巨大で気持ち悪い何か。
それを最初に目にした時、最初に感じたのは不快感だった。
「うっ……」
胸がむかむかし、何かがこみ上げてくるのを感じるがそれをなんとか飲み込む。
『ユージン、大丈夫?』
「大丈夫……」
心配げなミズホの声に、なんとか言葉を返す。
立ち上がった機体のモニター、背の高い木々越しの向こう側にこちらと同サイズか或いはより大きい巨人の姿だった。
それだけならあまり驚いたり、不快感を感じるほどではない。論理崩壊によって出現する”異界映し"などでそういう存在を目にしているし、ここは異世界だとこっちは認識しているので。
問題なのは、そのサイズではなく見た目だった。
外見自体は人型だ。ただ人間というより獣人といった様相をしていた。全身は濃い体毛に包まれていて、頭部は牛や馬のようなものになっているんだが……その頭部を含め、見える範囲だけでも体のそこかしこが腐っているように見えた。
濃い体毛の中に何か所もその中の肉が露出しているところがあり、例えば右の二の腕の辺りなどは骨らしき白きものも見えている。胸の辺りにいたっては内部の臓器みたいなものが見えていた。俺スプラッタ系苦手なんだけど……幸いな事に、特に見たくもない腸とかが飛び出しているのは見えないが、これ木々の下に隠れている部分でそうなってる可能性高いよな……
そんな異形な存在が二体、森の中を進んでいた。こちらから見えているということは向こうからも見えるはずだが、今の所こちらに気づいている気配はない。ただ進んでいる方向がまっすぐではないにしろこちら寄りだった。このままでいけば接触する可能性が高い。
それとその異形の姿にどこか違和感を感じて、みたくないのを我慢してその姿を観察していたらその違和感に気づいた。
あの巨体だ、動く時に発生する振動も結構なものだろう。実際奴の頭は結構大きく上下しているように見える……んだが、ボロボロで場所によっては腐っているように見えるのにも関わらず崩れ落ちることがないのだ。ただズームするとその腐食部分からなにか黒いものが滴り落ちているように見える。血液か、腐食して液体化した肉か……?
『どうする?』
通信機から、端的なサヤカの言葉。だが意図は伝わっているので、少し考えてから答える。
「セラス局長からの指示もあるし、こちらから仕掛けるのは避けたいけど……あのまま奴等がこっちに向かってくるなら戦うのも止む無し、な気がするな」
俺達の機体だけならまだしも、この場にはトレーラーやコンテナがある。一応まもなく局長がこっちにくるはずだが、不慮の事態でそれが遅れる可能性だってある。そうなればコンテナとトレーラーは俺達の生命線だ。失う訳にはいかない。
一応精霊機装が四機もいるので抱えて移動するという方法もなくもないが……中がぐっちゃぐちゃになりそうだし、足場の悪いこの場所だと中々に難しいと思う。
アイツが友好的或いはまったく無害な存在の可能性も──いや、さすがにないか。
『だとしたら、少し移動した方がいいッスかね? さすがにこの場で戦うのは不味そうっスし』
『そうね。一度探索に出た方に行ってみる?』
こちらに来た初日に探索に向かった方は木々がすでになぎ倒されているので、多少は移動しやすい。それにそちらの方には一部開けた場所があった。奴等の移動ルートにより近くなってしまうが、場所としては悪くない。
「ルーティエさんとホロウさんはこの場でコンテナとトレーラーをお願いします」
外部スピーカーで二人に告げると二人から同意の意が返ってきたので、この場を二人に任せ俺達は移動を開始する。今の所、腐った巨人の反応はなし。
『きついかもしれないけどごめんね? ユージンが頼りだから』
「わかってる。大丈夫」
ここが異世界ということは"世界観の壁"の問題があるハズ。これまでの論理崩壊やらで現れた奴等との戦いを見る限り、効きが悪いだけで通用しないわけではないが、やはり一番有効な武装は俺の持つ界滅武装であるライフルだ。戦闘になったら目を背けているわけにはいかない。
『このままどっかにいってくれればいいんだがな』
サヤカの言葉には激しく同意したいが、奴らは途中で方向を変える事なくまっすぐに進んでいるのでその希望がかなえられる可能性は少なそうだ。
一応腰を低くし、木々の中に隠れるようにして進んでいるが、どこまで意味があるかどうか……
『戦闘になった場合は俺とミズホさんの魔術で足止めしてユージンさんにやってもらう感じっすかね。あんまり動きが素早そうな感じではなさそうッスし』
『私の仕事がないぞ?』
『でも近寄らない方がいいとは思うのよね、あの感じ。アレの歩いた後の場所をズームしてみてみて?』
ミズホの言葉に従い、機体のカメラをそちらに向けて拡大すると、丁度一本の木々が倒れていくのが見えた。それだけなら奴等が通った時に押しのけた樹が耐え切れずに折れただけにも見えるが、問題はその木の枝葉だった。
「枯れてる……?」
『っスね』
倒れた木、いやそれだけじゃない。その周囲でまだ倒れず保っている木々もその枝葉が急速に枯れているように見えた。
「なんだアレ」
『あんだけ腐ったような姿してるんだ、周りの物も腐らせてるんじゃないか?』
サヤカがくっそ雑な予想を口にしたが、案外間違ってない気がするな。
腐食させているとして、それが先ほどから滴っている黒いものによるものなのか、何かガスみたいなものでも噴出しているのかはわからないが……確かに近寄らない方が良さそうだ。精霊機装は起動中なら操縦者の霊力で守られているからそうそう機体自体が腐食するようなことはないだろうけど……まぁそもそもあんな外見の奴に近づきたくない。
「……奴等がこっちか或いはコンテナの方向に向かいそうになったら、仕掛けるか」
『異議なしね』
『さっきの作戦でいいッスよね?』
「いいと思うぜ」
『まぁ今回は楽させてもらうか。ただ念のため私が先頭に立っておこう』
「よろしくー」
方針が決まればあとは動きは早い。それぞれが自身の担うポジションに移動した上で俺達は、目的の場所へ進行を続ける。
あとは、あいつらがこっちに反応しないでくれるとベストなんだけど──
『あ、こっちに気づいたわね』
『明らかにこっちに進路を変えたな』
知ってた。そんなこと考えてると、大体望んだ形にはなってくれないのだ、最近の俺は。特に論理崩壊とか異世界絡みの時には。
『……あまり速度は早くないわね。これだと魔術はいらないかしら?』
「無駄な霊力は使わないに越したことはないからな……なあ、あいつら実は友好的だったりしないよな?」
『あんな腐食だかなんだかをまき散らしながら近寄ってくる奴は、友好的だったとしてもお断りだろう』
「ごもっとも」
近寄られるだけでこちらに害が出るのは間違いない状態だ。よくないガスでも出しているとしたらある程度距離は離れているとはいえ、ルーチェさん達に影響があるかもしれない。
「とりあえず一発警告としてかすめるように撃ってみるか。それで奴等が逃げずにこっちに向けて速度を上げる様だったらミズホとレオは動いてくれ」
『おっけ』
『了解っス』
さて、と。
俺は右手に持つライフルを構える。こちらの方へまっすぐ向かって来ている上に動きが遅いので、リーグ戦の試合や普段相手にしている"意識映し"や"異界映し"に比べれば遥かに狙いやすい。
前を進んでいる奴の側面、右肩のすぐ横を掠めるように照準をつけて、引き金を引く。
放たれた光の弾丸は狙い違わず奴の側面をすり抜け、
──そして奴の肩が大きく抉りとられた。




