B1天王山①
「レオ、追加武装の調子はどうだ」
『データ上は問題ない数値返ってきてるっスね。事前の試射でも問題なかったし大丈夫と思うっス』
「サヤカの方もいいな?」
『問題ないぞ。そっちの方は大丈夫か?』
「問題なく見えてる。大丈夫だ」
通信機から返って来た返事を聞いて、俺は一つ息を吐く。
メカニック達がきっちり点検してくれているのは解っているし、事前のチェックでも問題はなかったのだから心配性すぎるのはわかってるけど、何せこれらが上手く動作してくれなければいろいろ予定が崩れるので、万全を期すのは当然の事だ。
B1第七節、アスヴァーン戦。今は試合前の最終チェックの時間だった。
いざ出撃の時間を待つ俺達の機体。そのうち俺の機体は外見上変化がないものの、他の機体には普段ない装備が備え付けられているのを、今映像を見ている視聴者たちは気づくだろう。
一番変化があるのはレオの機体だ。機体の右側には変化はないが、左側に普段は着けていないキャノンが装着されている。また腕にも射撃用の装備が増設されていた。
レオは射撃戦は苦手なので基本的にこれまでほぼ近接しか戦っておらず、射撃武装は射程の短く当てやすいものしか使っていなかったので、腕の方はともかくキャノンの方はまるで突然別の精霊使いの機体に乗り換えたような違和感がある。愛用のメイスも装備はしているので、アンバランス感も強い。
サヤカとミズホの機体も同様に射撃用の装備が増えていた。いずれも手で持って使うものではなくマウント型の装備だ。──実はそれ以外にも増えているものがあるが、これは目立つものではないから映像越しじゃ気づかないかな。
それはそれとしてだ。視聴者はこれを見て思う事は、アスヴァーン対策の付け焼刃とでも思うだろうか。
アスヴァーンは、後衛の方の比重が大きいチームだからだ。大エースのレザントが大きく突出して前衛を張り、残りの機体が後方から射撃をしたり遊撃をするのが基本スタンスである。チーム構成としては前1中2後1といった感じだ。
レザントの相手をサヤカがするのは誰の目から見てもほぼ確定だ。霊力で言えばレオが上回っているが戦闘技術・経験が違う為同タイプのレオとレザントでは結果が見えている。急速に実力を付けておりかつ機動性に長けたタイプであるサヤカをぶつけるしかないのは明らかで、こちらとしても当然その前提で戦略を立てている。
ただそうすると中衛の相手をレオが相手する必要があるわけで、近接武装しかないと距離を取られていいようにされかねない。なので射撃武装を追加したと考えられているだろう。レオの霊力量を考えれば直接攻撃を与えられなくても牽制に使えるだけで大分違う。俺の支援砲撃を含めれば距離を詰める余裕ができるし、距離を詰められれば戦いようがある。
まぁ相手がエースのワンマンとはいえ曲がりなりにもAランクにいたチームなので、他のメンバーもそれ相応の実力はある。距離を詰めたからといって後は圧倒できるわけではないところがつらいところではあるが。
今回の戦略は、中衛までは距離を詰めるのが必須だ。場合によっては早いタイミングでミズホに全開駆動に移行してもらっててでも、距離を詰める必要がある。
『短期決戦、頑張らないとね』
「ああ。序盤はサヤカとミズホの負担が大きいけど、よろしく頼む」
『任せろ』
さあ、試合開始の時間だ。行こうか。
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試合開始の合図が通信機から聞こえてくるのと同時、4つの巨大な鋼鉄の騎士達が一斉に動き出す。ただその動き出しはいつもと少々違っていた。
ウチのチームで真っ先に飛び出していくのは基本的にサヤカだ。彼女が先陣を切って敵陣に突っ込み、それにレオ、ミズホの順に続くのがいつものウチのスタイル。だが今回はサヤカはやや抑えめに動き出した。代わりに飛び出したのが右側に位置したミズホと左側に位置したレオだ。ただ二人もまっすぐ突っ込むのではなく、やや外側に膨らむような動きだ。多分その理由は視聴者も向こうのチームも気づいているだろう。それくらい単純な話だ。
アスヴァーンはレザントが突撃してくる。その際相手側の戦力がどちらかに偏った場合その戦力の多い方を叩き潰しに行けるようにほぼど真ん中に位置取りをしてくる。
それに対するこちらの動きは明白だ。
レザントは中央から進むサヤカが一人で迎撃し、左右に膨らんだ二人はレザントとと接敵しないようにし中衛を叩きに行く。サヤカが大きく先陣を切らなかったのは突出してくるレザントと早々に開戦しないためだ。
この戦法は、レザントと同クラスかあるいは多少劣る程度の実力を持つエースを抱えるチームがよくとるスタイルだ。他の手法としてはレザントに攻撃を集中し、彼を早期に落とす事で戦局をすすめるタイプ。こちらは高火力の術を使えるチームが良くとる。疲弊を度外視にして彼を一気に落とせれば、Aランクのチームであれば自分達のチームも一機落とされたとしても勝てる可能性は高くなる。
うちのチームは高火力型とはいえないので、恐らく前者の方法で行くと予想していた人間は多いハズだ。
──そしてその上で、ウチの敗北を予測しているのが大半だろう。
サヤカは一気に実力をつけている精霊使いではあるが、単体で言えばA級上位の実力を持つレザントには届くものではない。1対1でぶつかった場合サヤカが落とされるのはほぼ確実だ。だから皆が注目するのはサヤカがどこまで持たせられるかだろう。サヤカがレザントを拘束している間に中衛を落とせれば、後はいくらレザントが強いとはいえ巻き返す術はない。だがウチは総じて高い火力を持たず、一気に相手を撃墜するようなタイプではない。その間にサヤカが耐えきれる可能性は低いと考えているハズだ。
それは事実ではあるが……勿論こちらは作戦も、そして隠し玉も持ってきている。
サヤカがレザントを長期拘束できるほど甘い見積もりは持っていない。だが支援付きならそこそこの時間は耐えれるハズ。勿論サヤカの頑張り次第になるが……
「とにかく短期決戦だな」
他の皆とは異なりいつも通りのペースで前に進みながら、俺は通信機に流れないような小さな声で独り言ちる。
勝つための戦略は組んではあるが、最初にサヤカが落とされてしまえばすべてはご破算だ。とにかく出来るだけ早く戦局を動かす。
「頼むぜ皆……」
『任せろ』
『任せて』
『任せるっス!』
再び独り言ちたつもりだったが、今度は通信機に届いてたらしい。全員から答えが返ってきて、思わず顔に笑みが浮かんでしまう。
全員の位置を見れば動きは完璧だ。事前にシュミレートした通りの動きが出来ている。
あちらもおかしな動きはしておらずレザントも中央突撃だ。そのレザントに向けて最初に先端を開いたのは俺の機体だった。ライフルと肩のキャノン、それに連装ミサイルで砲撃を入れる。ちなみにいずれも実弾による攻撃だ。──これから先霊力を大量消費するのでこんな所で無駄な霊力は消費できない。
放った攻撃は流石に直進中の攻撃だった事もありあちらさんも読んでいたようで、いずれの攻撃も躱されてしまった。ただその回避の為に奴の速度がやや落ちたので、目的は達成できたといえる。
そしてそのレザントから大分離れた左右のラインをミズホとレオが突破した。それぞれが砲撃を開始し、戦闘が本格的に開始される。この時点で俺は主目標をレザントではなく、レオと相対する機体に向けなおした。中距離戦型のミズホは問題ないが、レオの方は接敵するまで撃たれっぱなしになるからな。レオが近づくまでは俺はレオの相手──ポルテスを追い立てるように攻撃を叩き込む事を中心に動く。
そして俺の攻撃が収まり速度を戻したレザントと合わせるように速度を上げたサヤカの機体が接敵した。




