せかいのおはなし②
「はい、さすがにそれは知っています」
彼女の言葉に俺は頷く。この世界の事件としては非常に大きな事件なので頻繁に見かけるキーワードだから、その言葉の意味はさすがに調べたことがある。といってもネットでざっくり調べただけなのであまり具体的なものではないが。
大浸攻。今から50年前に起きた異形の怪物との大戦争。
異形といっても"この世界ではないどこかの存在"を映したした"異界映し"ではなく、"この世界ではないどこかの存在"そのものとの戦争だ。すなわち、個体レベルではなく世界規模の彷徨い人──こういった大規模の転移事象は"漂流"と呼ばれるらしいが──が発生し、その転移してきた世界(勿論世界全体が転移してきたわけではなくあくまで一部だけらしいが)と衝突が発生したのである。
ちなみに"漂流"自体は頻繁というわけではないにしろ、それなりに起こり得る事象だ。例えば町で見かける人とは異なる姿の種族達──彼らは(個体でやってきているのも勿論いるが)"漂流"によってこの世界に流れ着きこの世界に定着したものたちだし中央統括区域を中心に据えた六大都市国家の中には街の成り立ちにその"漂流"が関わっているものがいくつか存在する。特にロスティアという都市国家は"漂流"してきたいくつかの種族達が集まって生まれた都市のハズだ。意志の疎通が可能であれば、大抵の場合はそうやってこの世界へと溶け込んでいくのが殆どだ。
だが、必ずしも意志の疎通ができるものが"漂流"してくるわけではない。50年前転移してきたものがそういう相手だった。
彼らは文明をもたず、高度な知性を持たず、本能のままに動く獣だった。外見は俺達の世界で言う恐竜に近かったとある。そして彼らの襲撃によって戦争が始まったとあった。
そんな事をかいつまんで口に出したところ、セラス局長はそれをやんわりと否定してきた。
「50年前やってきた彼らに関する事自体は間違いありません。意志疎通ができなかったのは事実です。ですが──戦争を仕掛けたのはこちらからですよ」
「こちらから……アキツ側から仕掛けたということですか?」
彼女は頷く。
「この世界はユージンさんの住む日本とは違い、人口に対して土地は大きく余っています。そして彼らが現れたのは街や集落とは大きく離れた場所で、そこから人里目がけて侵攻してくるということもありませんでした。そのため直後は衝突することもなく、様子見のような状態になっていたのです。ですが」
「ですが?」
「調査の結果、その区域の大気がこの世界には存在しない大気組成となっていることが分かりました。しかもその大気の中ではこのアキツの生物が生存できないことも確認されたのです。そして極め付けは調査機器の大部分がその区域の中では機能を停止したことでした」
「機能停止ですか?」
「はい。作動しなくなったのです。その世界ではそういった機械はありえない存在だったのでしょう」
その言葉で、当時何が起きたのか理解できてきた。ようするに
「世界観が書き換わっていた……?」
「正解です」
「ですが、そんなことはあり得るんですか?」
いや、実際に過去に起きたことなのだからあり得るのだから間違いないのだろう。だが、"漂流"によってこの世界の世界観が上書きされるなら、この世界はこれまで転移してきた様々な世界からの住人によって上書きされ、ちぐはぐで継ぎはぎだらけの世界になっているはずだ。だがこの地球によく似た世界は論理崩壊という不自然な事象は存在するものの、そこまで不自然な感じはしない。
そして、その予想をセラス局長は肯定する。
「勿論、通常ではありえません。ですが、あの世界はこのアキツよりもより強い世界観を持っていました」
「世界観に強度なんてあるんですか?」
「明確に数値で表せるものではないですがね。世界によって持つ世界観の強度はさまざまですが、大抵はこの世界アキツと同程度のモノと考えられています。その場合はこういった書き換えが起こるのはせいぜい一時的なもので、いずれは完全にこの世界の世界観に飲み込まれます。ですがあの世界は非常に強い世界観を持っていた──その世界に属する生物が、その場所を歩くだけで世界が書き換わるほどに。ここまで言えばもうお分かりですね」
「生存の為、戦争せざるをえなかったんですね……」
セラス局長は頷いた。
「共存という道を選ぶことは不可能、そのレベルで二つの世界の世界観は乖離していました。なのでアキツ側としては彼らを滅ぼすしかなかった──それが大浸攻の開戦理由です。そしてその中で生まれたのが界滅武装でした」
ようやく話が核心に近づいてきたな。……いや俺がちゃんとこの世界に関して勉強していればすぐ話題に入れたんだけども。話に付き合わせちゃった他の面子には悪い事してるなぁ……でもミズホはこっちずっと見てるから別にどうでもいいや。
「大浸攻で前線に立ったのが精霊機装です。何せ兵器の類が作動しないどころか生身では生存することも不可能でしたので。遠隔の射撃に関しても有効ではありませんでした。世界観の壁というものがあり、生物の力が介在しない兵器では殆どが通用しないのです」
この辺り、精霊機装の霊力と同じような事だろうか? 精霊機装では霊力が介在しない攻撃だと相手への有効打撃にならないし。
「ですが精霊機装なら霊力にて保護されているため世界観の浸食を受ける事が防げました。そして霊力を付与した装備品は相手への有効打撃ともなりましたので。ただ当時の精霊機装は今のような機械によるアシストがなく、常時全開駆動のようなものでしたが」
「成程、その時に産まれたのがその界滅武装なんですね」
論理崩壊と世界自体が書き換わった状況という違いがあるが、全開駆動、そして命を懸けた戦いの中だ、俺の時みたいに完全にガス欠になるほどではないにしろ全力に近い一撃を放つ事もあったのだろう。こないだの戦いと状況が似通っている。
「でもその界滅武装って、一体通常の兵器と何が違うんですか? 出力が上がるとか?」
「いえ、出力や威力は何も変わりません。例えば精霊機装同士での戦いで使用した場合は普通の武器と一緒です。界滅武装の効果はただ一つ。世界観を書き換えます」
つまり
「異なる世界観を保持する相手に対して、防御を完全に無効化する兵器となるわけです」
特効兵器かよ。




