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週末の精霊使い  作者: DP
1.女の子の体になったけど、女の子にはならない
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せかいのおはなしえくすとら


そもそも普段の彼の姿を近くで見たことはないんだから、気にしたところでしょうがない。俺は彼のことを頭からかき消すと、頭一つ以上違う高さにあるイスファさんの顔を見上げながら聞く。


「ところで、俺だと全然気にならないんですか? それだと練習にもならないんじゃないですかね」


その問いに、彼は苦笑いを浮かべて答えた。


「実の所、言葉につまりはしないが心臓はドキドキはしているんだ。だから頼んだんだよ」


成程ね、だったらわからないでもない。本物の女性ほどではなくてもそういった感覚を得ているならトレーニングにはなるだろう。そのドキドキ自体が消えれば女性に対する免疫が少しはついたことになるんじゃないか──そんなところかな。

面倒ごとになりそうなところを助けてくれた恩人だし、目的も明確で俺が男っていうのもきっちり認識した上だから変な気持ちを持たれる心配もない。求められていることもただ話相手になるだけであれば、まぁボランティアだ、お付き合いしましょう。俺にしかできない事でもあるしな。


「それで、何の話をします?」

「……ああ、ごめん何も考えてなかった」


ノープランかい。まぁ恥を忍んで協力を依頼することで頭が一杯だったということにしておこう。

しかし、となると何の話を? 精霊使いとしての事を聞いたとしてもインタビューみたいになって意味ないだろうし(インタビュー自体では普通に受け答えしていたので()()としてならなんとか応対できるんだろう)、かといって日常会話的なものは俺がこっちの世界ではそういった情報殆ど仕入れてないからネタがないしなぁ……あ、そうだ。


「あの、イスファさん」

「なんだい?」

「その、今俺知りたいことがあるんでそれを教えてもらうのでもいいですか?」

「いいけど……僕が答えられることかい?」

「この世界の歴史に関することなので大丈夫だと思います」

「歴史……そこまでは詳しくないけど。分かる範囲でいいのなら」

「ありがとうございます」

「それじゃ立ちっぱなしもなんだし、座って話そうか」


そういって、彼は先程まで俺が座っていた場所の対面側に腰を降ろす。それを見て俺も先程まで自分も座っていた所に腰を降ろそうとして……ふと思う事があり動きを止めた。


「どうしたんだい?」

「いえ……女に慣れるって事なら正面じゃなくて横に座った方がいいのかなって」


さすがにべったりつくのは御免こうむるが、横並びくらいの方がいいんじゃないか? そう思っての提案だったが、イスファさんは慌てて手をぱたぱた振る。


「いきなりそれは無理だよ!」


顔も少し赤い。


「……あれ、俺相手でも近寄りすぎるとダメですか?」

「うん、中身は男性だと分かってても体は完全に女性だからね……」

「マジですか……それでよく雑誌の表紙とかやれますね。あれくっつかないまでも結構女性の近くで撮ってるのとかありましたよね?」

「あの時はほぼ彫像になってたね……一言も喋れてないよ、あはは」


乾いた笑い声をあげるイスファさん。くっついたわけでもなく近寄っただけでダメとかこの人一体どんな人生送ってきたんだ……


「とりあえず、わかりました。じゃあこっちに……」


結局先程座っていた席に腰を降ろす。


「そうしてくれると助かる。それに、この建物の中は記者もいる。ルール上は撮影禁止だけど、こんな空いている場所で横に並んで座っていたら疑われても仕方ないしね」

「ああ成程」


確かにそういうリスクもあるな、これは考えなしだった。今の俺は注目を集めてるし正面に座っている人物は人気の精霊使いだ、記事にされる可能性がないとはいえない。流石に男との交際疑惑とか勘弁してほしいし注意しないとな。


「それで、聞きたい事は何かな?」

「ああ、えっとですね。大浸攻についてです」

「50年前のかい?」

「いえ、そうではなくて……大浸攻に類似するような出来事って過去にも起きてるんですか?」

「ふむ」


俺の質問を受け、彼は口に手を当てる。そしてそのまま5秒ほど黙り込んでから、口から手を離し語り始めた。


「大浸攻のようにこの世界の世界観が上書きされ、全世界の住人が生命の存続の危機にさらされるような事はここ100年の間は他にはない。更に昔ではあったらしいがそっちには明確な記録が残ってないから説明はできないかな」

「なるほど」


流石に世界崩壊規模の出来事は数百年に一回とかそういったレベルであるらしい。周期的なものではないだろうから今即発生する可能性もあるのかもしれないが、確率から言えば極わずかなもので気にするほどのないレベルのはずだ。そう思って心の中で安堵の息を吐こうとした俺だが、次の言葉でその息を喉に詰まらせた。


「ただ、もう少し小規模で敵対的なものとなった漂流(ドリフト)ならこの100年の間に何度か起きてるね」

「え……た、例えばどんな感じのものが?」

「ざっと思い出せるのは74年前の粘液生物、21年前の機甲生命体、40年前の深淵の侵攻かな」


多い、数が多い……しかもこれ以外にもありそうな雰囲気だし……


「これらとはいずれも戦闘に陥っている。前二つは意思疎通が不可で最後の一つは一部意思疎通は可能だったが、こちらを捕食対象としか見ていなかった」

「捕食対象って……人間を食べたんですか?」


思わず想像してしまった俺が顔を青ざめさせたのに気づいたイスファさんが、慌てた声で否定する。


「違う違う、人の体をそのまま食べるわけじゃないから安心して! いや、安心してってのはちょっとおかしいけど。そうじゃなくてね、深淵の生物達は人の霊力を喰うんだ、連中は人の意識を奪い無防備状態となった人間から霊力を吸い出す。吸われた人間のうちいくらかは救助された後も廃人になっていたり衰弱死した人もいたという話だよ」

「それは……恐い、話ですね」

「ああ、単純な力での侵攻だった前の二つよりも恐ろしいと僕は思う。どの程度だったか詳細は不明だが人を操る能力を持つ個体もいたという話もあるしね」


その言葉を聞いた瞬間頭の中にセラス局長の顔が浮かんだが、即座にかき消した。さすがに失礼がすぎる。大体あの人がやったのは認識阻害と記憶改変で人を操っていたわけじゃない。でもそこまでできるなら人を操るくらいもできそうな気が……いいややめやめ!


「どうしたんだい? なんか不思議な表情をしているけど」

「いえ、なんでもないです」

「そうかい?」


セラス局長のやったことは口止めされてるし、そもそもこの世界である種神様扱いされている科学者の顔をヤバイ生物の話を聞いたときに思い浮かべたなんていえるわけないので。

しかしそれにしてもその頻度だと俺がこの世界にいる間にそういった事件が起こる事がありえそうだなぁ……やだなぁ……


「後はちょっと違うんだけど」


まだあるの!?


「……何か今一瞬すごい悲しそうな顔したけどどうしたんだい?」

「ナンデモナイノデツヅキヲドウゾ」

「すごく棒読みだけど……えっと、漂流(ドリフト)はちょっと違うんだけど、スタンピードという事象は知っているかい?」

「いえ知らないです……」

「スタンピードはいうなれば大規模論理崩壊だね。"意識映し"や"異界映し"が大量に発生する事象でこれも発生すると影響が大きい。意志の疎通ができないのは確定しているしね。これは最近のデータから近年中に起きるんじゃないかと……どどど、どうしたんだい!? 急に泣きそうになって! こ、困るよ、僕はどうすれば……ええっと、うう……」

「いえ気しないでください……」


自分の未来を想像するのがつらくなっただけなんで。


ちなみにその後、イスファさんは喋るのにどもるようになってしまった。俺が泣きそうになった事で(泣いてないぞ?)完全に動揺してしまったらしい。もしかして女性と話すときってこんな感じなんですか? と聞いてみたら「もっとひどい」と答えが返って来た。マジすか、大変っすね……。










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