告白
●ユージン視点
「うー……」
「何顔抑えて唸ってるの? ──可愛いんだけど。抱きしめていいかしら?」
「話の展開が分かんねぇよ。いやさ、受賞の時の事思い出しちゃってさ」
エレメンタラーズアワードの全てのプログラムも無事終わり。各チーム用に用意された控室に引き上げて着替えも終えた俺は、授賞式の事を思い出して悶えていた。
いやだってさ、数十人の同僚やスタッフの前、更に言えばアキツ全域に流れている配信の中でボロ泣きですよ。俺もう20代後半なんだけど……いや、大人が嬉し泣きするのがおかしいってわけじゃないんだけど、あの場所でのボロ泣きは流石に恥ずかしいが過ぎるだろ。
「ユージン、割とこういうの引きずるからな。しばらく悶えてそうだ」
「可愛いからいいんじゃない?」
「確かに。ユージン、もっと悶えていいぞ」
何言ってるんだ。
まったく……と思いつつ、深呼吸をして落ち着かせる。……とりあえずまだ頬が熱い気がするけど、まぁいいか。
「さて、そろそろ行きましょうか。ユージン、着替えは?」
「あ、ちょっと待って」
言われて、羽織っただけだったサマーカーディガンのボタンを留める。
「ん、OK」
「了解。後はじゃあ帰るだけかしら」
「そうだな……あ、ちょっと待って」
ミズホの言葉に頷こうとして、スマホが震えているのに気づき、とどめる。
かけてきたのはフレイさんだった。俺はミズホ達に断ってから、電話を受ける。
『ごめん、ユージンさん。もう会場を離れちゃったかい?』
「いえ、まだ控室にいますけど。どうしましたか?」
『この後少し時間取れるかな。ちょっと話をしたい事があるんだ』
……そういえば以前あった時に、アワードの後にちょっと話がしたいっていってたっけ? 何だろう? 彼女出来たとかの報告だったり……いや。だったらわざわざアワードの後にしないか。でも、紹介したいとかだったらこのタイミングもありうるかも……?
「えっと、ちょっとまってください」
『ああ』
「ミズホ、サヤカ、先に行ってもらってていいか? ちょっとフレイさんが話しがあるみたいでさ。先に帰っててもらってもいいけど」
「普通に待ってるわよ?」
「そか。んじゃ時間かかるようだったら改めて連絡するわ……というわけで聞こえてたかもしれないですけどOKです」
『ありがとう。それじゃぁ──』
待ち合わせ場所を聞いて、ひとまず電話を切る。どこか別の場所に移動ではなくこの施設の一角だったのでそこまで長い話じゃないかな。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
〇第三者視点
「いいのか?」
控室の扉を開け、外で待っていたレオにも声をかけてからパタパタと小走りに掛けていくユージンの後ろ姿を眺めつつ、サヤカがミズホに声を掛ける。
「何が?」
「当人は欠片も気づいてないけど、これまであの態度でこのタイミングの呼び出しだ。間違いなく目的はアレだろ」
「そうねぇ~」
「……動じないな」
「この程度で不安を感じるような付き合いはしてないわよ。イスファさんには申し訳ないけど」
「自信家だな。まぁユージンの場合"彼"が相手なら問題ないだろうけどな……ちなみに参考に聞くが相手が私だった場合はどうなんだ?」
「別に? サヤカなら一緒に暮らしてるしどっちでも問題ないわよ。別居するなら駄目だけど」
「そういう基準なのか……」
●ユージン視点
呼び出された場所に行くと、私服に着替えたフレイさんが待っていた。……他に人影はないな? ということは彼女の紹介じゃないのかな。
「お待たせしました、フレイさん」
「いや、こちらこそ呼び立ててすまない」
彼の前で足を止め、小走りで来た事でちょっとだけ乱れたサマーカーディガンの位置を直してから改めて近場で彼の姿を見る。……あれ、なんかちょっと緊張してる?
「MVPおめでとう、ユージンさん」
「あ、はい、ありがとうございます。まさかの受賞でしたけど」
「いやいや、納得の選出だったよ。相変わらず自己評価が低いね、ユージンさんは」
「そうですかね……?」
他のチームの皆も大体同じような事を言ってくれていた。なんかこの件に関してはいまだふわふわしている感じがするんだけど……でも、うん。もうちょっと自信を持っていいのかもしれない。
「というか、あの時は情けない姿を見せました」
「気持ちはわかるよ。僕も受賞した時はこみ上げてくるものを感じたしね。あと授賞式の時ラムサスがもらい泣きしそうになってたよ」
ヴォルクさん……
「できれば早めに忘れて欲しい姿ですけど」
「いやぁ……あれは無理かなぁ」
「うう……」
まぁあんなところで泣きだせばね。仕方ない、甘んじて受けよう。
とりあえずこの話をあまり広げるのもあれだし、ミズホ達も待たせてるから話を進めるか。
「えっと、話を変わりますけど本題はなんでしょうか? 時間かかるならチームメイト先に帰らせようと思って」
「ああ、いや……多分すぐ終わると思うよ」
ん? なんだろ、歯切れが良くない。
フレイさんがじっとこちらを見る……が言葉は出てこない。俺はそんな彼の瞳を見つめ返しながら言葉をまっていると、彼は逡巡を見せた後一つ咳ばらいをしてからようやく口を開いた。
「リーグ戦を勝ち抜けたら言うつもりだったんだ。言葉を飾らず言うよ。ユージンさん、僕と付き合ってくれないか」
「あ、はい、今からですか? だったらチームメイトに連絡するのでちょっとまって貰えます?」
彼の言葉に頷きつつバッグの中からスマホを取り出そうとする俺を、何故か慌ててフレイさんが止めてきた。
「いやユージンさん、そうじゃなくて」
「はい?」
「好きなんだ、ユージンさん、貴女を女性として」
「ほへ?」
今なんて?
「だから、恋人として付き合って欲しい」
こい……びと?
え、やっぱり彼女を紹介するのが目的だった? その彼女が俺?
いやいやいやまてまておおおおおちつけ俺。
えっと、フレイさんは男だ。で、
「フレイさん、俺も男ですよ!?」
そう勢いよく言葉にした俺に、だがフレイさんは苦笑いをして答えを返す。
「……申し訳ないけど、ユージンさんを男だと思っている人間はいないよ。皆可愛い女の子と思ってる」
「うっ」
正直否定しづらい。こちらの世界で俺を男として扱う人間とか今はもう皆無だからな。それこそ俺自身くらいだろうし、その俺自身にしたってあくまで性自認は男であっても行動とかは大分女性側に傾いてきているのは認識している。更に日本側にいたっては最初から俺がこの姿だった事になっているので、俺を男として扱う人間は実質ゼロに近い。
「うう、でも……」
「ユージンさん。僕は貴女が好きだ。──真剣に考えてくれないか」
言葉と共に、彼がことまで見たことないほど真摯な瞳でこちらを見つめてきた。俺はその瞳から視線をそらしそうになって、だけどそうじゃないと踏みとどまる。
うん、これは冗談なんかじゃない。彼は本気で思いを伝えてくれてきている。だったらこちらもちゃんと本気で考えて答えないと。
……ストレートに行ってしまえば答えはNOだ。普段の行動は女性的になって来たし、女性の中で暮らしていく事に全く違和感を感じなくなってきてはいるけど、あくまで俺の性自認は男だから。だけど、それだけで答えちゃいけない気がした。
だから、俺はもっと考える。これからの人生で自分の横にいる人間の姿を。
そうして頭に浮かんだ姿に、俺はうん、そうだよな、と納得する。
きっと、俺の意識から男であることがもっと抜け落ちていて。男性と愛し合う事に抵抗を感じなくなっていたとしても、俺はきっと彼は選べない。
だから俺は彼の顔をじっと見つめた後、姿勢を正して頭を下げた。
「ごめんなさい」




