お仕事は一分もかからず終了しました(移動時間除く)
日本側に戻ったあの日以降、セラス局長からも論理解析局よりもコンタクトがなかったけど今更なんだ?
もしかしたら元の姿に戻る方法が見つかったとか……いや、あそこまできっぱり無理だと言い切ったのにそれはないな、夢見るのは止めよう。
「それで、何の要請なんですか?」
「本日、PM4:00に指定の場所への防衛出動を要請されているわ」
「へ、防衛出動?」
防衛出動ということは”鏡獣”の出現予測があったということだが、そうなのであれば警報が発令されているハズ。それに警報の出るタイミングは大体出現予測時刻の1~2時間前が通常だ。今はまだ午後にもなっていない時間、指定の時間までは5時間近く残っている。
「その要請ってついさっき来たんですか?」
「いいえ、要請自体は一昨日に届いているわ」
2日前……いよいよよくわからん。そんな前に鏡獣の出現予測がでるなんて話聞いたことがないな。とはいえ解析局から直接要請が来ているのに理由もなく断ることはできないだろう。
「場所はどこなんです?」
「グランクレスB2よ」
近い。ここからなら移動時間だけで見れば1時間かからず往復できる。
「わかりました。レオとミズホにはもう伝わっているんですか?」
「伝えてはあるけど、出動の要請が来ているのはユージン、あなただけよ」
「へ? 俺一人?」
「ええ、チームとしての出動は不要。ただし出動に対する報酬はチーム単位での出動と同様に払われるとのことよ」
「はぁ……」
防衛出動はリーグ戦に参加している精霊使いにとっては半分義務のようなものだ。精霊使いは常に精霊機装のある本拠にいるわけではないから必ず出動しなければいけないというわけではないが、出動実績が低い場合はリーグ戦から警告が入りそれでも出動しなければペナルティが発生する。なので休息日として報告している以外の日に最寄りで警報が出た場合は出動するのが基本だ。
そして各チームが出動するのはペナルティが理由だけでもなく、出動に応じてはきっちりと支払われる報酬も理由となっている。スポンサーが豊富でそもそもリーグ戦の報酬が大きいSAリーグのチームは別としても、それ以下のチームに関しては重要な資金源の一つだった。特に資金難のチームなどは自分達の参戦可能距離のギリギリのラインでの発令でも出撃すると聞く。リーグ戦報酬が微々たるものの地方リーグ所属チ―ムなどに至ってはかなり大きい収入だ。
ウチはさすがにそこ迄でなく、出動するのは一定距離の範囲内だけだ。予測自体は10分前後ブレるからギリギリだと空振りに終わる可能性があるし、報酬は参加機体数での折半になるから下手に離れた所にまで顔を出しているとそこの近郊のチームとの関係が悪くなる時がある。
面倒だから明確に担当区域を決定しておけばいいのにとも思わなくはないが、これは俺、というか日本人勢は言ってはいけないセリフだった。何せ日本人は大抵こちらへの滞在期間は週二日なので防衛出動へほぼ貢献できないからな……そんなことになったらチームメイトの負担が大きくなる。
「まぁ、そういう事でしたら了解しました。時間的には3時過ぎくらいに出動ですかね?」
「そうね、それまでにはこっちの準備もしておくわ」
──そんなやりとりをナナオさんとしてから大体5時間後、PM4:00。俺は何もない荒野にポツンと歩く精霊機装の中にいた。
正直本当に何もない。俺の機体以外に精霊機装は一機もいないし、鏡獣が出現しているわけでもない。ただ指定された位置へと急ぐわけでもなく、ゆっくり脚を進める。
『そのまま真っすぐお願いします……ええ、今の歩幅ならあと8歩………………はいそこでOKです、停止してください』
何もないと言ったが、それは視界に映る景色に何もないということで、一人っきりでこの場にいるわけではない。そもそもここまで精霊機装一体で往復するとバッテリーが持つか怪しいのでトランスポーターで輸送されてきているし、それ以外にもチームスタッフは数名来ている。その中にはナナオさんもいる。
だが、今通信機から流れ出した声は通常こういう時に指示を担当しているナナオさんのものではない。俺にとっては一ヶ月ぶりに聞くことになる鈴を転がすような声。
『それでは先程お話した通り、そこでライフルを構えていただけますか』
声の主はセラス局長だった。
解析局に指定された場所に俺達がたどり着くと、そこにはいくつかの車両とよくわからん機械がいくつか、そして数名のスタッフと共に彼女が以前と同じ柔和な笑みを浮かべて立っていた。
彼女は到着した俺に対して、
「細かい説明は後程いたしますので、まずは機体に乗ってこの位置まで行っていただけますか?」
そう指示を出してきたので言われるままに俺はそうしているわけだが。
いまもウチの車両に乗った彼女から通信機越しに逐一出される指示に従って、俺はライフルを構えている。実弾ではなく霊力を用いる方の奴だ、それが指定だったので。
「構えましたよ」
『右に20度、上に5度程調整お願いします』
……そんな微妙な調整出来ねえよと思いつつ、ゆっくり方向をずらしていくと高さの方はストップがかかったので、更に右の方へ。
『……もう少し……はい、OKです』
「これでこの後どうすればいいんですか?」
『射撃を行ってください』
「ターゲットは?」
『具体的なターゲットはありません、そのままの方向で一発射撃を行っていただければ大丈夫です。ただし制限内での最高出力で行ってください』
「全開駆動でですか?」
『いえ、精霊駆動のままで大丈夫です』
「……わかりました」
意味が全くわからんが、そうしろと言われるならやるまでだ。俺は右手で触れた操縦宝珠経由でタマモに出力最大設定にすることを指示した上で引き金を引く。
──一条の光が、荒野を走った。
それだけだ、何も起きない。発射したら何か起きるのかとちょっとビクビクしていたんだが、荒野にも機体にも何の変化もみられない。
少々拍子抜けしていると、再び通信機からセラス局長の声が響く。
『OKです。戻ってきてください』
「へ?」
え、これだけ!? たったこれだけの為に呼び出されたの俺!?
「ちょっと、なんだったんですかこれ!?」
通信機に向けて放った問いに、帰って来た声はセラス局長ではなくナナオさんのものだった。
『セラス博士なら他のスタッフに呼ばれてもういっちゃったわよ。なにやらスタッフさんが想定通りのデータが出ていますとか博士に向けていってたけど』
「はあ……」
何やらデータを観測してた感じか? でもこれだけだったらわざわざ時間・場所指定までして呼び出す必要ないのでは……? いやまぁ町の近くでぶっ放すわけにはいかないけど、荒野方向に撃つだけなら街から20km以上離れたこんなところまでこなくても、とは思う。
「何だったんすかねこれ」
『私だって説明受けてないから知らないわよ。みた感じいろいろ機器の設定やらなにやらしてたから分析とかをしてたんだとは思うけどね。とにかくこれで終わりみたいだから戻ってらっしゃい、トランスポーターへの格納準備しておくから』
「ういっす」
現状では貴重な時間を無駄に浪費した感が半端ないが報酬は出るわけだしまぁいいか。
詳細は後から説明するとは言っていたし、戻って局長の説明を待とう。




