今度は一人じゃない異世界の森の夜
「結果はどうだ」
「大気組成はアキツと大きくかわらず。人体に悪影響のある要素も検出無しっス。少なくとも環境的には外に出ても問題なしって事っスね」
「良かった~」
レオから返ってきた答えを聞いて、俺は大きく安堵のため息を吐く。アキツと"繋がる"生命体が存在する世界は大抵環境が似通っているって話は聞いてたんだけど、それが確定して一安心である。
「良かったのは勿論スけど、そこまで安心する所っスか? あくまで外に出れないって事はなくなりましたっスけど、結局の所他の要素で安全とは言い難いッスよ?」
「いや、とりあえずトイレを密閉空間の中でしなければいけないという心配は消えただろ」
レオの言葉に即答した俺の答えに、通信機から「あー」という言葉が聞こえる。
操縦席の中はコクーンを発動してなくても基本的には密閉された空間だし、当然トイレの機能なんてついていない。そんな中でトイレをするなんて考えたくもない事である。
一応小の方なら最悪、本当に最悪の場合飲み終わったペットボトルにするという選択肢もあるけど、大の方は論外だもんなぁ。マジで外に出れて良かったよ。きちゃない話だけど大事な話でもある。
「それも含めて、外に出れるならいろいろ動いておいた方が良いか。特に水は探して置いた方が良くないか?」
「そうね、食べ物はともかく水に関してはなんとかしておいた方がいいかもね」
「だな。手持ちはもって今日いっぱいくらいだろうし」
サヤカとミズホのやり取りに、俺も同意しておく。出来れば細かい確認が取れていない異世界のものを口にしたくはないが、それぞれ確保しているのはペットボトル2本前後くらいしかない。大事に飲んでも明日には足りなくなる。そうなったらもう煮沸消毒した水を大丈夫だと信じて飲むしかない気がする。
食料に関しては、カロリーバーみたいなものがいくらかあるし、最悪一日前後は食べなくてもいけるので2~3日はなんとかなるハズ。寝る場所は操縦席の中が間違いなく一番安全なので考えるまでもない。
うん、考えてみる限りとりあえず考えおくべきことは水とトイレだなぁ。異世界転移したってのに生活的過ぎるけど、ここ森の中だしもし他の知的生命体と遭遇したとしても話もできないだろうし。そうなると未知の森で遭難しているだけのようなもので、派手な事が起こる訳がない。近くにでかい生物がいる気配もないしな。
「とりあえず二手に分かれて作業するか。水の所在の確認と、トイレの準備」
「トイレの準備、いるか? それぞれの機体で周囲を囲んで、その中心ですれば安全も確保できるし外からの視界も遮られるだろう?」
「その状況、落ち着かなさすぎるだろう」
出そうなものも引っ込んじゃう。
結局、水を探しに行く組がどうしてもある程度木をなぎ倒していくのは避けられないので、その倒れた木々を適当に組み合わせて枠を作り、その中に掘った穴をトイレとすることにした。
「それじゃ、始めましょうか」
「「「りょうかーい」」」
◇◆
「この世界にも月みたいな衛星があるんだな」
夜の帳が、すでに周囲を覆いつくした、暗い森の中。その中にうっすらと灯った明かりの中、俺は空を見上げていた。
灯りは、操縦席の光だ。出力を最低レベルまで落とした、ぼんやりとした光。その光が、森の木々と他の皆の機体をうっすらと照らしている。
そう、今俺の機体は操縦席を開いている。というか、レオ以外は全員操縦席を開いていた。
なんで外に出てるのと思うんだが、さすがにこれだけ長い時間操縦席の中にこもっているのは息が詰まるんだよ。すでにトイレとかで外には出ているから外気に触れる事自体は今更だしな。
それに確実とはいえないが、ここまでこの森の中で危険な生物の姿は見ていない。小動物がいるのでそれらを餌にする肉食動物はいるだろうが、精霊機装にとって脅威になりそうなサイズのものがいないのは間違いないだろう。ということで今のように操縦席を開いて息抜きしているというわけだ。後ずっとコクーン展開してれば霊力は減る訳だし……
ちなみにレオだけ操縦席閉じているのはいざという時に誰か一人は即動けるようにしておいた方がいいからである。別にレオだけに押し付けてるわけじゃないぞ! ちゃんと交代制でやってるぞ!
「それにしても星空が綺麗よねぇ。あれね、ユージンと一つの毛布にくるまって天体観測したい気分だわ」
「その場合、反対側は私だな」
「でかい毛布が必要になるな……」
そもそも今この場に毛布自体ないけど。
「毛布なしでもいいから身を寄せ合って今してくれてもいいんスよ? 後肩に手を回して抱き寄せてたりすると尚良しっス」
お前は本当にどこにいてもブレないね……ちなみにそれぞれみんな自分の機体の操縦席に入るので無理です。二人ならまだしも三人もはいったらぎちぎちになるわ。
「というか、さすがに寝る時は毛布くらいは欲しかったわねぇ……ユージンこっちにきて私の毛布にならない?」
「私も欲しいぞその毛布」
「人を寝具扱いするのやめろ」
「いっそのこと皆さん三人で精霊機装の手の上で身を寄せ合って寝るとかどうっスか? ユージンさんを抱き枕代わりにして」
なんでお前の性癖を満たすためにそんな危険な寝方をしなきゃならんのだ。
……こいつも暇なんだろうなー……その結果性癖を満たす方向に行こうとするのはどうかと思うが。
正直な所、今やることって話するくらいしかないもんな。事実上遭難している状況の中で、そんな気の抜けた事をいってられるのはありがたいことなんだろうけど。
「ふぁ……」
ふと、口から欠伸が漏れた。
「あら、おねむ?」
「まぁ、いい時間だし」
時計を確認すれば、時刻はもう2時を回っている。普段なら流石に眠っている時間だ。なのにまだ起きているのは、少し前位までは明るかったためだ。
俺達がこの世界に来る前、アキツの時間は3時過ぎくらいだった。だがこちらに来た際の時間は日の位置を見る限りは正午前後。そしてそれから完全に陽が暮れるまで9時間程かかった。時間がずれているのは別の異世界に移動したんだから当然として(というかむしろ一日や一年の時間がほぼ一緒なアキツと日本の方がおかしい)、多分一日の時間も大分こっちの方が長いかな、これ。
「寝れる状況にはあるんだから、寝ちゃった方がいいんじゃない? 考えたくないけど、この先のんびりしていられない状況になる可能性もゼロじゃないんだし」
「そりゃそうか……でも今から寝ても多分起きたら夜が明けてないだろうなぁ」
「まあ夜が明けるまでは大人しくしていた方がいいだろうし、目が覚めても操縦席の中でじっとしているしかないだろうな」
「うん……ま、寝るか」
「あ、ちゃんと寝る前にトイレしとくのよ? さすがに皆寝た後にトイレ行くのは不味いだろうし」
「あ、俺起きてるっスよ。さっき軽く寝てるから今は眠くないし、一応見張りはいた方がいいと思うっす」
「……ほんとお前そう言うところ気が利くね」
ほんと紳士的な所はあるし、細かいところ気が付いたりするし、いい男なんだよな。性癖に対してはっちゃけているだけで。
「まぁそういう事なら頼む。起きたら変わるよ」
「了解っス」
「それじゃ……ちょっとトイレ行くからよろしく」
「そうだな、パンツの替えもないし大事だな」
いや今行かなくても漏らさないって! 念のため行きはするけど!
あーでもそれはおいておくとしても下着は変えたいよなぁ。明日にはセラス局長助けに来てくれるといいなぁ。