2年越しの答え
うちの新事務所のビルは、屋上に出る事ができる。
こちらの世界、アキツは日本と違い土地が余っているためか、あまり数十階の高層ビルというのは存在していない。そのおかげで、日本では高層とは呼べない程度の高さの事務所ビルの屋上でも、視界が通るためなかなかに景色が良い。
まぁカーマインの建造物は日本とあまり変わらないため、視界に映る景色に異世界感はまるでないけど。
そんなビルの屋上で、俺は一人フェンスにもたれかかるようにして夕焼けの空を見ていた。時期的に少々熱いが日本のそれほど蒸し暑い訳でもないし、風もあるためそれほど過ごしにくいわけでもない。
とはいえ、普段はこんな所にはやってこない。今日こんな所に来ているのは、ある人物と話をするためだった。
丁度背後にその待ち人の気配を感じ、俺は夕焼けの空から目を離して振り返る。
「お待たせ、ユージン」
待ち人──やってきたのはミズホだった。今日のトレーニングが終わった後、話があると俺が呼び出した。
「それで、わざわざこんな所まで呼び出して話って何かしら」
うん、本当にわざわざだ。こっちにいる時は大体一緒の時間を過ごしていることが多いし、なんなら夜は同じ部屋で眠っている。話すチャンスなんていくらでもあるのに、わざわざこんな人気がない場所に呼び出すのはおかしいと思われても仕方ない。
でもなー。トレーニング中に話すのはちょっとアレだし、ミズホの自宅だと万が一NGだった場合その後が地獄すぎるだろう。
そう、俺は覚悟を決めたのだ。今日、この場所で俺はミズホに告白する……というか以前の告白を受け入れる。
ただ、あれからもう2年以上たってるからもしかして心替わりしてるかも? という気持ちがちょっとだけあるのだ。正直普段の接し方見てると大丈夫だと思うけど。ただ可能性が0ではないかと思うと……いや、情けなさ過ぎるだろ。
俺はパチンと顔を叩く。
目の前で突然奇行をみせられたミズホは一瞬ビクッとしてから眉を顰め口を開く。
「こーら。可愛いおかおになんてことするの」
「そんな強く叩いてねーよ」
気合を入れる為だったから痛くなかったわけじゃないけど、さすがに跡が残る程強くは叩いてない。
俺は大きく息を吐いてから、俺より高い位置にあるミズホの顔を見上げる。
「なあ、ミズホ」
「なぁに?」
「俺がこの姿になって、そして戻れない事をしった日の事覚えてるか?」
「ああ、アタシがユージンにプロポーズした日の事?」
「ちょっ……」
話が早すぎる! こーゆー時は少しずつ二人で思い出していって、その中でいずれその話題に辿り着いたところで俺が口に出す流れじゃない? なんでいきなり答えだすの!?
「……どうしたの?」
「ナンデモナイデス」
いかん、いきなりプランが崩れた。軌道修正しなきゃ……もうどうあがいてもいい感じになる気がしないし、本題に入ろう。
「えっと、その、あのな?」
「うん」
「そのプロポーズの件だけどさ」
「うん」
「あれってまだ有効なのか?」
「有効よ?」
即答かよ!
しかも、若干口の口角が上がりやがった。もう間違いなく気づいているだろ、これ。
「で? ついに答えを聞かせてくれるのかな!」
完全に感づかれてるコレ!
「あーもう顔赤くしちゃって可愛いわね。抱きしめていい?」
「まって」
駄目だこれ、もうぐだぐだだ。ただ抱き着かれたら本当に話が進まなくなるのでこちらに手を伸ばしてくるミズホをなんとか押しとどめて、もう一度深呼吸。
どうあがいても雰囲気がよくなることはもう完全にありえなくなったので、俺は用意していた最後の言葉を口にする。
「ミズホ。これから先の人生、俺と一緒に過ごしてくれないか……わぷっ」
「勿論」
言葉を言い終えると同時、俺はミズホの胸元に抱き寄せられた。柔らかい感触に顔が包まれる。
その感触は嫌ではないけど……話を続けたいので体を離すと、すぐ側に笑みを浮かべたミズホの顔があった。
「ついに観念したのね」
「なんだよ観念って」
「だってユージン、ウチで生活するようになった辺りからは割とそういう気にはなっていたでしょ?」
もう何もかもがばれている。そこまで俺わかりやすい人間だったか? それともそれだけミズホが俺の事を見ているのかな。
「うー」
「なんでちょっと不満気なの?」
「……不満ってわけでもないけどさ。ただ流れが想像と違うというか……盛り上がりに欠けるというか……」
「あー、もっとエモい感じな奴を期待してたのね。ユージンって割とロマンチストよね」
「いや、そこまでは求めてないけど」
ただすべてを読まれていたせいで淡々としすぎで……まぁいいや。確かに今の俺達の関係を考えれば劇的な展開とかありえないよな。気持ちを切り替えて……あ、そうだ。
「その、ミズホ、ごめんな?」
「? 何に対する謝罪かしら」
「いや、随分長く待たせちゃったからさ。いろいろ面倒見てもらってたのに」
「もう2年以上たつものねぇ。でも告白自体が性癖暴走の勢いでしちゃったものでもあるし、それに半同棲状態になってからは、割と私の願望通りの生活できてたしねぇ。無防備な可愛い姿とかいっぱい見せてもらってるし」
まぁ気持ち感づかれてたなら、ミズホにとっては事実上の……って奴か。寝る部屋だって一緒だし、最近はお風呂も一緒の時あるしなぁ……べたべたはこの体になってからずっとされてるし。
「そう考えると、告白を受け入れても結局あまりこれまでとは変わらないのか」
「そうね。でも変わるところもあるわよ? ねぇ、ユージン」
「ん。なんだ?」
「私の愛を受け入れてくれるってことでいいのよね?」
「それは、まぁ、うん」
「……あんまり可愛い姿見せると話が止まるのでやめてもらえるかしら」
「いや知らんがな」
愛、なんて直接的な事を言われて思わず口元に手を当てて目を逸らしたら、何故かミズホに困ったような顔でそんなことを言われた。この程度の反応でそんなこと言われても困るんだが……
「話を戻すわ。ちゃんと受け入れて貰えるなら、今まで我慢していた事もしてもいいのよね?」
「……我慢してたの?」
かなりべたべたされてたけど。膝の上に乗せられたとかさ。
首を傾げてそう聞くと、力強く頷かれた。
「してたわよ。やり過ぎて嫌われたら元もこうもないもの。例えば唇にキスとか、したことないでしょ?」
「そうだな」
頬にとかはされたことはあるけど、唇にされたことはない。
「今後はしてもいいのよね?」
「……う……むうっ!?」
態々聞かれてると照れるなとか思いつつ、頷いた直後だった。
ミズホの整った顔が間近に近寄ったかと思うと、次の瞬間には唇に柔らかい感触があたっていた。
いや、当たってなんてレベルじゃない。ぶつけられたくらいの勢いだった。そのキスは触れるようなものではなく、俺の小さな唇を飲み込むような……いや、噛みつくようなキスだった。
その荒々しい口づけに驚いた俺は反射的に体を離そうとしたが、ミズホの両腕が俺の背中と後頭部に回されて離してくれない。
──食べられる!
そんな錯覚をするくらいに激しいキス。滑っとした舌が俺の唇をなぞってゆく。
「んー!」
だんだん体の力が抜けてゆく。意識に霞が掛かっていく。鼻を塞がれているわけでもないのにそれに気づくこともできずに呼吸が苦しくなってしまった俺は、ミズホの背中に手をまわしてぽんぽんと弱い力で叩く。
それに気づいてくれたのか、或いはひとまずは俺の唇を味わう事に満足してくれたのか。ずっと彼女の唇に囚われていた俺の唇は、湿り気と温かさを残しながらゆっくりと解放された。




