ぽんこつユージンちゃん
「いやむりむりむりむり!」
機体を全力で走らせながら、操縦室の中で俺は悲鳴の声を上げる。
俺は今、追われていた。精霊機装二機がかりで。
精霊機装C1リーグ後期第三戦。
二戦目の試合も勝ち、連勝で望んだ第三戦の相手はクレギオン。現在C1リーグのトップを走るチームだった。前期でもわりといいところなく敗れた、C1では群を抜いた実力を持つチーム。情けない話だが正直勝つのは難しい相手だと思っていた。何せクレギオンは四機編成、しかもベルクダインと違いこっちは前シーズンはBランクにいた実力者。チームとしても個としてもレベルが違う。
そのレベルの違う2機が今こちらへ向かって突進してきていた。
「速いって!」
戦闘開始後、先陣を切って突っ込んできた2機がこちらの前衛を足止め。その合間を縫ってこちらへ残りの2機が向かってきた。完全に最初にまず俺を落とそうという腹積もりだ。
これがこちらより腕や経験が劣るチームだったら前衛二人と上手く連携してもう一機までは足止めし、こちらに向かってくるのを一機までに絞れたかもしれない。だが今回の相手はそんな実力じゃない。前二人は自分の相手だけで手いっぱいだ。
更には相手の動きも問題だった。明らかに動きが速すぎる。直線的な速度だけではなく旋回速度も本来機械としての精霊機装が出来る動きではなく、操作技術とかの話ですむレベルではない。
これって──
俺は視線を各機体の霊力ゲージの表示に向ける。
そこに表示されているこちらに向かってくる二体のゲージ。その赤いバーはまだ向こうが攻撃を放っていないにも関わらずじわじわと減り続けていた。すなわち、
いきなり二人とも全開駆動かよ!?
全開駆動はいわば全てを霊力で動かしている状態だ。各部分への指令の伝達が霊力を介して行われるというだけではなく、そもそも霊力自体が人でいう筋肉のようなものになり全身を動かす動力となる。すなわち今の向こうは鋼鉄の鎧をまとった霊力そのものになっており、本来の機械としての稼働限界を超えた動きを行っていた。
無論、そんな状態であれば霊力は大きく消耗する。そのため全開駆動は本来、勝負所のここ一番で使うべきモードだ。それを試合開始直後から使ってくるのかよ!いやこないだ俺も似たようなタイミングで使ったけどさー!
逃げながらなんとか体勢を整え攻撃を放つが当たらない。狙いを付ける余裕がない上、大質量の機械ではありえない動きで向こうは動き回ってるので無理がある。機銃なら当たるだろうが俺にはミズホほどの技術はない、上手く狙えないなら消耗が大きいだけ。だとしたら俺が出来る事は一つだけ。
「タマモ、全開駆動!」
同じ状態になって、逃げる!
この状態なら逃げる意味はある。全開駆動は消耗が激しい、逃げ回れば攻撃を与えなくても向こうの霊力を削る事ができる。2機の動きを暫く拘束した上で消耗させられれば、万に一つくらいの確率で勝機が見えてくるかもしれない。そのためにも、少しでも長く逃げ回って向こうの霊力を削るしかない!
そう考えたが、判断が遅すぎた。
2機の内やや距離がある方から攻撃が放たれる。俺はそれを飛び退って回避する。もう片方の機体はほぼ近接特化型、この距離からの攻撃はない──そう判断して距離を取るように動こうとしたら、剣をぶん投げてきやがった。
「うおっ!?」
さすがにその手は予想しておらず、俺の機体の足元目がけて投擲された巨大なブレードを回避するため思わず俺は動きを止めてしまう。
それが命取りとなった。
「あっ」
次の瞬間、背後から衝撃。ブレードに気を取られ予測できていなかったため、その勢いで前へ向けてバランスを崩す。そこへブレードを投擲してきた方の機体がまっすぐに突っ込んできた。
「くっそ!」
なんとか機体を捻り、機銃をばら撒く。が、相手の機体は止まらない。武器を投げ捨て徒手空拳となっていたその機体はそのままどんどん近づいてきて、
──先程よりも更に大きい衝撃が機体に走った。そこから一瞬の浮遊感、更に背後に衝撃。大きく体が揺られ食い込む固定用ベルトに圧迫感を感じるが、そんな事を気にしている暇はない。頭を振り、モニターを見据え、
そしてそこに剣を振り上げる敵機の姿を認め、俺は絶望した。
「あーっ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いやひどい。これは本当にひどい」
「まーた言ってる」
クレギオン戦から約一週間後の土曜日。
先週はそのまま直行で日本へ帰ってしまったため見れなかった映像での自分の姿を見て呟く俺に、ミズホがクスクスと笑う。
「いや、これ本当にひどいだろ、絵面が」
「あ、そっち?」
先週試合後は確かにひどい、あんまりだとぶつくさいってはいた。何せ格下ともいえる俺に2機がかり、しかも全開駆動まで使ってのフルボッコだ、愚痴りたくもなる。がさすがにそっちに関しては日本に戻ってから頭が冷えたのでもう言う気もない。リーグ戦は真剣勝負だ、後方からの攻撃である程度動きをコントロールしてくる俺を嫌って真っ先に落とそうとしてくるのは、当然作戦としては全然ありな話である。(実際試合後の会見ではそんなことも言っていた。ベルクダイン戦のような一撃を恐れたとも)
なので、今俺が酷いと言ってるのはむしろ客観的な視点からだった。
戦い方が酷い、とかではなくとにかく絵面が酷い。
映像で確認したあの時の試合の流れはこうだ。
①敵機Aが剣を投擲
②突然の想定外の攻撃に思わず動きを止めてしまった俺の機体の背面に敵機Bの砲撃が被弾
③砲撃で被弾しバランスを崩した俺の機体に敵機Aが勢いを付けて体当たり。俺の機体は一瞬宙を舞ったあと背中から地面に落ちる。
ここまではいい。自分がやられている方なのはなんだが、流れとしては悪くないだろう。だがこの後が酷い。
「これあれっスよね、怪物に襲われて腰を抜かした後こっちくるなーとか叫びながら銃を乱射するも結局殺される奴」
ハイソウデスネ!
この後剣での一撃を喰らった後、敵機Bもやってきてボッコボコにされている姿も酷いが、それ以前の一撃を喰らった後の俺の絵がひどい。全開駆動だったから飛び起きればよかったものを、尻もちをついた状態で後ろにずり下がっての機銃乱射は間抜けすぎるだろう。しかも集中して撃てばいいものを敵機AとB両方に向けてばら撒いたものだから結果としてどっちにも大してダメージ入ってないし。まんまパニックホラーの序盤で死ぬ、情けない役回りの兵士みたいな姿だ。
「ユージン、追いつめられると弱いからねぇ」
「にしたって、自分でいうのもなんだがこれはない」
「あ、でも大丈夫っスよ。ネットの反応は”ユージンちゃんポンコツ可愛い”とかで割と好意的ですから」
「その評価も情報自体もいらねぇなぁ!」
「ほらこんなイラストも」
いやモンスターに襲われる腰を抜かす俺のイラストなんて見せんでいい──うわめっちゃうまい何これ!?
完全にネタ画像なんだけど画力の高さで殴ってきて文句がつけづらいぞこれ。
「あーこれアドレス送って、保存するわ」
「了解っス」
「いやせんでいい」
レオが恐らくアドレスをミズホに送ろうとしたので、奴の端末を奪い取ろうとしたたその前に立ち上がられた。くそ、身長差が30cm以上あるから背伸びしても届かねぇ!
「あ、いい、それいい、続けて!」
写真とんな!
「いやこういうのは俺相手じゃなくてミズホさんとやって欲しいんですけど……あ、送りました」
「そうね。ほらユージン、おいでおいで」
ミズホが腰を落として、自分のスマホに先程の画像を表示してこっちに見せつけてくる。あれこれいじめでは?表情はいらずらっぽいものではなく愛犬か何かを抱きとめようとしてる飼い主みたいなものになってるけど。
近づいたら案の定立ち上がったので腹いせにノースリーブで露出している二の腕を中指と人刺し指でぺちぺちしていると「あっ割と痛い」電話が鳴った。音的に外部ではなく、内線だ。
「あ、俺出ますよ」
すぐ側にいたレオが、子機を手に取り耳を当てる。それから2、3言葉を交わした後、彼は受話器から口を話して言った。
「ナナオさんからっス。ユージンさんにオーナー室まで来て欲しいそうで」
「俺だけ?」
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