それから②
「見てたのかよ!?」
「見てたも何も……同じ家に暮らしているんだし、目に入らない方がおかしいだろう」
「うっ……」
見られないように気をつけてはいたはずだけど、確かに密室でしていたわけではなく物陰でしていただけだから見られてしまう事もあったのかも……うう、恥ずかしい。今後はもっとちゃんと気を付けないと。
「なあ、ユージン、ミズホ」
「うん?」
「何かしら」
「キスとはやはりいいものなのだろうか?」
「ほへ?」
サヤカが口にした想定外の言葉に、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「……したことないの?」
「ないぞ?」
問いには即コクリと頷かれた。……海外の人って割と軽くキスをするイメージがあったけど、偏見は良くないな。俺海外行ったことないし。海外より先に異世界には来たけど……
「試してみたらいいんじゃないかしら?」
「いやお前試すって……」
そんな気軽にする事じゃないだろう。ほっぺとかへのキスならまぁいいかもしれないけど、サヤカが言っているのは唇どうしのキスのハズだし。そう思って軽くそう口にしたミズホを窘めようとしたら、それにかぶせるようにサヤカが口を開いた。
「いいのか?」
「この前、アタシはサヤカなら構わないって答えたと思うけど?」
視線を合わせ、ミズホとサヤカがよくわからないやり取りをする。後何故かレオが目を輝かせてスマホを構えた。そうしてサヤカは俺の方へ体を向け……だが顔だけはミズホの方へ向けたまま言葉を続ける。
「正直本当にいいのかと思うが……お言葉に甘えさせてもらうぞ」
サヤカは顔もこちらに向けて、俺の方に腕を伸ばすと両肩に置いてきた。碧い瞳が覗き込むようにじっとこちらを見つめてくる。肩に置かれた手に少し力が入る。
「ユージン、私の事は嫌いじゃないよな」
「? それは勿論」
チームメイトだし、何より一緒に暮らしているんだ、嫌いなわけじゃない。
「じゃあ好きか?」
「うん」
これも即答する。好きか嫌いかなら、間違いなく好きの方に大きく傾く。ぶっちゃけ、チームメイトの3人は最も大事な3人と言っても、今となっては過言ではない。
「そうか」
その答えを聞いて、サヤカがふわりと微笑む。そして肩を掴まれたまま少し引き寄せられて
「いやだと思ったら躱してくれ。躱さなかったら合意と見てそのままするからな?」
サヤカの顔が近づいてくる。……近くで見ると、本当に整った顔してるよな。まつ毛もマスカラつけているわけでもないのになっがいし。
そのままゆっくりと、顔が近づいてくる。気が付けば、吐息が当たるくらいまで近くによってきていた。
え? え? え?
だめだよ? そのまま近づいたらぶつかっちゃうよ? そんなこと考えている間にサヤカの顔は更に近づいて、その綺麗な碧い瞳も閉じられて……
──そして、柔らかい感触が唇に触れていた。
「!?」
驚きに体が固くなる。ここでようやく理解した。俺、サヤカにキスされている? ……というか、さっきの話なら誰かとキスするのを試すのは確かだけど、その相手俺なの!? というかさっきの問答を考えると、サヤカは俺の事をキスしたい程度には好きだって事!?
混乱する中でもそんな事に思い当たっているうちに、触れていた柔らかい感触が口から離れた。サヤカとの初めてのキスは、ミズホとは違い本当に触れるだけのキスだった。
サヤカは肩を掴んでいた手も離し、少し距離を取る。そして、
「成程」
と呟きながら、まるで先ほどまでの感触を味わいなおすかのように、ぺろりと自分の唇を舐めた。
う……なんかちょっとえっちぃ……さっきまであの唇が俺の唇に触れてたんだよな……じゃなくて、
「いきなり何だったんだよ?」
「事前に嫌だったら回避してくれと伝えたが?」
確かにそうだけど主語がないんだよ! 話の流れ的に気づかなかった俺も鈍感すぎるけど!
「……いやだったか?」
……ここで普段あまりしないような不安そうな表情を見せるのは卑怯だろう!?
「いやじゃ……ないけど」
「そうか!」
今度は華が咲くような笑顔を見せるんじゃありません。
でも実際の所、驚いただけで嫌な感覚は全くなかった。そういった感情ではないにしても、先ほどを答えた通りサヤカの事を好きなのは確かなわけだし。ただ……俺はミズホの方に視線を向ける。尚その途中で相変わらず輝いた瞳でスマホのカメラをこちらに向けているレオが視界に入ったが、それは無視しておく。
俺の視線を受け止めたミズホに、嫉妬の色はない。むしろ穏やかな笑みを浮かべる。そして視線の意味を読み取ったらしいミズホは、
「駄目だったら、そもそも止めてるわよ? というか今の流れ見ていれば、アタシが薦めているのはわかるわよね?」
「でも……いいのかよ?」
「サヤカならいいわよ? でもサヤカだけね」
……告白したときにも独占欲がないといってたくらいだし、同じ部屋に住んでいるサヤカならOKって論理か? という事はサヤカが出ていくときはNG? ……いや、まさか同じ家に住んでる人間が同じ関係性になれば、視線を気にせずそういったことができるからじゃなかろうな?
……考えすぎだと思いたい。
「ユージン」
「あ、うん」
「私は、もっとユージンとキスをしてみたい。駄目か?」
なんでわざわざ腰を落として上目遣いで言ってくるの!? お前そんなあざとい事するキャラじゃないだろ!
というか、いいのだろうか? 不誠実すぎない? でもミズホがOKしてるし、同性だからあまり杓子定規にルールにしばられる事はないのか? そもそも日本と違ってこちらの世界ではいろんな人種が混じっているのもあってか、様々な関係の形に対して寛容だし。
「駄目……?」
サヤカから追撃が入る。
ミズホを見る。にこにこしてこちらを見ている。
サヤカを見る。潤んだ瞳でこちらを見ている。……お前そんな瞳したこと過去に一度ないじゃねーか!
レオは(後略)。
しばらくの沈黙。そして俺は何度もミズホとサヤカの間で視線を迷わせ……最終的にはちいさくコクリと頷いてしまった。だって、ミズホもサヤカもOKしているし、ちょっと俺の中に残っている男の部分とかも出て来ちゃったし……許して! 俺をクズ女(男?)と思わないで!
「本当か、ありがとう!」
頷きをきっちり認識したサヤカが喜びを露にする。あとその後方でレオも喜びを露にした。
……いや、お前も一緒に喜ぶなや。というか、
「レオ」
「なんスか?」
「さっきスマホで写真を撮っていたよな? 消そうか」
「そんな! 家宝にしようと思ってたんスよ!? 後生ですからそれだけは!」
いやこの程度の事で流れる用に土下座に移行するなよ!? サヤカを見ると彼女は頷いたので俺は一つため息を吐いて、それからレオを立たせる。というかこれからカメラに映るのに、土下座なんかしてよごしているんじゃないよ。別に床汚れてないけどさ。
「流出だけはさせるんじゃないぞ、全く」
「勿論っス。あ、でも彼女には見せていいッスか?」
「それくらいなら、まぁ」
お前の彼女同好の士でもあるからな。それにレオにはいちゃいちゃ撮影許可は出しているからなぁ……
「ユージン、顔赤いわよ?」
「そりゃ、キスなんかすれば赤くなるだろ」
「もう何回もしているのに……本当にユージンは可愛いわね? アタシとも今する?」
「しない!」
そうやって揶揄ってくるミズホに突っ込んだところで、部屋のドアがノックされた。
「エルネストの皆さん、よろしくお願いします」
え、もう!? ちょっとまって、俺まだ顔赤いんじゃない?
「それじゃ行きましょうか、ユージン」
あたふたする俺の手を取って、ミズホが歩き出そう……としてその前に俺を引き寄せて、耳元に口を寄せてきた。そして、
「撮影中にアタシやサヤカの唇の感触、思い出さないように気を付けて、ね?」
なんでそんな酷い煽り入れてくるの!?
最終話っぽくない話ですが、元々のプロットにあったラストシーンが今回のシーンとなるため、本編はこの話で完結になります。
当作品は筆者がとにかく好きなシーンを書きたくて書きつづった作品ですが、ここまでお付き合頂いて本当にありがとうございました。
一応この作品は始める前に大体前作の倍くらいを目指したいと考えていました(当然前回の数値を下回る可能性も考えていましたが)。数値にすると
ブクマ:500
総合ポイント:2000
PV:30万
文字数:100万以上
レビュー:1件
という目標を立てていたのですが、全ての目標を達成できました。
ブクマ、評価を着けて頂いた方、いいねやリアクションを着けて頂いた方、そしてレビューを書いてくださった方本当にありがとうございます。
また誤字報告をこまめに送っていただいた皆様も本当にありがとうございました。非常に助かっております。
尚、作品自体を完結にするような雰囲気で記載してしまいましたが、作品自体はまだ完結しません。
ここまでは当作品はほぼ時系列通りに話を進めていましたが、以降はあまり時系列を気にせずお話しを投稿する予定です。(ただしここまでの過去に起きた話ではなく、基本的に今回のシーンの後以降の話となります)現在、短い話を2つと中くらいの話を2つ投稿する予定です。
よろしければこの後ももうしばらくお付き合いください。よろしくお願いいたします。




