わたしのからだ
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「どうしたもんかな……」
9月初めの土曜日。いつもならすでに異世界アキツに行きエルネストの事務所にいるであろう昼前の時間に、俺は自宅の部屋の中で腕組みをして唸っていた。
目の前には洋服ダンス。その引き出しの一つが開かれ、中にあるものが俺の瞳の中に映っている。
そこにあるのは男物の服だった。
「どうしたもんか……」
先程と同じ言葉をもう一度呟きながら、視線を横に移す。
そこにあるのは折りたたまれた女物の服だった。
視線を戻す。
洋服ダンスの中には、それを突っ込めそうなスペースはもう空いていない。
俺が女になって、もう3か月になる。その間必要に応じてちまちま買い足していた女物の服はそれなりの数になっていた。それらの服はこれまでタンスの空きスペースや、ホームセンターに寄って買ってきた衣装ケースにしまっておいたんだが……そろそろ先延ばしにしていたことに決心をしなければいけなくなってきた。
それは、男物の服の処分についてだ。
増え続ける女物の服はすでに仕舞いきれなくなりあふれている。新しい衣装ケースを買ってくればまぁ収納はできるんだが、これから更に秋物や冬物が増えていくのは確定だ。そして俺の部屋はそれほど広いわけじゃない。男に戻れないと宣言されている以上、今後着ることはない服でスペースが埋まっていくのもどうかなと思う。
だがなぁ……
その、なんというか。男物の服を残しておく意味は全くないことは分かっている。性別が変わっても身長が変わっていなければ使いまわせた服もあったが、さすがに今の140cm台の身長ではどれもこれもサイズが合わなさ過ぎてどうしようもない。なんとか使えるのは部屋着として使っていて今も着ているダブダブになったTシャツ数着くらいだけで、後は全部無用の長物になってしまった。それは服だけではなく下着やソックスまでもだ。
だがこれを捨てるのは……なんか、自分の中で男である事を捨てる感じがしちゃうんだよなぁ。
男であったことを整理してしまうというか、男であった過去を捨てる事になるというか……考えすぎなのは分かってるんだが、どうしてもそんな気持ちが消えなくてずるずるとここまで引きずってしまった。
だけどもう3か月。今月中には秋用の女物を買い足す予定なのでいい加減心を決める時だろう。
「……捨てよう」
あくまでそういう気持ちがしてしまうというだけで、別に服を捨てたって俺が男だった過去はかわらないし、俺の内面が男のままだという事も変わらないのだ。物に頼らないと自分が男だという意識を保てないなんてのは、逆に自分が男であることに自信がないように見える気がする。
「よし」
とりあえず何着かタンスの中から引っ張り出し、その変わりに畳んであった女物の服を仕舞っていく。
「これは明日の夜にゴミ捨て場だな」
気に入った服も混じっているが一度決めた以上はもう躊躇しない。俺は引っ張り出した方の服を、透明な袋の中に入れていく。ウチの辺りでは月曜日の朝が古着の回収となっているので、そこに出すためだ。透明な袋に入れて出すのがルールなので。
ただこのルールがあるので、一気に出す事は出来ないな。近所での俺の認識も今は完全に女に変わっている。そして若い一人暮らしのハズの女が大量の男物の服を出したりしたら、間違いなくいらん噂が立つ。
近所の暇なおばちゃん達、超厄介。
男姿の時の俺は自分でいうのもなんだが割と地味な感じですくなくとも人の目を引くような感じじゃなかったので、それほどおばちゃん達の話題になる事はなかった。だが今の姿はダメだ。成人女性なのに子供のように小柄、そして目を引くレベルの美少女。嫌でもおばちゃん達の目を引く。
実際ちょくちょくおばちゃん達に声をかけられるようになったし、アパートの別の比較的付き合いのある住人
からは話題に上がっていたことを何度か聞いた。
それでなくても目立つ容姿になったのに、更におばちゃんたちの雑談の話題の的になるのは御免こうむりたい。
「……服買うごとに捨てればいいか」
捨てる決心はしたが別に一気に捨てなくちゃいけないわけじゃないしな。
とりあえず今袋に詰めた奴は、明日の夜か明後日の朝にゴミ捨て場に出すので忘れないように玄関の所に置く。
「さて……と、それじゃ買い出しの準備するかぁ」
いつもなら金曜の夜に買い出しは済ませているんだが、昨日は仕事からまっすぐ帰ってきているので何も買いだしていない。というのも先週で後期シーズンの全試合が完了し、今週の週末は完全オフとなったからだ。エルネストの事務所に行っても誰もいないので、俺も久方ぶりに日本側での週末を過ごす事にした。
といっても別に何かすることはないんだが、たまには怠惰な休日を過ごすのも悪くはないだろう。某ロボットアニメを一気に最終話まで見るとかもいいかもしれない。ただそうするにしても買い出しを済ませてからだが。
「ええっと」
冷蔵庫の中や生活用品が置いている場所をチェックし、不足していくものをメモしていく。まぁ毎週ちゃんと補充しているから食料品以外はそんなに不足はないけども。
あ、でもそろそろあれ買っておかないとダメか。以前買ったのがもう残り少なくなってたはずだしな。
あー、うん。その。生理用品という奴だ。
今の体になってすぐ後に俺はアキツ側で詳細な身体検査をもう一回うけているんだが、その結果は俺の体が外見だけではなく体の中身まで完全な女性のものとなっているというものだった。なので女性特有のソレも当然のように来る。
最初に来た時は焦ったなぁ……
俺の頭の中にはそれに対する意識がなかったのでかなりパニクった。ただエルネストの事務所にいる時だったのが救いだった。ミズホにいろいろフォローしてもらうことが出来たからだ。
これが日本側にいるときだったらマジでどうなっていたか想像がつかない。なにせ俺の事を最初から女だったと思っている会社の同僚に聞くわけにはいかないし、そうすると俺の状況を知っている女性って秋葉ちゃん達だけになる。そこまで付き合いが深い訳でもないあの年の女の子に、男からそういった事を聞くのはさすがに気が引ける。
ちなみにミズホ曰く、俺の症状は結構軽めらしいので助かった。
しかしまぁ……ショックだったのは事実だ。
子供を産める体になってるんだなぁと実感させられることになったからな。それまでは外見や検査結果で女の体になったことは意識させられていてもどこかそう、ゲームのアバター的な感覚があったのだが、この件で体に関しては本当に女の子になっていることを強く実感させられた。
自分が子供を産むことは絶対にないが(出産という行為じゃなくてその前段となる行為が絶対に無理なので)、いろいろ考えてしまったのは事実だ。先月地元にこっそり戻って墓参りしてきたけど、亡くなった両親が墓の向こうで早く俺の子供が見たいとか思ってないことを祈る。父さん母さん悪いけどそれは無理だ……
とにかく買い出しついでに買っておこう。コンビニで買うより薬局で買う方が気分的に買いやすいし。アキツから戻ってきたとき向こうで買った奴は当然もってこれないからこっちで買い直したんだけど、なんとなくそれだけを買うのが恥ずかしくて無駄にいろいろ買っちゃったからな……。
それ以外に買い出しが必要なのはっと……ああ、コンディショナーとボディーソープも切れそうだったかな、この辺も薬局で買っちゃえばいいか、メモしてっと。
ちなみに化粧はおいといてスキンケア用品は最近ちょっと気にし始めている。ただこの辺は何がいいかはさっぱりわからないので素直に二宮さんや鳴瀬さんを頼るつもりだけど。
「よし、こんなもんだろ」
お昼ご飯食べて少し休憩したら買い出しに出よう。




