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精霊機装C1リーグ第4戦対アスピリエクスタ戦、残機体数2-0でエルネスト勝利。
最終的に敵の近接と支援機の2機の攻撃を受けたミズホが落とされたが、残った近接をレオが、支援機を俺が落として勝利。なんとか連敗は回避して、後期リーグ戦の戦績は3勝1敗となった。その1敗の相手は首位独走のクレギオンである事を考えると今の所は悪くない戦績だろう。
で、試合を終えてすでに2時間近く経っている現在、俺はまだリーグ戦事務局の支局の休憩室にいた。
勝者インタビューはとっくに終わっている。なのになぜ残っているのかというと、別のインタビューを受ける為だった。
シーズン中のインタビューは基本的に全部断っているんだが、リーグ戦の公式サイトに乗る注目選手のインタビューとなるとさすがに断れなかったので仕方なしに受諾した。そのインタビューの開始をこうして待っている次第だ。
レオやミズホやチームスタッフはすでに帰還している。ミズホは一緒に残るといったが今日は撃墜されているし明日モデルの仕事があるといっていたから、とっとと休めと無理やりナナオさんに連れて行ってもらった。なので今休憩室には俺一人っきりだ。
というか、本来ならもうとっくにインタビューは終わってるハズなんだが、どうやら事故渋滞があったらしく関連のスタッフがまだこちらについていないらしい。あと30分くらいはかかりそうということだった。先方からは別の日にするかという提案もあったんだが、今回の相手アスピリエクスタは我々エルネストと同じ都市国家カーマインを本拠としており、戦場もカーマイン近郊かつしかも転送施設まで割と近い(エルネストの本部より近い)ので待つ事にしてしたんだが……
うん、まぁすることがない。
さっきまでは同じ場所で行われたSAリーグの試合を見ていた。だがそれも終わってしまい完全に手持無沙汰になってしまったので、スマホでとある事柄を調べて読んでいたの、だが。
「……はぁ」
ため息を吐きながら落とす視線の先、スマホのディスプレイには"界滅武装"の文字があった。
昨日セラス局長から話を聞いた後、自分でも調べようと思っていたんだがそもそも試合前でそんなことをやっている余裕もなかったわけで。で、今時間が丁度空いてしまったので都合がいいやと見ていたわけだが。
まぁ、うん、ハズレを引いた感が半端ない。
界滅武装、セラス局長が言っていた通りやはり効能は異世界の住人や鏡獣への特効のみでそれ以降は一切なし。出力やそれ以外な特殊な能力、所持者のステータスを上昇させるようなファンタジー世界におけるユニーク武器的な恩恵は一切ない。
ようするに別に英雄級でもない一般騎士(Cランクの精霊使いの立ち位置なんてせいぜいその辺りだろう)が強力な怪物相手に防御力無効化するだけの装備を渡されたわけだ。そしてその武器を持っているというだけで英雄たちと一緒に行かされる可能性がある──あの場でそう言われたわけではないが、そういう事になる可能性は充分あるだろう。
武器自体を誰かに譲渡できないかと聞いてみたが、これは却下された。過去の事例により、別の精霊使いが使用した場合は全てその効果を失ったらしい。使用者固定というわけだ。
だったら同じことやって量産したら? という話もあるが、それをやるには"異界映し"が発生するクラスの論理崩壊が発生している状況でリミッターカットして気絶するレベルの全開射撃を下手をすれば人の姿を失うリスクで行うんですか? という話になった。はいごもっともで……
そういうことで、今後解析は進めるとはいっていたが、俺は当面はこの世界で現存する唯一の"界滅武装"保持者となった。……そういったエネミーが発生しない事を祈るしかないな。
もう一度ため息を吐きつつ開いていたブラウザを閉じて机に突っ伏すと、部屋の外から話し声が聞こえてきた。
おや、聞いていた時間より大分早いけど準備ができたのかな? そう思って体を起こし入り口の方に視線を向けると丁度扉が開き中に人が入って来た。
ただ入って来たの予測していたのとは別の人物だったが。
「あれ、イスファさん?」
入って来た人物は二人。うち一人はガウルに絡まれていた時に助けてくれたイスファさんだった。それにもう一人も会話したことはないが、みた事のある顔だった。
「それにマルティネスさんですよね?」
ザック・マルティネス。イスファさんのチームメイトで当然Sランク所属の精霊使いだった。
「やぁ、ユージンさん。リーグ戦のスタッフにここにいると聞いてね」
「ザック・マルティネスだ。よろしく、ユージンさん」
そういって手を差し出されたので、俺は椅子から降りると彼の手を握り返す。
「よろしく、マルティネスさん。それから、お二人とも試合勝利おめでとうございます」
「ユージンさんもおめでとうだね」
向こうも勝ってて良かった。これで相手側が負けてたりすると言葉が返しづらい。
「それで、お二人はこちらで何しに?」
通常は試合終了後インタビューが終われば残っている意味はない、本拠或いは自宅へと帰宅するのが基本だが。
その質問に答えたのはマルティネスさんの方だった。
「いやね、イスファの奴がどうしてもユージンさんに会いたいって言いだしてね」
「おいこらザック!」
「まぁまぁ、こういう事はお前自分から言いづらいだろ? 任せておけって」
慌てた様子で肩を掴んだイスファさんの手を笑って払いのけながら、マルティネスさんは言葉を続ける。
「実はこいつ、こんな見た目で女性が苦手でね? まぁ女性が嫌いっていう訳じゃなくて免疫がないってだけなんだが」
「いや見た目は関係ないだろ見た目は」
そこにだけ突っ込むということは苦手なのは事実か。うわー、マジか。めっちゃイケメンで物腰も柔らかくその上この若さでトップ選手の一人だっていうのに、正直もったいない……
「そんなんでプライベートでは女と話す事は殆どないんだが、先日君と話した時は普通に会話ができたそうでな?」
まぁ中身は男だって分かってれば女装してる……うっ……うん、はい、女装している男と大差ないデスモンネ。あと外見が子供に近いってのも関係あるかな?
「そんなところから、コイツから君にお願いしたことがあるそうだ」
「私、意識は完全に男のままなんでお付き合いはちょっと……」
「違うよ!?」
えらい勢いでイスファさんが突っ込んできた。放送や雑誌で見る顔はおとなしい感じの表情ばかりだったけど、こんな崩れた表情も出来るんだなってくらいの焦り顔だ。
「あの、こういうお願いは失礼なのは百も承知してるんだけど。なんというか、僕が女性になれるのに協力して欲しいんだ。その……こうやってあった時に話をしてれるだけでいい」
うん、まぁその辺りでしょうねー。ウチのチームに速攻プロポーズしてくる奴いたし一応警戒はしていたけどそのレベルだったら問題ない。助けてもらった恩もあるしな。
「それくらいなら構わないですよ。ただ俺は割とこっちにいる時間が短いので、話せるのはこうやって試合会場が一緒になった時くらいにはなっちゃうと思いますけど」
「ああ、それで充分だよ。ありがとう」
「話はまとまったみたいだな? じゃあ俺は先に帰らせてもらうとするか。若い二人はごゆっくりって奴だな」
「おいザック」
「それじゃな」
そういってマルティネスさんは俺達に背を向けると部屋から出て行った。その後ろ姿、そして彼がその向こう側に消えた扉を、俺はじっと見つめる。
「どうしたんだい?」
「……いえ、なんでも」
怪訝そうな声に、俺は視線を彼の方に向け直して首を振る。
まさかいえないよな、ここにいる間ずっと笑っていたマルティネスさんの瞳だけが笑っていないように見えて怖かったなんて──




