異世界生活は退屈?
問い返した俺の言葉に、ルーチェさんは頷く。
「帰還するのに関しての最終的な判断は現地で分析した情報が必要との事でしたので。日付が大きくずれ込む事はないそうです」
アキツに関して超重要人物でありいろいろ忙しいであろうセラス局長が即時帰還ができないこちら側に来てしまっていいのだろうかと思ったが、以前俺が謎の女に狙われた時に日本からアキツに転移したようなアイテムもあるし、そもそも例の女はある程度自由に世界を渡っていた節があるから、局長だけであれば帰還する手法があるのかもしれない。どちらにしても俺が考えたところで意味がなさそうな事だったので、考えるのはやめた。
この先どうなるにしろ、局長が来てくれるのは非常に助かることだ。それだけわかっていればいいだろう。
少しでも早く帰れるといいなぁ。会社の方とか誰か連絡しておいてくれるかなぁ……
◆◇
「ふぁ……」
「あら、おねむ? 膝枕する?」
「いや、大丈夫」
眼をこすりながら、声を掛けて来たミズホに対して首を振る。
「しないんスか……」
いや残念そうな声だすなよ、レオ。理由は解ってるけどさ。
んーっと、背伸びをする。今いるのはトレーラーの中。窓の外にある太陽(こっちでは別の名前だろうが)は丁度空の頂点にある。
「まぁ体のリズム狂ってるだろうし、眠くなるのも仕方ないッスよね」
ルーチェさん達がやってきてから、2昼夜が過ぎた。といってもこちらの方ではあの後まだ一回しか夜を超えていない。一日の長さが違うようで、多分アキツや地球の1.5倍くらいかな、と思う。
そんなだから夜に合わせて生活するのは無理があるので、アキツの時計に合わせて寝てるんだけど……やっぱり体内時計と昼夜があってないとリズムが狂うのかな。時差ぼけみたいな感じ?
あの後ルーチェさんから他にも伝言を聞いたその後。俺達がどうやって過ごしているかというと……概ねトレーラーの中でだらだら過ごしていた。
というのも、ルーチェさんから伝えれた指示が「出来るだけ動かないこと」「現地人等とは接触をできるだけ避ける事」なので。まぁ変に現地人と接触したら問題がおきるかもしれないもんね。
ということで、今は概ねトレーラーの中でだらだら過ごしているというわけだ。
ルーチェさんとホロウさんが周囲を確認してくれた結果、すぐ側に集落のようなものは見つからず。更に大型の生物もあまり見受けられないということで危険は少ないのは確認されたんだけど、未知の毒を持つ虫とかがいる可能性は否定できないということで俺達基本屋内、外に出るにしても精霊機装を止めている広場から出ていないのだ。
正直、滅茶苦茶暇である。何せテレビもネットも配信もないもんな。時間を潰せるものが殆どないのだ。その結果ごろごろしたり、せいぜい筋トレくらいしかすることがない。そしてさすがに精霊機装の狭い操縦席の中で長時間待機するのも疲れるから、そうなると改装されてて居心地は普通の部屋と変わらないトレーラーの中が居場所になるというわけだ。
あ、念のため一応一人は精霊機装に搭乗した状態にしているけど。今はサヤカが自機の中で本を読みつつ(一応コンテナの中にあった)待機しているハズだ。
──異世界転移したばっかりだってのに、こんなに暇にすごすのもどうなんだと思うが仕方ない。
あまりにもすることが思い当たらなかったので、昨日なんかは下ごしらえに時間のかかる手の込んだ料理なんてものを作ってしまった。一人暮らしの時は割と大雑把な料理を作ってたけど、ミズホやサヤカと同棲するようになってからはいろいろちゃんと作るようになったし、レパートリーも増えたんだよな。
……料理も凝りだすと、割と楽しかったりするんだよね。自分のやれることが増えるとそれを活かした何かをしたくなることがあるけど、料理もおんなじだ。それもあって同棲ではミズホが作る事もあるけど、俺が作る事の方が多い。だけどまぁそれなりに忙しい身なわけで、そこまで手の込む料理はめったに作る事はない。なので今回せっかくだからというわけでもないけど、コンテナの中に入っていた食材の中で時間がかかる料理をがっつり時間をかけて作ってみた。結果は大分好評でした。
……料理の時になんかホロウさんやルーチェさんに結構ガン見されてたのがちょっとアレだったけど。いや普段からミズホやサヤカに後ろからガン見されているから慣れてますけどね。
しかし本当に暇だな。とはいえサヤカとかと同じように本なんか読んだりしたら眠気が促進されそうだ。
時計の方に目をやれば、時間は15時を指している。んー……ちょっと早いけど、夕飯の準備に入るかな。コンテナ内部の冷蔵庫に格納されている食材は頭に入れてあるので、それで出来る料理のピックアップと6人分の料理を作るのに必要な分量を計算する。ミズホ達の好物や苦手な物は理解しているし、ルーチェさんとホロウさんの苦手なものも先日確認済みなので、その辺はちゃんと考慮してっと。
「ミズホー、ヘアゴムとって」
「料理するの? はい」
「ん」
ミズホに頷きを返しつつ差し出されたヘアゴムを受け取り、ぱぱっと髪を纏める。ちなみにこれは持ち歩いている自分の私物だ。多分エルネストのスタッフが準備してくれたんだろう。コンテナの中にはこういった小物や化粧品等も入っていた。チーム施設に置いてある奴や持ち運んでいるポーチの中にある奴だけなので、分量はさしてないけどね。
ちなみに外で使うようなのでミズホ邸で使う色気も何もない奴ではなく、ミズホとサヤカが選んだちょっと可愛らしい奴だ。まぁ髪をまとめる役目を果たせれば特に問題はないけど。
さて、髪を纏めたりしているうちに料理のセレクトも概ねできたな。
「ミズホ、レオ、食材採りに行くからちょっと手伝ってー」
「はぁい」
「了解っス」
俺の掛けた声に応じて、トレーラーの中にいた二人が立ち上がろうとしたその時だった。
『ユージン、ミズホ、レオ、今すぐ機体に乗り込め!』
トレーラーの中に、通信機越しのサヤカの声が響き渡った。怒鳴るような、少し焦りを含んだ声。明らかに何事かあった声だ。
「タマモ!」
俺は慌てて入り口付近の段ボールの上で丸まっていたタマモ(端末がないので出しっぱなしにしてある)に手を伸ばせば、タマモは伸ばした手の上に着地した後そのまま腕を駆けあがり肩へと飛びのる。それを確認した俺は靴を履くと、トレーラーの中から飛び出した。
その瞬間、下から抱えられる感触と共に体がふわりと浮き上がった。
「きゃっ」
思わず悲鳴が出て体を縮こまらせてしまうが、見ればすぐ側にホロウさんの姿があった。
「運びましょう、ユージン殿」
「あ、はい」
その言葉で彼の意図は解ったので素直に頷いておく。できれば一声あげてからにして欲しかったけど……頷いてすぐにホロウさんの体が地面から離れ、座らせた状態の機体のハッチの前に移動した。俺は抱きかかえられたまま腕を伸ばしハッチを開けると、ホロウさんはまるで壊れ物を扱うようにそうっと操縦席に俺を降ろしてすぐ外に出る。
「ありがとうございます」
俺の礼に頷いた後彼が離れたのを確認して操縦席のハッチを閉じる。ちなみにミズホはルーティエさんが、レオはサヤカが機体の手で運んだらしく、同じようにハッチを閉じるところだった。
「タマモ、融合」
いつも通りタマモが操縦宝珠の中へと解けるように消えてゆき、機体に命が吹き込まれる。
正面のモニターにも外部の光景が映し出されれるのを確認しつつ即座にモードを精霊駆動に移行し、機体を起こしていく。そうして機体が直立し、視点が一番高いところでサヤカが焦った声を上げた理由を知る。
森の木々の向こう。異質な存在がそこにいた。




