エキシビジョン⑤
「近接戦闘タイプの人には本当に厄介な能力だよな、【復讐】……!」
フレイさんがいる方の戦場に向けて機体を走らせながら、そう独り言ちる。
切り札をスカす訳にはいかないので、ある程度距離は詰めておきたい。突破された時のリスクが上がるのは確かだが、どうせどこの戦場にしろ突破されたらアウトだと思うし、だったら落とされて突破されるより単純に抜かれて突破された方がリスクを軽減できる。その場合抜いた相手に背中を見せる事になるからね。
【八咫鏡】を通した攻撃も【復讐】の対象に含まれてしまった以上、フレイさんは現在防戦一方になっている。攻撃してもそれ以上のダメージを受けるだけだからな。かといって反撃しなければ一方的に削られて行くだけになるんだが……今は少しだけでも長く耐えてもらう必要がある。
ドM女騎士とかネットでは言われている彼女であるが、能力的にはドMというより狂戦士だよな。自身が傷つくことをいとわず相手を倒す能力なあたり。そもそも能力がダメージを進んでうけるような能力だからって性癖がどMとは限らないだろう。……限らないよな? ヘイカー、外見はキリっとした美人さんだしそんな事はないと思いたい。
とにかくそんなヘイカーだが、その実力は相手方の中では浦部さんに次ぐ。
──正直な所、相打ちまで持ち込めればこちらが有利になるのは間違いないといっていい。だから俺は作戦の一つとしてそれを提案した。最悪相打ち狙いとなるそれはフレイさんを怒らせてもおかしくないかとも思ったんだけど……フレイさんは怒る事もなくそれを受け入れ、そして作戦の決行をこちら側に伝えてきた。
ならば、こちらも作戦を完璧にやり遂げて応えなければ。
「ロッテさん、アルファさん、カウントダウンで予定の場所に全力射撃。行けますか!?」
作戦の要は当然【八咫鏡】となるが、俺の射撃だけでは威力が足りない。だから他の人の力を借りる事になるんだが──フレイさんは距離的に受けたダメージを間違いなく【復讐】で返される。最初っから相打ち確定のつもりでいくのならそれもありだが……それをうたなければ耐えきれる可能性があるなら使用しないでくれとフレイさんには伝えている。浦部さんを相手にするのに戦力は多めの方がいいからな。撃墜寸前であって残霊力がミリであっても残りさえすれば、ロッテさんの魔術である程度は立て直しができる。
で、残りの4人だけど浦部さんと近接戦闘をしているヴォルクさんには当然そんな余裕はない。秋葉ちゃんも近接戦闘中な上、彼女の場合は距離もありすぎる。だが中衛辺りに位置しているアルファさん、前衛にいるが動きとしてはヴォルクさんをフォローするような動きをしているロッテさんなら一度銃撃を行う程度の余裕があるハズ。彼女達二人に加え俺の全力射撃、そこにフレイさんの切り札。すでにある程度は削れている魔力、そしてエキシビジョン時のルールである通常より高い撤退ライン。かなりの確率で脱落まで持っていけるはずだ。
そのためにもとっとと位置を抑えないと。はやくしないとフレイさんが削られ過ぎる。
本来、【復讐】対抗策として有効なのは距離を取って遠距離からの集中砲火で削る事だ。あの先読みと反射速度からくる回避能力は脅威だが、さすがに異なる複数方向からの攻撃を回避しきるのは精霊機装の巨体では不可能だ。それにヘイカーは射撃武器を殆ど備えていない上に【復讐】使用中は大なり小なり霊力は消費していくからぶっちゃけ逃げ回るのが最善策とまで言えるかもしれない。もっとも彼女の読みは逃亡の動き方すら読むから、余程上手く逃げないと捕まるだろうが……あと、精霊機装はエンターテイメントの一面もある。そんな戦い方をしていたら人気は落ちる。
その人気を気にしているわけではないが、フレイさんはその最善策とは正反対の方法──接近戦を継続していた。完全な肉弾戦となるとヘイカーに対して不利すぎるので近距離での銃撃だが。その結果、ヘイカーの霊力はガリガリと削られていた。──それ以上のペースでフレイさんの霊力が削られているが。
これは別にフレイさんが暴走しているわけではなく、予定通りの行動だ。目的は二つ。一つは切り札を切った時に一気に落とせる可能性を限りなく高くするための削り。そしてもう一つは、
「カウント、3! 2! 1!」
【八咫鏡】、そして自身のポジション取りも終わった。俺は先ほどの宣言の通り、通信機へ向けて声を張り上げカウントを行う。同時に分割した【八咫鏡】のサイズを大きく広げて出現させる。
長い時間を共に過ごし何度も訓練を重ねたエルネストの皆のような連携は、今回の即席のメンバーには望めない。だから当てやすいようにサイズを拡張した。分割した上にあれだけ拡張してしまうと増幅能力は大幅に減衰してしまうが問題ない。
「ゼロ!」
最後のカウント。それと同時に二人が射撃を行ったハズだが確認はしない、ここまで来たら信じるだけだ。一拍おいて俺もヘイカーへ向けて全力の霊力弾での射撃を行う。
銃撃と、そして出現した【八咫鏡】に当然気づいたヘイカーが機体を横に滑らせようとする。軌道を調整できる八咫鏡を使えば、多少逃れたところで当てる事は可能だが……俺の銃撃分はともかくこのままでは増幅が行えない残り二人の銃撃では致命傷になりえない。そして、この数だとさすがに細かい調整は利かない。ダメージか、命中率かどちらかを諦める必要がある。だとしたら意味がない。
ならばどうするか……単純な話だ。当たる場所に押し込んでもらえばいい。
俺が銃撃を放った瞬間。突如ヘイカーを中心として大爆発が起こった。同時に、ヘイカーとフレイさんの霊力ゲージが大きく減少し、彼女と先ほどより離れた位置に瞬間移動したフレイさんの機体が爆発の起こす爆煙や巻き起こる砂煙に飲み込まれて、その姿が視界から消える……が、問題ない。最早ヘイカーは檻の中だ。
放たれた複数の光の弾丸が煙の中に飲み込まれる。それらの弾丸は煙の一部を吹き飛ばし……次の瞬間煙の中で光が縦横無尽に走る。比喩ではなく、縦横無尽にだ。放たれた弾丸は、縦に、横に、斜めに走り、そして消失した。
ヘイカーの霊力ゲージと共に。
「っしゃぁ!」
思わず操縦宝珠から手を離し、ガッツポーズをしてしまう。完璧に決まった。
俺が使用したのは<<スプリット・彗星の檻>>。やった事は単純だ、分割した【八咫鏡】を複数個一定の範囲を囲うように配置。そして後は当たるまで反射させただけだ。精霊機装なんてでかい図体、その範囲内であれば数回反射させれば間違いなく当てる事が可能。そして二人の射撃も反射時に増幅させれば威力としては問題ない。
後はヘイカーの機体をその中へ叩き込んでもらうだけ。その役目は、フレイさんが担ってくれた。
彼の魔術【静寂の世界】。数秒止めた時間の中で実弾系の砲弾をヘイカーの直近に配置してもらい、その爆発による衝撃波や実弾の物理的なエネルギーによって押し込んでもらったのだ。
本来彼の魔術はああいった兵器を使うものではなく、結果彼自身もその爆発の影響を受けてしまったが……そのダメージも含めて、彼の霊力ゲージは撃墜判定ギリギリのところで踏みとどまっていた。
逆に二つの切り札による高威力の攻撃を立て続けに喰らったヘイカーの機体は、霊力を大きく失い最初の脱落者となった。
いやマジで完璧な仕事だよフレイさん! 例の賭けとは関係なしに何か個人的にお礼したくなっちゃうくらい完璧すぎる仕事だ。
そう思い、フレイさんに向けてフレイさんに称賛の言葉を発しようとした時の事だった。
『ユージンちゃん、蛇!』
「へ?」
通信機からアルファさんの焦った声が響き、それに続いて──右足が強く引っ張られ、俺の機体は大きくバランスを崩した。




