美少女を劣化させるのは心苦しいよね? それが自分だとしても。
「……これでいいか」
エルネスト本拠近くのビジネスホテルの一室。俺は自身の長い髪がようやく乾いたのを確認すると、ドライヤーの電源を切る。
「あー……だる」
ドライヤーを机において、俺は大きく背を伸ばす。
女性になってから周囲からの見られ方や接され方という外面的な部分ではいろいろ変わったが、それとは別にもっと内向きというか個人的な話、ようするに生活に関する部分もいろいろ変わった。その中でも特に変わったなっていうのはいくつもあるんだが、その中の一つが風呂に関する事だ。
何が変わったといえば、まずそもそも風呂の時間が長くなった。
別に湯舟に入っている時間が長くなったわけではない。風呂自体は嫌いではないので割と長くのんびり入る方ではあるが、その時間が性別が変わったからといって長くなるわけなもなく以前のままだ。
伸びたのはそうではなく、湯船に入っている以外の時間だ。あと出た後の時間も。というかぶっちゃけ髪を洗うと乾かすのにかかる時間である。
男の頃は髪を結構短くしていたのもあって髪を洗うのにさほど時間はかからなかったし、ドライヤーは無くても髪を乾かすのにはさして苦労しないくらいだった。だが今の髪の長さとなると単純にボリューム的な面でもそんなわけにはいかない。
それに、「適当な洗い方と乾かし方で髪の毛ボロボロになるのもいやでしょ? このまま女の子として暮らしていくのに将来後悔しても遅いよ~」というミズホの脅しの言葉に屈して髪の洗い方や乾かし方も手順を踏んでやるようになったのでかかる時間は大幅アップだ。
──男性にモテるとかそういうことは全く気にすることはないが、そんな話とは全く別に身だしなみとして確かにそういった事は気にしないといけなくなってくるだろう。女性なのが今だけなら別にいいんだが、今後一生この姿で暮らしていくことがほぼ確実な以上、将来的に髪や肌がボロボロというのはやはり避けたいものではある。
部屋に置かれた鏡に映る自分の姿を見る。そこに映るのはかなり大きめのシャツを寝間着替わりに身にまとった黒髪の美少女だ。
いまだに自分という感覚は薄いその姿は、客観的な目で見ればなかなかに愛らしいものだと感じる。一部のヒートアップしている連中は除くとしても、周囲の人間が可愛いといってくるのは納得する容姿だ。そんな姿を自分の手で劣化させてしまのはもったいないという気持ちがあるのは事実で、むしろ自分だという感覚が薄いからこそそう感じる部分も強いんじゃないかと思う。
髪の長さもそうだ。正直最初は邪魔だしバッサリ切ってしまおうかと考えていたんだが、ミズホに泣かれて(マジ泣きだった)止められたのと、さすがにこの髪を一気に切ってしまうのは勇気がいることだったので、結局そのままの長さにしている。……似合うんだよなー、この姿にこの長い黒髪。肌も綺麗だし……
鏡に向かっていくつかポーズを取ってみたり、表情をいろいろ変えてみたりする。……うん、可愛い。こんなポーズとかどうだろ?
……はっ!?
いやいや何してるんだ、ナルシストか俺は。
これはあれだ、VR系のゲームで美少女にクリエイトした自身のアバターを見ている感覚、そんな感じですハイ。
とはいえ無意識に鏡の前でこんなポーズを取るのは内面どう思ってようがよろしくない。人前でやってしまうとその後が酷い事になる。気を付けよう。
とりあえず鏡から目を離し、時計を見る。……寝るにはまだちょっとだけ早いかな。
流石にこの時間から改めて対戦相手のデータ分析や作戦立案をする気もない。だったらどうするかねと考えていたら一つの事を思い出し、俺は部屋備え付けのテレビの電電を入れる。
「確かこの時間だとどこかでリーグ戦のダイジェストが……お、これだ」
適当にチャンネルを切り替えていくと、丁度精霊機装同士が近距離で切り結んでいる光景が画面に映し出された。
「あれ、これ秋葉ちゃん達のチームか?」
機体に印されたチームエンブレムに見覚えがあった。確か、秋葉ちゃんと金守さんが所属しているチームであるアズリエルのモノだ。
「B1の試合やるって珍しいな」
全試合放送をやっているウェブ放送局や有料の専門チャンネルと違い、無料の民間放送が取り扱う試合は基本的にトップリーグであるSAリーグだけだ。下部リーグであるBリーグの試合をダイジェストとは言えやるとは珍しいなと思ってみていると、放送の解説で相手チームがB1の2位に位置するチームだということが分かった。
なるほど、それならと納得する。アズリエルは現在B1の1位、すなわち優勝争いをしているチーム同士がぶつかる天王山の試合というわけだ、それなら取り上げられてもおかしくないだろう。秋葉ちゃん達という実質今季デビューにも関わらずチームの快進撃を支える美少女の存在もあるしな。
試合状況は中盤から終盤に差し掛けてというあたりのようだった。すでにお互い一機ずつが脱落しており、今前衛でぶつかり合っている二機も……あ、ほぼ同時に落ちた。これで2対2か。アズリエルの方は丁度秋葉ちゃんと金守さんの二人が残っているようだ。ただ霊力の残りゲージを見るとアズリエル側が劣勢かなどと思いつつ見ていると場面が切り替わった。そうか、ダイジェストだもんな。今度は更に霊力が削られた状況──終盤か。金守さんの残り霊力が残り少なくなっており間もなく落ちそうだ。秋葉ちゃんはまだ多少余裕があるが、相手方との霊力差で言えば2対1で厳しいだろう。これは決まったか──
そう思った瞬間、秋葉ちゃんの機体がその左腕を大きく振り上げた。
その腕に握られた武器は何もない。
だがその振り上げた腕の先には力が産まれる。
──ここで魔術か!
何もない空間に瞬く間に広がる水。それは跳ね上げられるように天高く打ち上げられ。
そして次の瞬間、竜の姿をした巨大な瀑布が敵機の元へと降り注いだ。
同時、秋葉ちゃんともう一機のゲージがガクンと減少し──そして水竜の一撃を受けた機体はその動作を停止した。
それが事実上の決着となった。
最後に残った一機は中距離型。同じ中距離型の金守さんの機体を落とす寸前までいったものの秋葉ちゃんに接敵され万事休す。ゲージを削り切られ機能を停止した。終戦だ。
俺はそれを見届けるとテレビの電源を切り、ベッドに身を投げる。
いやぁ、やっぱすげぇな魔術。まさに必殺技って感じだ。
あの魔術は、俺達にはまだ扱うことができない能力だ。あのファンタジーそのものな能力はBランク以上のリーグ戦に参戦することで初めて解放される。なんでBランク以上のみかというのにはいろいろ理由があるらしいが、まぁとにかくそういうルールだ。
全開駆動時にのみ使用可能となるあの能力は非常に大量の霊力を消耗するが、その代わりに強力な効果を発揮する。それは先程秋葉ちゃんが使ったような強力な攻撃だけではなく、特殊な能力を発揮するケースもある、まさに"魔術"と言った能力。全開駆動時は霊力を大きく消耗すると同時にその消耗した霊力の回復速度も遅くなるという非常に厄介なデメリットもあるため乱用はできないが(全開駆動使用時は霊力の他に体力的なものも消費しているらしく、体がそちらの回復を優先するらしい)、使えば一発逆転も狙える切り札と言える力だ。
巨大ロボットで使える必殺技、正直憧れるしすごく使ってみたい、とは思う。
──そのためにもBランクに上がらないとな。
昨季はあと一歩のところで届かなかった。今季は昇格戦に挑める2位とは4ポイント差。厳しいラインではあるがまだ可能性はある。
今期の残り試合はあと5試合。油断するわけではないが第5戦目と第6戦目は下位のチーム相手で実力はこちらが上、きっちり試合を進めれば勝てる相手だ。
「俺達の天王山は7戦目か……ふぁ」
あー、横になったら急に眠気が来た。
……2位のチームとの直接対決。そこで負ければ昇格の可能性は完全に消えるし勝ちたいなぁ。まぁその前に残りの2試合もきっちり勝つ事が大事だけど。
「ゔっ」
天王山というフレーズで、試合の事で忘れていたある事を思い出してしまった。リーグ戦と関係ないというか、精霊使いとしてもあまり関係ないけどある意味天王山と言えるイベント。──精神的な面で。
「……考えるのやめよう」
いずれ来る逃げられない運命ではあるが、今は考えたくない。考えてもどうにもならないのならその時までは忘れていたい。
「……寝よ」
毛布を被る。目を瞑って何も考えずに眠ってしまおう──
タグにそろそろ日常系を入れた方がいいんじゃないかと思うこの頃。
タグにあるロボット バトルがほぼなくて申し訳ない。もうちょっとでそのシーンに入る予定です。




