後期リーグ戦初戦①
精霊機装リーグの戦場は固定ではなく、毎回変更される。
これはCランク以上のリーグに所属するチームは距離の離れたアキツに存在する六都市国家の各地域にそれぞれ散らばっており、その位置に考慮した場所が戦場に選ばれるためだ。
とは言っても地球側の一部スポーツのようにホーム&アウェー形式というわけではなく、単純に対戦するそれぞれのチームの所在から大体等距離になる場所が他の試合との兼ね合いも含めてで選ばれるだけだ。なので戦場は六都市から囲まれるような位置にある中央統括区域近郊になることが多い。近郊と言ってもそれなりの距離は離れているが。
そして俺達精霊使いは試合前、簡単な身体検査を受ける。場所は最寄りのリーグ戦事務局の施設か、それがない場合は別の一般施設を借り受けて仮設された場所での実施だ。今回は事務局の施設が最寄りにあるのでそこが会場となった。
というわけで、日が空けて日曜日。俺達はその事務局の施設にいた。ついでに言うと、俺はその施設の外れの方に位置する廊下を一人で歩いていた。
検査……霊力の測定や健康診断レベルの簡単な検査はもう終わっているし、その後に行うCランク以上の試合を全部放送している局向けの撮影(一言コメントのような物)も完了したので、すでにこの施設での用件は完了している。じゃあなんで俺が一人でこんな所を歩いているかというと……まぁそのなんだ、お花摘みという奴です。
トイレに関して、この姿ではさすがに公共施設で男子トイレに入るわけにはいかず女子トイレを使わせてもらっているわけだが、そうなると利用者の多い場所にあるのを利用するのは俺が精神的にしんどい。なので緊急を要していない限りはできるだけ利用者が少ない場所のトイレを利用している。今回も事前に今日は使われていない区画を調べておいて、そこのトイレを利用することにした。そして幸いというか計画通りというかトイレには俺以外の利用者はおらず、俺は安心して用を足すことが出来たわけだ。
これで試合前にしなくちゃいけないことは全て終わり、後はチームメイトの所に戻って戦場へ移動するだけだな──そう思って静かな廊下を歩いていると、ふと目の前に人影が現れた。
その姿に、俺は思わず顔を顰める。その顔はつい先程、検査の時に見かけた顔だった。
ガウル・ラルステン。今日の対戦相手のチーム、ベルクダインのメンバーの一人だ。そしてこないだ論理解析局に行った時にすれ違った相手である。すなわち、日本人アンチの男。
この通路の先に今日使われている場所はない、ということはわざわざ俺の後を追いここで待ち伏せていたということで目的は確実に俺だ。ストーカーとして訴えられないかな、と思いつつ俺は歩みは止めない。
そんな俺の姿に、ガウルは性格の悪さがにじみ出ている笑みを浮かべる。これはあれだ、ドラマとかでチンピラとか三下のキャラが自分より弱い獲物を見つけた時の顔。
「よう、日本人。大した人気じゃないか?」
「どうも」
ねちっこい声に適当にそう返し、そのまますれ違おうとしたがガウルが道を塞いでくる。
まぁそう来るよな。思いっきり足でも払ってやろうかと思ったが、暴力沙汰になるといろいろ面倒なことになるか。こいつ完全な三下だから人が多い所や明らかに自分より格上の連中がいるところではおとなしくするので、施設の中心部から離れたのは失敗だったか。
そう思いつつ心の中でため息を吐く俺に、ガウルは続けて言葉を投げかけてくる。
「知らなかったぜ、日本人が性別が変わる変態種族だったなんてな」
「……っ」
やべ、ピクッと反応しちまった。
ぶっちゃけ奴が言ってる言葉はどうでもいいんだが、変態って言葉が女子トイレ帰りの俺に突き刺さった、いや違うんすよ、だってこの格好で男子トイレ入ったら今度は変態幼女呼ばわりされそうだし、逆に変質者から何されるかもわかったもんじゃないじゃん……
そんな理由だったんだが、コイツは自分の言葉が効いているとでも思ったららしい(いや、キーワード一個だけは多分コイツの想定とは別の意味で刺さったんだが)。明らかに調子に乗った感じで言葉を続けてくる。
「日本人の癖に未だC1程度で燻っているからって、そんな外見になって人気取りか? 無様だな」
前者はよく言われるからダメージ薄いし、後者は世間に向けて言われると鬱陶しいが直接言われても事実でもなんでもないからノーダメなんだよな。
あー、めんどくせーなー。すり抜けて振り切るか? コイツは逃げたとか言って勝ち誇りそうだけど、まぁどうでもいいし。
「番組で大きく取り扱われたみたいだが、あれは珍獣扱いだな。精霊使いの実力じゃ取り上げてもらえないからって厚顔無恥にも程がある」
はいはい、珍獣ですよっと。
しかしこいつあれだな。日本人嫌いなのは知ってたけどわざわざ待ち伏せまでしてきてご苦労様だと思ったが、これ多分エニシングの分の妬みもあるな? 俺は見たくもないので未視聴なんだが、レオから聞いた話だとCランクで出演した4チームの中でうちのチームの部分が明らかに長かったらしい。こいつのチームは前期C2リーグ1位での昇格組として取材を受けていたはずだが、恐らく俺達のせいで自分たちの時間が削られたとか、目立たなくなったとかでも考えているんだろう。
「……小物すぎんだろ」
「なんだと!?」
おっとつい本音がこぼれ出ちまった。あー、この一言で青筋立てるってどれだけ沸点低いのよコイツ。
「……ふん、小物は貴様のチームの事だろう。使えない日本人を飼ってるだけあって残りのメンバーもモデルの片手間でやっている女に、Dランクから適当に探してきた頭の悪そうな雑魚。グェン・サカザキが抜けて三流しかいないチームじゃないか」
「……あ?」
この体でもこんな声出るんだ、と自分でも驚くくらいドスの利いた声が出た。
別にこんな三下野郎が何を言ったところで、匿名掲示板でピーチクわめいている奴の言葉と大差ない、大差ないが……
「良かったな、そのセリフ他に聞いている人間がいなくて」
「ふん、何を……」
奴の言葉に、即座に声を被せる。
「記者か何かに聞かれてたら、それこそ恥をさらすところだったぜ。何せ数時間後には無様な負け方をするんだから」
「……調子に乗るなよ、我々が」
「実績も何も残してないくせに何もかもが軽いんだよ、お前。実力だけじゃなくて人間としても軽い。脳みそも軽い。ああ、プライド”だけ”は重そうだな? よかったな、一個くらい重たい物があって」
「貴様、侮辱を……!」
人を侮辱しておいて自分の侮辱は許さないって通らないぜ。奴が言葉と共に肩を掴んできたので、その手首をつかんで力を込めてやる。……外見から勘違いしているんだろうが、筋力は元の体のままだ。元の霊力の高さにかまけて基礎体力を鍛えてないような奴に力負けはしない。
「ぐっ……離せ!」
「触ってきてるのはそっちだろう? セクハラだぜ」
「何してるんだ、君!」
……ん?
人気のない廊下に、俺のでも目の前の三下──ガウルでもない、別の声が響いた。その声に俺は反射的に力を込めていた手を離す。
「その手を離すんだ」
「何を……イスファ!?」
声の主の元へと振り向いたガウルの顔に驚愕が浮かぶ。同時に手が離されたので俺も体をずらしてガウルの向こう側を見ると、そこには見覚えのある金髪の青年が立っていた。
見覚えがあると言っても知人という訳ではない。映像や遠目で見たことがあるだけの、ある意味はるか天上に存在すると言える人間。
青年の名前はフレイゾン・イスファ。精霊使い、或いは精霊機装を視聴している人間であれば知らぬハズがない人物。
Sランクリーグ──すなわち精霊機装の頂点ともいえるリーグに所属する精霊使いが、そこにいた。




