後期リーグ戦初戦③
●三人称視点
ガウル・ラルステンは口の端を上げた笑みを浮かべながら、機体を走らせる。
先程はイスファが現れたことによりあのふざけた日本人を調子に乗らせたままになってしまったが、その分今注目が集まっているこの試合でアイツに無様な姿をさせればいいだけだ。奴を追い詰め逃げまわらせる姿を思い浮かべるだけで心が躍る。
連中、エルネストの構成は、近・中・遠の3機構成。今季グェン・サカザキの代わりに入ったクローガーという男の霊力の高さは面倒だが、こちらの構成は近距離3に中距離1の4機構成。しかもクローガー以外の二人はこっちの4人より霊力が劣っている。クローガーに1機当てて足止め、その間に残りの3機で一気にミズホ・オーゼンセの機体を沈めてしまえば、残った遠距離型の機体など逃げ惑う兎のようなものだ。後は追いつめて狩るだけでいい。
ガウルは、Cランクまではただの通過点だと思っている。実際地域リーグ、そしてC2リーグは豊富な霊力と機体数により殆ど圧倒的に勝ち昇って来た。こんな所で燻っているような3機構成のチームなど相手にならないだろう。ましてや遠距離でしか戦えない臆病物のいるチーム等話にならない。昨期はサカザキ、今季はクルーガーのおかげかそこそこの結果は出せているのであの日本人は勘違いしてしまっているようだが。
精霊機装の花形は近距離戦だ。それでも豊富な霊力があれば遠距離でもSAランクの一部プレイヤーのように蹂躙も出来るだろうが、アイツの霊力は並でしかない。そのレベルの遠隔プレイヤーなど攻撃も味方の後ろから当てやすいタイミングで支援する程度のレベルでしかない。一定以上の霊力があれば多少のダメージを覚悟の上で近接してしまえば終わりの相手だった。
止めは俺に刺させるように伝えておかねばな、そう考えながら機体を走らせていると通信機から声が響いた。
「正面!」
反応し正面モニターを注視すれば飛来する飛行物体を指し示す情報が表示されていた。予測弾道は直撃ではないが至近弾だ。牽制で放った連装ロケットランチャーの弾がラッキーでこっちに来たか? 等と思いつつもガウルは咄嗟に着弾位置から距離を取るように機体を操作し──
次の瞬間、機体を強烈な衝撃が襲った。同時に体を襲う脱力感。
(攻撃を受けた!?)
飛来するミサイルの攻撃は問題なく躱したはずだ、などと考えている間に更に一撃。今度は脚部に衝撃を受け、機体がバランスを崩す。
まだ接敵するような距離まで到達していないハズ、一体どこから──!
〇有人視点
「……いや奇襲攻撃喰らってその場で動きを止めるとか素人かよ? タマモ、精霊駆動へ移行」
4発攻撃を喰らってようやくなんとかビルの向こう側へと姿を消したガウルの姿に呆れながら、俺は全開駆動を解除する。元々はライフルと滑腔砲で1発ずつ食らわせるつもりだったんだがアイツがあまりにも隙だらけな姿を晒したので追加で2発ぶち込んでしまった。全開駆動状態で最大まで霊力をぶち込んだ弾が4発だ、奴の霊力はこの一瞬で一気に戦闘不能ライン近くまで落ち込んだ。
それに対しこっちも全開駆動を使用したので多少消耗したとはいえ、奴と比較すれば微々たるものだ。なにせこっちは奴にぶち当てた4発へ込めた霊力以外はちょっとした調整として機体を動かすくらいにしか霊力を使っていない。全開駆動は動かすとき大きく霊力を消費するが、狙いを定める程度の微調整なら大した話ではない。ついでにいうと最初にぶち込んだロケットランチャーに至っては敵の動きを誘導するためだったので霊力すら込めていなかった。
「流石っス、ユージンさん! 神スナイパー!」
「それほどでもあるぞ。つっても、あっちの動きの分かりやすさあってだけどな」
事前の検証の結果から予測した位置に弾を置きに行って、そこに馬鹿が突っ込んできた。それだけの話だ。
精霊機装では、とっさの動きに”癖”が出やすい。それは操縦方法が操縦桿を動かすとかそういったワンクッションを挟まず、思考そのまま機体の動きに直結するためだ。
当然その癖は相手に感づかれれば弱点となるので、SやA、Bに属する精霊使いは大抵その癖を矯正するか或いは相手を誘う罠として昇華させている。
が、今回の相手、ベルクダインの連中はそういった癖が全然消せていない。
これは連中がここまで圧勝ばかりで勝ち上がってきたからだろう。検証のために確認した地域リーグやC2での戦闘映像(地域リーグはさすがに放映されるケースが少ないが、それでもいくつか入手できた)では連中は地域リーグ時代から4機構成だったので2機構成も多い地域リーグでは苦戦することもほぼ無かっただろう。C2リーグでも同様だ。これまでその癖を攻められて負けるなり苦戦するなりしていなければ、あまり癖を意識することもない(優秀なブレインでもいれば違うだろうが)。
そしてもう一つ。俺のような遠隔から狙撃するようなタイプは下部リーグには殆どいない。それはいくつか理由があって一つは単純にエンタメ的な人気がないこと、そして構成機体数の少ないチームでは前線がスカスカになってしまうこと、そして何より霊力を込めないとダメージがほぼ通らないという精霊機装の性質上、外れればただの霊力の浪費に終わるため中途半端な腕では足手まといにしかならないという事だ。
なので下から上がってくるチームは皆、遠距離戦闘には慣れていない。
それに対し俺は狙撃の腕だけならトップクラスを自負している。──Sランク辺りに行くと激しく動きまわりながら確実にスナイプする変態とかいるので間違っても№1などとは言わないが。少なくともCランク──いや、Bランクまでなら№1といえる腕は持っているつもりだ。まぁ勿論狙撃だけではどうにもならない事も多いのでC1リーグでまだ燻ってるわけだが。
この世界で精霊使いを目指し始めてから、俺は割と早い時期に自分に近接戦闘のセンスがない事を感じ取り早々にそっちの道は投げ捨て中・遠距離に関する技術を伸ばす事に集中した。そしてそちらに関しては幸いなことに(日本側で昔っからゲームでもそういうポジションの戦い方ばっかりしていたせいか)適性があったという訳だ。
「さて……攻撃を受けた後の動きも悪手だな」
ガウルの機体はビルの密集してる場所の裏にいってしまったので、さすがに狙えなくなった。が、それに合わせて他の3機の動きを止めてしまった。近接主体の編成なのに距離を詰めないでどうするつもりなのだろうか? 唯一中距離向けのハズの機体だけは接近しつつあるレオ達に射撃で応戦しているが、やはり狙撃を警戒しているせいか大きく動きながらなので狙いは不正確だ。あれでは無駄に霊力を消費しているだけだろう。ただ、動き自体はこっちが狙いにくい動きをちゃんとしているあたり、向こうのチームで一番冷静なのは彼だろう。
そして残り二機。一機はガウルと同様にビル群の向こう側に隠れたが、もう一機は単体で聳え立つ巨大なビルの向こう側へと消えた。
──それは意味がないだろう。
俺はライフルを構えると、精霊駆動状態で設定できる最大値での霊力を弾に込めて、ビルに向けて射撃する。
──視界に映るビル群は、視界に対する遮蔽物にはなっても盾にはなりえない。
次の瞬間には俺の放った弾丸はビルに穴を空けつつその向こう側へ消え、視界の左隅に映る霊力ゲージの内一本の赤いゲージが減少した。命中だ。
この視界に映るビルたちは、その場に本当に存在するわけではない。拡張現実──すなわちAR技術によって現実世界に重ねてディスプレイに投影されているだけのものだ。
機体を操作する精霊はそれを”実在するもの”として認識するためすり抜けて移動することはできないが、放たれた弾丸までその効果は適用されない。なので”そのビルの裏にいる”というのが分かっていればそれはただの的だ。
攻撃を受けた機体は慌ててビルの影から飛び出した。同時にそいつに対してウチの二人が接敵してゆく。
さて、狩りの時間だ。




