ユージンのはじめてのおしごと②
その思いを浮かべてから更に1時間撮影は続けられ、そうしてようやく地獄は終わりを迎えた。
「ユージン、お疲れ様~。とりあえず足閉じよっか?」
スタジオのある施設の中にある待合室、そこに着替えを終えてやってきたミズホはそこに力なく座る俺を見て開口一番そういった。
今の俺はそう──某古のボクシング漫画の有名な一シーンのような体勢で、力尽きていたからだ。ちなみに股は開いているけど、すでに私服のデニムパンツに履き替えているからはしたない事にはなっていないぞ。
「ほらほら復活して。飲み物買ってきてあげたから」
「……さんきゅ」
体を起こし、差し出されたカップを受け取って口を付ける。俺がわりと好んで飲んでいるメーカーの紅茶だった。美味い。
「はぁ……」
「ほんとお疲れねぇ」
「いやほんと疲れたわいろいろと……お前いっつもこんな感じで撮影してんの?」
「まぁ人数多かったけど大体こんな感じ? 今日はエルネスト社の人明らかに撮影と関係なさそうな人何人か来てたからねぇ」
マジか。ということはただの見学者もいたのかよ。しかし毎度こんな感じとは……今後はチームスポンサー関係の仕事からミズホが帰って来た後はもうちょっと労わってやろうかな……
「あと撮影時間はいつもより長かったわね。明らかにユージンに対してカメラマンさんもエルネストの人も興が乗っちゃった感じ?」
「マジかよ勘弁してくれ……」
こっちは途中から半ば精神が虚無りかけてたんだぞ。
「それで、レオとナナオさんは?」
「ナナオさんはエルネスト社の人達と一緒にどっか行った。レオは終わったら挨拶だけして帰っていったよ。アイツ本当に何しに来たんだろうな……」
「アタシ達が仲良く撮影される姿を眺めてたかっただけじゃない? それじゃ残ってるのアタシ達だけか。ユージンお疲れみたいだしもう帰る?」
「だな、早く帰って今日はもうただ眠りたい」
「はいはい、じゃこれ飲み終わったら車にいこっか」
「悪いな、お前も疲れてるだろうに」
「アタシはこの程度じゃなんともないわよ、慣れてるしね。あ、そうそう」
俺の横に座ったミズホが俺の顔をじっと見てくる。
「なんだよ?」
「確実に忘れそうだからいっとくけど、帰ったらメイク落とすの忘れないようにね?」
「あ……」
そういや、そんなことをしないといけないのか。ああメンドクセェ……手順的にルーチンで出来るならともかく俺の場合調べながらやらないといけないから面倒くささ倍増だ。いや、それ以前に化粧落とすのって水で顔洗うだけでいいのか? それとも何か必要なものがある?
あーっ!
「どしたの急に縋りつくような目でこっち見て? ちょっとドキドキするんだけど」
「いや……メイク落とすの手伝ってもらっていいか? やったことないからよくわからん」
「え? おっけおっけ、任せて! あたしの部屋に一度よってやる感じでいい!?」
「迷惑でなければ頼む」
明らかに面倒な事を頼まれたのに、その顔に喜びの色を浮かべるミズホ。ていうか小さくガッツポーズするな。
しかし、正直最近好意に甘えすぎな気がするんでどっかでお返しはせんとなぁ。そう思いながら俺は手に持ったカップをテーブルに置き、ん-っと伸びをする。
「まぁともあれきっついイベントもこれで終わりだ。どうせそっち系の雑誌やカタログなんか見ないから目にすることはなし、今日の事はもう忘れるとするっ!」
終わりよければすべて良しではないが、過ぎたことならもう気にすることはない。心が身軽になったことを感じた俺が解放感に浸っていると、なぜかミズホが「へ?」とした顔でこっちを見てきた。
「あれ、聞いてない?」
「何がだよ?」
「今回、エルネスト社大々的に広告出すって。だから駅とかビルの看板とか結構あちこちで見かける事になると思うよ。アトレアビルの電子広告にも出すっていってたし」
「へ?」
アトレアビルって、たしかカーマインで一番人通りが多いっていう交差点のところにあるビルだよな?
……
……
「あっ、ユージン!? ユージン!?」
力なく座っていたソファに倒れこんだ俺に慌てたミズホがかけてくる声がどこか遠くに感じる。
え、何? 今日とった写真、雑誌とかの広告じゃなくて街中で晒されるの? 外歩いたら俺、自分の広告の前を歩くことになるわけ? 駅のホームとか、自分の広告の前で電車待つ事になるわけ? というか聞くのが恐いから聞かないけどカーマインだけだよな? 他の都市とかにまで出したりしないよな?
「ユージン!? 大丈夫?」
「……俺、引きこもりになる──エルネストの事務所から外に出ない」
「ユージン、何言ってるの!? 試合は?」
ミズホの声を聴きながら、少なくともエルネスト事務所の近くにだけは広告を出さないようにしてもらおうとナナオさんに嘆願するのを俺は心に決めるのだった。
事務所内に貼るやつがいたら徹底的に責め立てるか、そいつの前でガン泣きとかしてやるからな……!




