エキシビジョン⑧
脳みそフルバースト!
いや脳内で奇妙なフレーズ叫んでる場合じゃねーな。
予測通り、先ほどから浦部さんの攻撃がこっちにも飛んでくるようになった。まぁ銃一個分だけなので散発的ではあるけど、だからって受けるわけにはいかず結果常にそちらに思考のリソースを喰うようになる。
ただそのデメリットを貰ってまで前に出た事には意義はあった。明らかに先ほどより命中弾が増えたのだ。いくら浦部さんが化け物だとはいえ、思考速度と反応速度にも限界はあるということだ。
どれだけ実力が上の相手でも、手も足も出ない存在ではない。タイマンでぶち当たったら5秒で滅される自信があるが、このチームとしての戦いの中なら手が届く相手だ。
ただ、
「多分、長時間はもちませーん!」
霊力的な意味でも、精神的な意味でも。こういった事は隠していても何の意味もないので速攻で自己申告である。
『安心してユージンちゃん! 俺も多分長時間持たないから!』
『倒れたら私が優しく抱きかかえて運んであげるからね! お姫様がいい? 赤ちゃん抱っこがいい?』
前線二人からそれぞれ別の意味で不安になる回答が返って来た。というかロッテさん、あんた余裕あるなぁ!
『……私も前に出るわ』
続けて、アルファさんんの声が通信機から流れる。これは軽い調子の前二人と違い、重さを感じる声だった。
「まだ早くない?」
彼女が前に出る理由は解る。今は実質長距離戦でバートンを相手にしている彼女の位置だと、浦部さんに【ドゥームズデイ】が届かない。今回の編成、前衛二人の魔術がどちらも火力型ではないため、浦部さんを一気に削るには俺か彼女、あるいは秋葉ちゃんの魔術をぶち込む必要がある。
ただそんな事は当然向こうも解っているので、俺やアルファさんが前に出たら間違いなく潰しに来るだろう。それでもリスクを負って近づく必要があるのは確かだが、現時点では彼女の【ドゥームズデイ】で削り切れる位置まで浦部さんの霊力が削り切れていない。
彼女の魔術は発動時間がかかるため、普通にぶっぱなしたら浦部さん相手だとほぼ確実に躱される。フェアリスだと位置替えと動きを止めるという魔術の使い手がいるので彼女の魔術は有効だが、こちらのチームはそこまで相性のいい魔術がない──ので一応作戦は立てている(ちなみにその作戦の一つの中にフレイさんが魔術で接近してうしろから組み付き一緒に吹っ飛ばされるという外道なものがあったが、こちらはフレイさんの残霊力を考えるともう無理である)
ただその作戦を実行すると前衛が一人確実に落ちるので、使いどころが難しい。浦部さんを落とせるなら問題ないが削り切れなければ多分前衛を失ったこっちが蹂躙される。だからトドメとして使うべきなんだけど、浦部さんの霊力ゲージはまだ【ドゥームズデイ】一撃で削り切れるところまでは言っていない。
であれば、狙われるリスクをおかしてまで前に出るのはまだ早すぎるとは思うのだが……
『このままだと押し切られる可能性があるでしょ。幸い私はこの中では一番ダメージを受けていないからそこまであっさり落とされる事はないから大丈夫。私が前に出れば少しでも警戒させて浦部さんのリソースを削れるでしょ。大丈夫よ、【千手千眼観音】の射程は把握しているからその中には入らないわ』
『……そうね、お願いできる?』
『ええ』
ロッテさんが同意し、アルファさんが前進を始める。
「だとしたら、俺も並んで前に出ますわ」
アルファさんより少し前に出ている俺だが、彼女は多分もっと前に出るはず。だとしたら、俺も更に前進する。理由は二つで、一つはアルファさんが狙われる可能性を下げる事。【ドゥームズデイ】に関する作戦の中には俺の仕事もあるが、そちらは俺じゃなくてもなんとか出来る可能性がある役目だ。
正直銃撃を【千手千眼観音】で捌かれているのを見ると、ヘイカー相手に使った術は多分通じない。となれば俺は切り札にはなりえない、なんとしても残すべきはアルファさんだ。
そしてもう一つの理由は単純で、浦部さんを削るスピードを加速させるためだ。
機体を前に進める。後衛二人が前に出たことでバートンも前に進んで来たが、そちらはアルファさんと俺、フレイさんが実弾兵器で足止めする。正直アイツは魔術を使わせる隙を与えなければいい。後先考えず脳をフル回転させはじめた時点で、アイツからの攻撃の直撃を躱す位はできる。
距離を詰めるほど、浦部さんは俺の銃撃を回避できなくなる。俺自身も軌道修正の余裕が減るから負担がでかいがなんかどんどん集中力があがっている気がしてきていた。脳汁ドバドバだぜ!
──なんてハイテンションになったのを見抜かれたというわけではないだろうが、状況が動いた。悪い方に、だ。
『うおっ』
『きゃっ』
唐突に、半透明の腕が増殖した。そしてその腕はそれぞれロッテさんやヴォルクさんの機体を側面や背面から強く押す。ただそれだけの事をしてそれぞれの腕はすぐに消失したが、その結果として二人とも機体がバランスを崩す。そこに、浦部さんの攻撃のラッシュが、
入る事はなかった。
浦部さんは機体を大きく翻すとバランスを崩したヴォルクさんの機体の横をすり抜けた。ヴォルクさんはバランスを崩しながらもなんとかそれを留めようとしたが、【千手千眼観音】の腕で更にバランスを崩されるに終わる。そして前衛の二人を突破した彼女の目指す先は……俺だ。
前に出てきて狙い易い位置に来た事、そしてこちらが勝負に出たのに気づきつぶしに来たんだろう。アルファさんじゃなくて俺の方に来たのは、今の所俺の方がダメージを出しているからか。とりあえず前に出た目的の一つは果たしたことになるが……
覚悟を決めよう。
ロッテさんとヴォルクさんは体勢を立て直したが、間に合わない。フレイさんは俺の近くにいるが、彼の残り霊力では浦部さんを抑えるのは無理。
『瓜生さん、3秒後!』
フレイさんが何か端的なセリフを秋葉ちゃんに向けて叫ぶ。同時攻撃で足止めでも考えたのかもしれないが秋葉ちゃんはまだ戦闘中だし、距離的には一番遠いので無理がある。
だとしたら俺がやれることは、落とされる前にできるだけ浦部さんの霊力を削る事だよな。
もう少しで彼女の【千手千眼観音】の射程範囲に入る。その前に出来るだけ削るために、【八咫鏡】を引き戻そうとしたその時だった。
浦部さんが爆発した。
いや、語弊があるか。浦部さんを中心として、その周囲に爆発が起きた。
それと同時に、霊力ゲージの一つがグレーアウトした。
フレイさんの霊力ゲージだ。
その一瞬で、何が起きたのかを理解する。なぜなら、先ほど同じような光景を見たからだ。
【静寂の世界】をまた使ったのか……!
ただ彼の残り霊力はわずかだったハズだ。霊力が規定値を割った時点で機体は操作不能になるはずで、魔術発動はできても攻撃までは……って、もしかして時間が停止するから術の効果が終わるまでは判定が入らないのか!? ……え、これバグ技じゃね?
いや、それいったら精霊使いの使う魔術は大概バグか。
とにかくフレイさんの捨て身の攻撃のおかげで、浦部さんの勢いを止めると同時に彼女の霊力が削れた。後少し削れれば【ドゥームズディ】で削り切れるラインまで届く。
ならば追撃を、と銃の引き金を引いた俺だったが、そう考えたのは俺だけじゃなかったらしい。
次の瞬間、竜の咢が浦部さんに襲い掛かった。
感想の方で質問を受けましたので、こちらの方で回答をしておきます。
>質問なのですが、魔術はリーグ戦で解放されるのがBからであって防衛の際には誰でも使用することができるのですか?
80話でちらっと書いてあるのですが、C1リーグで2位以上(入れ替え戦での勝敗は問わない)を確保すると魔術の取得資格を得ます。
以降はリーグ戦ではB以上にあがるまでつかえませんが、防衛線での使用は許可されます。
>またこれまでの使用された際の描写からかなり霊力を使うと思っていたのですがそれほどでもないのでしょうか?
魔術に応じてことなりますが、通常の霊力弾よりは大幅に消費すると考えてください。ただ一度二度使っただけで霊力を消費しつくするような無茶苦茶な消費量ではないです。




