突撃敢行④
三方向から放たれた攻撃が、立て続けにボス虫に襲い掛かる。動きの鈍いコイツには当然回避など不可能、命中する──そう思った時だった。
奴と地面の間から、イソギンチャクの触手のようなものが出現した、それも大量に。
それらは三つに分かれ、それぞれの攻撃に対して伸びてゆく。
【風刃】の前にはいくつもの触手が束ねられ、盾のように立ちふさがった。
【千手千眼観音】に対してはその触手がいくつか束ねられ、受け流すように叩きつけられた。
そしてサヤカに対しては、振り上げられた三本にそれぞれ触手が絡みついた。
だが、さすがに三人の攻撃はそこまで甘くはない。【風刃】は多少威力が減衰したかもしれないが盾を切り裂き、【千手千眼観音】はいくつか弾かれたものの半数くらいは触手の鞭をすり抜けた。そすてサヤカの大刀の内2本は威力を大きく削られたが、残りの1刀はやすやすと触手を引きちぎり、それぞれが甲殻に叩きつけられる。
が、
『やっぱり硬いさねぇ!』
それぞれの攻撃はまるっきり効いていないとはいかないまでも、奴の甲殻を貫くまではいかなかった。
甲殻の防御力と世界の壁が組み合わさってえげつない硬さになっている。この分だと通常武装は殆ど効かないんじゃないかと思われる。
となると俺がやはり頑張らねばとは思うのだが、
「気持ち悪ぃ……」
なんで一日で立て続けに苦手なタイプの化け物見せられるかなぁ。
『あー、ユージンちゃん触手苦手なんだっけ』
『ユージンさんわりかし苦手な物多いっすよね』
『でもそのお陰で私は可愛い姿が頻繁に見れるんだけどね?』
「うるさいな、仕方ないだろ!」
ヌメヌメした奴とか目のない奴とか昔っから苦手なんだよ! というか火力不足と判断して霊力を温存するためにボス虫ではなく他の生き残りを相手にしているレオとロッテさん、それにミズホは余裕があるのかさっきからこっちの呟きに絡んできすぎだろ。前線で真面目に頑張ってる人たち見習って!
『やっぱり護らねば……』
聖女様それはもういいから! てか何なのさっきから、母性か何か発動してるの!? ロッテさん俺より年下だよね!?
というか男の時は情けない奴とか言われたのに(ここにいる面子に言われたわけではないが)、女の姿になったら可愛い扱いされるのはちょっと理不尽を感じなくもない。男だってきもいものはきもいのだ。
とはいえ、ここで甘えた事を言っているわけには行かない。
【八咫鏡】を移動させ、上空から奴の側面へ。その間に奴は触手と光線で再度攻撃をしてきたが、これは前衛とレオに任せて俺はライフルを構えると、連続で引き金を引く。
俺のライフルから次々と光が放たれる。その光はボス虫に──ではなく、側面に配置した【八咫鏡】に吸い込まれて消える。その度に体から力が抜けている感覚を覚えるが、それを無視して更に数発。それらはすべて【八咫鏡】に吸い込まれる。
「うぐ……」
以前もそうだったが、この【八咫鏡】の完全停止による力の蓄積は負担が大きい。……だが限界まで溜まった!
「いけぇっ!」
前回と比べ、今回は的がデカい上にトロいから細かい狙いを付ける必要はない。俺は角度だけを奴に向けて調整すると、力を解き放った。
途端、【八咫鏡】から強力な光がボス虫に向かって放たれる。
『…………』
奴の悲鳴が聞こえた気がした。声としては認識できない、だが奴が悲鳴を上げたと間違いなく認識できる。それは、視界からでも確認できた。
俺の放った光は奴の甲羅に吸い込まれるように命中すると、次の瞬間にはその巨体の反対側から光が出現したからだ。
「良しっ……!」
俺の一撃は奴の甲殻を貫き、貫通していた。
消耗デカい上に狙いを付けるのが難しいため、前回のグラナーダ戦みたいに小細工しないと使いずらい技ではあるが、今回は非常に狙いやすい的の為この技が有効なのは当然すぐ気づいた。
それにああいったクソ固い相手は中途半端な攻撃をぶち込むより、強力な一発を叩き込む方がいいと考えたのだ。それは間違いなく正解だった。
光が消えた後には奴の体の側面には大穴が空き、黒い体液らしきものを噴出させていたからだ。
図体がでかいため致命傷にはなってくれなかったが、これで奴の甲殻を無視して体の内部に叩き込むことが出来る、まさか体の中まであの甲殻のように固いという事はないハズだ。
後は全員であの穴めがけて攻撃すれば──そう思って声を上げようとした時だった。
「はぁ!?」
皆あそこを狙って、と通信機越しにかけようとした声は、間抜けなものに差し変わった。
「なんだそりゃ……」
ボス虫が、ぶるっと体を震わせたと思うと、体を縮めたのだ。ちょうど俺が風穴を開けた場所だけ。
ただそれだけで前後の甲殻がシャッターを閉じるかのように穴に覆いかぶさり、せっかく開けた穴を埋めてしまった。
「マジかよ……」
どういう生き物なんだよ、アレ。
『限界はあるだろうが、面倒な体の作りしてるさねぇ……』
本当にそうだ。
あのくっそ硬い甲殻を貫いてもああやって傷を塞がれてしまうとすれば、もう一撃撃ち込んでも同じことになるだろう。レオかロッテさんのフォローがあればもう何発かは撃てるが、奴が限界を迎える前にこちらが限界を迎える可能性が高い。
どうする?
ミズホがゲートに重圧をかけてくれているおかげで、向こう側からこちらにやってくる怪物はゼロとは言わないまでも大分抑えられている。しかも出現すると同時に前衛組が攻撃を叩き込んで滅ぼしているので戦場の虫たちの数は確実に減ってきているハズだ。周辺では他の精霊使いが全力で掃討をしているだろうし、そちらが片付けばこちらの戦力は増強されるはず。それまでなんとか削っていくか? だが、そこまでさすがにミズホが持つか……? いや、ミズホだけじゃない、全員全力状態だ、このままではどんどん離脱者が出る。
『ユージン』
再び触手で周囲にいる前衛組の精霊機装に攻撃を放っているボス虫の姿を見つめながら思考を回転させている俺の耳に、名前を呼ぶ声が届いた。
「……サヤカ?」
それは今まさに最前線で触手を切り払いつつ攻撃を続けているサヤカの声だった。
彼女は言葉を続ける。
『今のと同じ攻撃をもう一度。後は何とかする』
「何とかするって」
『──ああ、閉じないようにする気さね?』
『そうだ』
『だったらちょいと待ちな、ルメールを呼ぶ。アイツの能力もあった方がいいだろうさね』
「ちょっと、一体?」
話に混じってきた浦部さんは、サヤカのやろうとしている事を察しているらしい。二人の間で会話が進み、俺は置いていかれそうになって声を上げた時だった。
『きゃーーーーーっ!』
女性の悲鳴が通信機に響いた。しかも複数。これは……ミズホにロッテさん、あとアルファさんか?
ミズホとロッテさんは現在後衛で側にいるが、アルファさんはボス以外の虫共の掃討の為突っ込んで離れている。なのになんで?
そう思ってその原因を探しに周囲を見渡た所、すぐに理由に気づいた。
「……うわぁ、今度はそれかよ」
デカブツの後方、尻の辺り? その辺りから、何か黒光りするものがカサカサと何匹も出現していた。多分別物だろうが、こちらの世界のとある生物によく似た生き物だった。
そう、Gの付くアレである。
……さっきからなんか誰かが嫌悪する奴が立て続けに出現してるんだけど、実はコイツ異世界の生物じゃなくて"意識映し"だったりしない?




