さすがにそれはしんどい。
俺達が現地に向かうための車両に駆け寄ると、運転席にはナナオさん、助手席にはすでにレオが乗っていた。なので俺とミズホは後部座席へと体を押し込んでいく。
ミズホの後ろから乗り込んだ俺がドアを閉めると、運転席のナナオさんが振り返って来た。
「車出すよ、いいね?」
俺達3人が揃ってその言葉に頷くと、彼女は無線機のスイッチを入れて他の車両に指示を出す。それから窓を開けるとそこから体を乗り出して叫んだ。
「出発するよ、出口を空けとくれ!」




