後期リーグ戦第7戦:天王山④
──よし!
爆炎に飲み込まれるガナフの機体。そして一気に削られていく彼の霊力ゲージを目の当たりにして、俺は思わず左の拳を握りしめる。
初めての使用だからきちんと作動するか不安だったが、仕掛けは問題なく起動してくれたようだ。
だがこれで終わりにするわけにはいかない。俺は踵を返すと全開駆動のまま一気に加速をし、爆炎が巻き上げた煙と土埃へ向けて突進する。
目標は、その中に浮かび上がる巨大な影。
突然巻き起こった爆発に混乱しているであろうガナフは、勢いのついたその突進に対して反応することすらできなかった。
巨大な質量同士が衝突する。
「……」
当然こちらにも大きな衝撃が来る。俺はそれを歯を噛みしめながら耐える。
来るのが分かっている衝撃なら耐えられる。細かい操作の利く全開駆動でしかも体勢を整えた状態だった俺の機体は衝撃をこらえ、その場に踏みとどまる。
だが混乱の中、立ち尽くしていたガナフの機体は耐えられない。
彼の機体は衝突の勢いに耐え切れず、大きく跳ね飛ばされる。機体のバランスが崩れ──だがガナフはなんとか倒れず踏みとどまった。混乱していた状況で大した操作技能だと思う。
だが残念。
俺のライフルはすでに目標を捉えている。
俺は引き金を引いた。
ディスプレイ上に表示された、ガナフの機体の後ろに見える青いマーカーに向けて。
着弾。そして再び爆発が巻き起こった。
爆風と同時に、まき散らされる鉄球がガナフの機体を襲う。
すでにバランスを崩していた彼の機体は、その勢いに耐えきれなかった。後方からの衝撃に大きく体勢を崩し、そのままうつぶせに転倒する。
そして。
その位置へと一気に駆け寄った俺は、倒れた彼の機体に2丁のライフルと内蔵の機銃の銃口を向けた。
「バイバイ」
一斉射撃。ライフルも立て続けに引き金を引く。
2度の爆発によってまき散らされた鉄球により削られていたガナフの霊力は、至近距離から放たれる全開駆動状態からの全開射撃に耐えきる事などできなかった。
なんとか起き上がろうとする様子を見せていた彼の機体の動きが完全に静止する。モニタ左下のゲージに視線を送れば、ガナフのゲージはグレーアウトしていた。
機能停止、戦線離脱だ。それを確認して俺は小さくため息を吐く。
上手くいって良かったと思う。
先程爆発を巻き起こしたモノ。それは振動爆弾という兵器だった。踏まれる事で爆発するのではなく、センサーによって一定以上の振動を検知することで起爆し、爆発と共に鉄球をまき散らす。
精霊機装は人のような動きを見せる事ができるが、そのボディはあくまで金属で作られた鋼鉄の鎧だ。全長10mのそんな鋼鉄の巨兵が走り回れば当然大きな振動が発生することになり、振動爆弾はその揺れを検知して爆発する。今回うちのチームが用意した切り札だった。
振動を感知すれば設置者であろうと起爆するので、近接もしくは中距離での戦闘が主体となる精霊機装ではあまり使えない兵器。だからこそ相手も想定すらしないだろうとこの大一番で導入した。他のチームと違いうちには遠距離戦闘を行う俺がいるから、相手を釣りだすのも不自然じゃなくなるしな。
そしてその作戦は見事成功したという訳だ。
ちなみに赤いマーカーは振動センサーをONにしたもの、青いマーカーは振動センサーを切ったままのもの。これを1セットずつ、レオとミズホに霊力を込めてもらい、前線への移動途中に設置してもらった(脚部に設置用の装置を装着している。それで気づかれる可能性もあったが……大丈夫だったようだ)。残りの1セットはもう使わないだろうから後で回収しないといけないな。
まぁでもそれは後でだ。試合はまだ終わっていない。
「ミズホ、レオこっちは片付いた! そっちに戻る!」
通信機に声を飛ばすと、同時に二つの返事が返って来た。
「了解! こっちももう終わる!」
「すんません! もうダメっスー!」
あ、悲鳴と同時にレオのゲージがグレーアウトした。流石に格上相手に完全ソロは無理だったか……。
だがここまで持ってくれたら大丈夫だ、レオは充分に仕事をこなしてくれた。
モニターの中、最後に組み付いたレオの機体を跳ね飛ばしティアムが移動を開始する。目標は、ミズホとクロッカが戦う戦場。
あと15秒くらい早くレオを突破で来ていれば戦況はまだわからなかったかもしれない。だが遅すぎた。次の瞬間、クロッカが戦線離脱したことをゲージが示す。
残るのは近接特化の機体1機に対してこちらは中距離で2機。こうなればもう、ただの的だ。
「ミズホ!」
「オーケイ、合わせるよー」
視線の先、絶望的な状況になりながらも全速でミズホへ向けて機体を走らせるティアムに向けて、俺は引き金を引いた。
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機体をトランスポータへ納め、操縦宝珠から飛び出したタマモと共に操縦席から這い出して大きくため息。体も頭も疲労を訴えてきているのを感じる。今日は向こうに帰ったら爆睡だなーと思いつつ車内に設置されているタラップを通じて床におり、そのまま更に今後は車外へ出るタラップを降り
ようとしたら地面につく2段手前くらいで膝の力がガクっと抜けた。
え?
そう思った瞬間には俺の目の前には灰色の地面──というかアスファルトが迫っていた。
「ぶべっ!」
ぎりぎり両手をクロスしてガードしたので顔面からいってアスファルトにキスをするのは避けられたが、当然勢い自体は殺せず自分の腕に対して顔を打ち付ける。
痛い……鼻打った。
「ちょっとユージン、大丈夫!?」
ミズホが慌てて駆け寄ってきて、俺を起こしてくれる。
「ラスト2段の所だったから大丈夫……」
一番最初の段でやらかしてたら不味かったとは思う。気を付けないと。
体に痛みがあるか確認するが、ちょっと腕がヒリヒリするくらいで足を捻ったりとかはしなかったようだ。これなら大丈夫だろう。
「あ、肘の所ちょっとすりむいちゃってるっスね」
言われてみると確かに肘から少しだけ血が滲んでいた。
「ああ、こんなの……」
舐めとけば治ると言いかけて止める。勿論本当に舐めるわけではなく、大した怪我じゃないという意味で言うつもりだったが──これ、下手に口にしたら最後ミズホに舐められないか?
いや、まさかさすがにそんなことしないよな? でも最近のコイツの言動考えると絶対にないといえるか?
「なに?」
「……なんでもない」
思わずミズホをじっと見つめてしまい、怪訝そうな表情をされてしまった。
「とりあえず戻る途中で治療しましょうか」
「はい」
「あら素直」
いや別に抵抗するところじゃないだろ……舐める気じゃないよな? 気にしすぎか。
「それにしても……まだ段差苦手なの?」
「いや、今回は単純に疲労で膝の力が抜けただけ。さすがに慣れたよ」
実は今の体になってからしばらくの間、俺はよく段差に足を引っかけて転んでいた。身長が数十センチ単位で急に変化したためいろいろ距離感がつかめなかった結果なのだが──おかげでチーム内ではドジッ娘扱いされていた。いやドジッ娘て。
その頃の姿を思い出しているのか、ミズホがクスクス笑う。
「本当に可愛かったわよねぇ……転ぶ度に涙目になったり顔真っ赤にしたり」
「忘れろ」
「一部映像として残ってるから……」
「消せって言っただろ!?」
「アタシが撮影中に転ぶのが悪いのでは?」
「そもそも撮影しているのがおかしいのでは?」
目ぇ背けんな。
はぁ、とため息を吐く、勝利チーム側は試合後にインタビューがあるからそっちの方にいかないと、と俺は身を翻すとカメラが目に入った。
え、カメラ? 撮影スタッフ? インタビューの人来てるけどいつの間に?
「いやユージンさん降りてきたときにはもう来てたっスよ? 気づいてなかったんスか?」
え、マジで?
確かに撮影チームこっちに来て撮影することあるけど……え? え?
俺はインタビュアーの女性の方へ視線を移すと、彼女はにっこり笑って両手で大きく丸を作った。
あああ、これオフシーズンのおもしろ映像集とかで繰り返し流される奴ぅ!




