突然のスキンシップ
Sランク所属の精霊使いさんと30分程お話した翌週の土曜日。久々に俺は一人でエルネストの事務所までやってきていた。
最近、というか電車と街で囲まれたあの日以降は、転送施設の最寄だった先週の帰路を除いてずっとミズホの送迎で事務所に来ていたんだが、今日はどうしても外せない用事がミズホの方に入ってしまったということで送迎は無しになった。当人はごめんごめんと何回も謝ってきていたが、そもそもこの送迎はミズホの親切心(+多少の下心)でしてもらっていることなので別に謝られるようなことは何もないんだがな。
まぁそういうことで、転送施設からここまで一人での出勤となったわけだが、どうやってここまで来るのかちょっと悩んだ。
ここ最近気づいたんだが、街を歩くとき変装とまではいかずとも髪型を少しいじって帽子をかぶるだけでわりと気づかれないことがわかった。伊達メガネを追加すると更に気づかれる可能性は減る。それにプラスして事の起こりから一ヶ月以上が経過し、メディアで取り上げられることも少しは落ち着いてきた……はずだ。だったら以前のように電車で通勤しても大丈夫なのでは? とかちょっと考えてみてしまったが、冷静になったら気づかれたら逃げ場ないしそんなリスク負う必要性がまったくないので普通にタクシーで通勤した。
というわけでいつも通りの時間に出勤し、自分の席に座って先に出勤してディール(レオの精霊だ)と戯れていたレオと一緒に次の対戦相手の試合を見返すなどしていたところ、ようやくミズホが事務所の方へと姿を現した。
「よーす、ミズホ……どした?」
部屋に入って来たミズホは掛けた挨拶に返事を返してくることもせずに無言で自分の机に歩み寄ると、愛用のハンドバッグを机に放る。
そして、じっとこちらを見つめてきた。
「な……なんだよ?」
いつもの俺を見てくるちょっと緩んだものとは違う、真剣というか無表情なミズホの視線にちょっと気圧されていると、彼女がこちらに近寄って来た。そして手を伸ばして俺の腕を掴むと、その腕を引いてくる。
「いや、なんだよ?」
「ちょっと立って」
そういって再度腕を引いてきたので、仕方なくミズホの言葉に従って椅子から立ちあがるとその腕を更に引かれる。
この体に変わって筋肉とかは落ちているハズなのになぜか以前と力は変わらない俺だが、いかんせん体重自体は体格相応に軽くなっている為そのままミズホになすがままに引っ張られていくと、彼女はソファの前で立ち止まった。そして
「あっち向いて」
俺をソファに背を向けて立たせると背後に回り、
「うおっ!?」
俺を抱きかかえるようにして、ソファへと腰を降ろした。
「なんだよ!?」
行動が意味不明すぎる! 恐いよ!
ミズホがベタベタしてくるのはいつものことではあるんだが、俺がソファに座ってたりする時に引っ付いてくるのであって、こんな強引に抱き着いてくるようなことはしてこない。
俺が謎の行動に振り返って抗議しようとすると、その前に俺の背後から回されている彼女の両腕に力が入り俺の体が更に引き寄せられた。というかミズホの体が押し付けられたという方が正しい気がする。背中に感じる柔らかいものの存在感が強い。
いやあのですね、今となっては自分の胸にもあるものなんですけど自分の胸は当然背中には当てられないわけですし、サイズももう少し慎ましやかなものなんですよ。畜生、いくら自分も同じような体になったとはいえ1月やそこらで何も感じなくなるもんじゃねぇんだぞこの野郎!? いや野郎じゃないけども!
いや混乱しすぎだ、思春期の中学生か何かかよ。俺は心の中で深呼吸をしてなんとか背中の感触から意識を反らしつつ背後のミズホに問いかける。
「いや本当になんなんだよ、何かあったのか?」
「あったわよ」
さっきからこれしか言ってないなと思いつつも発した言葉に対する返事はすぐに帰って来た──耳元で。ゾワっとしたものを感じ、俺は思わず体をブルっと震わせてしまう。いやそうだよね、この体勢だったらそうなるよね!!
「どうしたの、震えて。 あ、気持ちよかった?」
「違えよ!」
背中の感触は気持ちいいけども! いや、その思考はセクハラか? でもこれ俺がセクハラ受けてる方だよな?
そうではなく。
とっちらかる思考をなんとか拾い集めて、俺はミズホへと苦情を叩きつける。
「とりあえず耳に息をかけるように喋るのは止めろ!」
「へぇ……?」
「あ、ミズホさん悪い笑い方してるっスね」
「本当にやめろよ!?」
「はぁい。今は止めておくわ」
「後でもやめろ。後レオはいつの間にかしれっと取り出したスマホのレンズをこっちに向けてるんじゃない!」
「無理っスよ。目の前でこんなことされてるのに記録に残さないなんて俺の心が死ぬっス」
ねぇ前後を馬鹿に挟まれてるんだけど誰か助けてくれない?
──そんな事を考えてもここには俺と馬鹿二人しかいないわけで。救いはどこにもない。
諦めの境地にいたった俺は、大きくため息を吐いてから改めてミズホに問い直す。
「それで、何があったんだよ?」
「何があったというか……その様子だとまだユージン知らないわね?」
「知らないっスよ。少なくとも俺からは伝えてないっス」
背後にいるので俺にはわからないが、今の言葉はレオに向けて言ったらしい。ミズホの言葉に対してレオはふるふると左右に首を振る。
「知らないって、何をだよ?」
「ねぇユージン、今日は車で来たのよね?」
ミズホは俺の質問には答えず、別の質問を被せてきた。
「ああ、タクシーでここまで来たけど……それがどうかしたのか?」
「貴女、今日電車を使ってたら大変な事になってたわよ」
「は? それってどういう……」
「レオ。ユージンにあれ見せて上げて」
「え、俺がっスか? 写真撮れなくなるんスけど……」
「もう充分撮ったでしょう?」
「あ、それじゃ最後に一枚。こう頬っぺた合わせる感じで」
「こう?」
頬っぺたにあったかくてやわらかい人肌がががががががが。あとなんかいい匂いもする!
パシャ
「ういっス、OKっス」
ではなく!
「俺の同意は!?」
「反応おっそ」
うるさい、美人にいきなり頬を合わされて即座に反応なんかできるか。こちとらアキツに来るようになってからは全く女気のない私生活送ってたんだから、女性免疫もそれほど強くないぞ。イスファさん程ではないけど。
「それじゃ、しばしお待ちを。……ええっと、これでいいっすかね」
望みの写真を撮れてとりあえずは満足したのか、レオはスマホのレンズをこちらに向けるのをやめてなにやら操作しだした。そして何かの画像が表示された画面を、こちらに向け差し出す。
見覚えのある画像だった。
といっても直接目にした画像じゃない。ただそこに映っているものすべてが記憶にあった。
机が映っていた。
椅子に座る俺が映っていた。
机を挟んで反対側に座るイスファさんが映っていた。
見覚えのある休憩室の光景が映っていた。
──先週の日曜日の、リーグ戦支部での光景だった。
「え、ちょっとまってなにこれ。なんでレオがこんな画像持ってんの?」
「これ俺が保存している画像じゃないっスよ、ネットに上がってる画像っス」
「へ?」
あ、本当だ。これ何かのウェブサイトに上げられている画像じゃん。こんな画像いつの間に?
あの時いたのは休憩室なので、当然いくらかの人の出入りはあった。とはいえカメラなりスマホなり向けられれば気づいたはずだが……カメラを隠して撮ったのか? マジかよ、でもあそこって基本インタビュー場以外では撮影禁止じゃぁ──
そんなことを考えながら写真を眺めていると、その上にあった記事タイトルが目に入った。
『鉄壁のガードのフレイゾン・イスファ ついに見せた熱愛のお相手は話題の美少女!?』
…………………はぁ!?
毎回タイトルが浮かばなくて困ります




