夜のひととき
カランコロンと軽快な音が、夜の帳の中に響き渡る。
和を感じさせる庭園の中を走る渡り廊下を、俺は下駄を履いてのんびりと歩いていた。
さすがに夕食も風呂も終えたこの時間だが、今は季節としては夏なので浴衣だけを纏った姿でも特に肌寒さを感じる事はない。むしろ冷房が効いた部屋の中よりも気温は高いだろう。日本よりこっちの方が四季の変化は多少穏やかなので、蒸し暑いって程じゃないけどね。
俺達が泊まっているのは、フジワラのホテル。ホテルというか旅館かな。ここ、本館としては立派な施設があり、先ほど入っていた風呂もそっちにある施設だったんだけど、泊まっているのは離れだった。この旅館、立派な離れが5つもあるんだよね。そのウチの二つを男性用と女性用で借りている訳である。しっかりとした作りで広さも充分なのでお値段も張るんだろうな。今回は全部聖女様が持ってくれているのでわからんけど。
で、そんな離れと本館を繋ぐ渡り廊下をカラコロと歩いている理由は単純で、飲み物を購入する為である。部屋にはミネラルウォーターやお茶はあったけど、なんとなーく炭酸飲料が欲しくなったので丁度離れへの通路が分岐しているところにあった自動販売機へ向かっているところだ。
ちなみに買いに行くといったら他の人からも要望があったので袋を抱えてだ。というかその話になったら秋葉ちゃんが「私が行ってきますよ」と言い出したんだけど、そこはやんわりとお断りして俺が買い出しに来ている。年下の女の子を旅館の構内かつ大した距離ではないとはいえ暗い中一人で買い出しにいってもらうのちょっと抵抗感あるし──他の宿泊客がいないわけでもないので。それになにより言い出したのは俺だしな。
尚エルネストの場合はこういった買い出しはレオがいる場合は基本レオになる。別に押し付けているわけじゃなくてアイツ率先して動くからな。体育会系の後輩的な精神なのかもしれん。チーム的にはあいつよりサヤカの方が後輩なんだけど。それとレオがいない場合は俺が買いに出ようとすると大抵ミズホかサヤカ、或いはその両方がついてくる。保護者かな? 俺が最年長なんだがな!
と、そんな感じで離れに備え付けられている下駄を履いて目的地に向かうと、そこには先客が見えた。俺より遥かに背の高い男性。カラコロ響く下駄の音に気づいてこちらを向いている彼に対して、俺はパタパタと手を振りながら声を掛ける。
「フレイさん」
「ユージンさん。飲み物かい?」
「ですです」
すでに飲み物を購入済みらしい彼の元に駆け寄り、頭二つくらい高い彼の顔を見上げる。
と、何故か急に彼は顔を背けた。
「? どうしたんです?」
「いや、胸元……」
「胸元……あ」
言われて自分の胸元を見れば、きっちり胸の谷間が見えていた。女性陣しかいない部屋の中にいたからな、緩めてたんだった……俺基本的にあまりきっちり締めるの好きじゃないからな。
俺達の身長差だと、フレイさんが俺の顔を見ようとしたら完全にこれ上から覗き込む形になってしまうよな。うかつだった。
とはいえ、見えているのはせいぜい谷間位で下にちゃんとブラは着けているからヤバいモノが見えてしまうことはないし、そのブラだって見えている訳じゃないからそんな反応をするほどでもないんだけど……これくらいだとフレイさん女の子と海とかに行くの難しくない? それとも不意にだったから駄目だったのか。まぁ女性慣れして来ても彼は紳士のままだと考えよう。
とりあえず一応は外ではしたないのは確かなので、襟元を寄せて胸元を隠す。
「もう大丈夫ですよ、フレイさん」
「ああ……うん」
「失礼しました」
「いや……うん」
フレイさん、ちょっとまだ顔が赤いね。触れないでおくけど。なんかちょっと胸元またちらっとして揶揄いたくなるような……いやいやいや何考えているんだ、俺。
この体になって胸元への視線は気づくし、あまり気分のいいものでもないってのは解ったけど、身の回りの男性陣に見られるのは別にそれほど不快じゃないんだよな。ヴォルクさんとかフレイさんとかレオとか。多分性的な目で見られてないからだと思うけど。
「とりあえずジュース買いますね」
「ああ」
俺の言葉に彼は頷くと、自動販売機の前を開けてくれた。なので、俺は自分の分と頼まれていた分を順番に買っていく。
「全員分かい?」
「ですね」
「持てるかい? 持っていくの手伝おうか」
「いや大丈夫です。袋持ってきてるんで」
さすがに4本となると抱えていくのはアレなので、ちゃんと小さな手提げ袋を持ってきている。それを彼に見せてから、俺はその中に購入した缶を突っ込んでいく。
うん、頼まれたのは全部買えたかな。
俺は缶を取り出すために曲げていた腰を伸ばすと、ジュースに入っている手提げを肩に掛け──
「それじゃ、フレイさん。おやすみなさい」
そう告げて部屋に戻ろうとしたら、彼から少し控えめに声を掛けられた。
「その……ユージンさん。少し話とか、出来るかな」
「? 少しくらいならいいですよ。あまり戻るの遅くなると心配されそうなのでアレですけど」
「ああ、それでいいよ」
フレイさんは頷くと、自動販売機の横になるベンチに腰を落とした。まぁ10分とか話し込まなければ大丈夫だろ、と俺も手提げを置いてベンチに少し間を開けて座る。
話って、やっぱりアレの事かな?
そう思いつつフレイさんが話しだすのを待っていると、彼は少しの間俺を見つめた後にゆっくりと口を開いた。
「……ロッテの提案、ユージンさんは本当にいいのかい?」
あ、やっぱりその話なんですね。
風呂場で突然ロッテさんが言い出した世迷い事……もとい、提案は結果として可決された。
ロッテさんの目的が割と予測できたので俺は最初拒否の方針だったんだけど……最終的に彼女に説得された形だ。
まず最初に、ルールとしては”最初に撃墜された人が他の人を指示を聞く"ではなく"浦部さんを落とした人が他の人に指示できる"だった事。ようするに1人が5人に指示されるじゃなくて、5人が1人に指示されるだったこと。このルールだとロッテさんから指示を受ける可能性はそれほど高くない。チーム内では尤も上位ランクとなる彼女だが彼女は中~後衛であり、あまりがつがつと敵を落としに行く役目は担っていない。更には彼女の術はご存じの通り攻撃系ではない。今回のエキシビジョンは近くでリーグ戦がないこと、さらにエキシビジョンということで魔術を使った派手なものになるとおもわれるので、このルールは彼女には不利だろう。
ちなみに、誰も浦部さんを落とせなかった──要するに敗北した場合は賭け自体がご破算になるとのこと。
ついで、俺に対してあまり無体な要望を言ってくる面子ではないだろうというのが来る。少なくとも秋葉ちゃんとフレイさんは大丈夫だろうし、ヴォルクさんはちょっと怖いがまぁ俺に対して無茶は言わないだろう。リスクがありそうなのはアルファさんとロッテさんで、前述の件があるから実際ちょっとまずそうなのはアルファさんかな。
んで、最後にこれが超重要なんだけど、本当に嫌なのは拒否権あり。なので完璧に無茶な事をやらせられる事もないとのこともあり、だったらせっかくのお祭りなのにということで俺も了承したわけだ。
ま、万が一ロッテさんが取ったとしてもせいぜい可愛い衣装を着せに来るだけだろうからな。それを着て番組出ろとか街に遊びに行けとかじゃなければ……CM撮影みたいな仮装と考えればそこまでしんどいゲームではないし。
むしろ運よく俺が浦部さんを落とせたら、ロッテさんにはフリッフリのゴスロリ着せるのとかも面白そうだよな。普通に着こなしちゃって似合いそうな気もするけど。うん。
「まぁ、拒否権ありですし。それに自分で浦部さん落とせばいいんで!」
頭の中で浮かべた考えのママ、右手でフレイさんに対してガッツポーズと共に答える。いや浦部さんを俺が落とすイメージは全く浮かんでこないんだけど。
それからふと思いつき、口角を上げる笑い方を浮かべながら俺は言葉を続けた。
「フレイさんはもし浦部さんを落としたら、皆に対して何をさせるんですか~?」
そんな俺の言葉にフレイさんは一度驚いたように目を見開いた後──顔を背けた。
いや、なんで?




