突撃敢行②
「あれがボスキャラか?」
『っスね』
俺の呟きを拾ったレオが肯定の言葉を返してくる。ぞろぞろと地面を埋め尽くす虫擬き共を叩き潰しつつ進撃する俺達の機体のモニターには、特別大きな体躯を持つ……なんというか、甲殻を纏った芋虫のような造形の怪物がいた。離れた所から見ていた時は複数の虫が集まっているのかと思ったが、個体だったらしい。こちらの精霊機装のサイズよりでかい。外見から見ても明らかに硬そうでめんどくさそうだ。
というか進撃するに応じて虫擬き達の数は減ってきたが、その代わりにサイズが大きくなり硬度も上がっている。本陣の近くはやはり上位個体で固めているという事か。
『ちょうど隠れてるけど、あれの後ろにゲートが開いているそうよ』
「……サイズ的にバランスおかしくねぇ?」
『なんか出て来た後膨らんだみたいよ』
「どういう生き物だよ……フグか何かか?」
口にした疑問に対して帰って来たミズホの答えに、思わず呆れた声音が出てしまう。まぁ異界の生物だし深く考えちゃいけないのは解っている。
「何にしろ、あそこがゴールってわけか」
『そうなるさね。最終ミッションの準備はいいさね?』
浦部さんの言葉に、俺は周囲を見回す。
先ほどより、更に機体の数は減っていた。今ここにいる精霊機装は9機だけだ。内の全機とフェアリスのファニィさんとアルファさん、ラヴジャの浦部さんとハザマさん、それに聖女様だ。フェアリス、ラヴジャの残り二人と大きく消耗したアルバさんは途中でこちらから離れて、後方で殲滅戦を行っているハズだ。
『オラァッ!』
『セイッ!』
先ほどから何度も通信機に掛け声を響かせているのは、ファニィさんとサヤカだ。前衛特化の二人はそれぞれ【暴れ猫】と【刀神演舞・天下五剣】を発動させて全開状態で暴れている。抜けたアルバさんの替わりに、縦横無尽に動き回り進行方向を塞ぐ虫擬き達を次々と破砕していっていた。
これまでの中で圧倒的な数の多さを誇る今回の敵ではあるが、幸いな事に個体としてのレベルはこないだのグラナーダ戦の相手等よりはマシだ。というかあのレベルの敵がこの数湧いてたらさすがに世界は滅んでいると思う。
今の状況は主に前衛組に任せた状態に近い。攻撃力と機動性、或いは高い火力を持つ先の二人とハザマさんが前方の敵を粉砕していき、打ち漏らしを俺と浦部さんで叩き潰して言っている。他の4機も攻撃を行っていないわけではないが、それぞれの理由で力をある程度温存している。……まぁレオに限っていえば、遠隔戦闘が得意じゃない上に前衛三人組のような機動性もないからだけど。
ミズホとアルファさんには役目があるし、二人はそこまで霊力量が豊富ではない。だからこその温存だ。
そして巨大芋虫(きもくてものすごく近寄りたくないんだけど、そうもいっていられない)との距離を大分縮めたあたりで、そのアルファさんの声が通信機から響いた。
『もうすぐ射程に入るわ!』
『了解だ! 仕掛けるさ……』
『あ、ちょっと待って! ユージンちゃんを回復するわ』
アルファさんの言葉に応じて作戦の開始を告げようとする浦部さんを、ロッテさんの声が遮った。そして続けて通信機から涼やかな落ち着いた声が届く。
『【貴方に力を】』
「ふにゃっ!?」
彼女の言葉と共に俺の体にゾワゾワっとした何かが走った。だがそれは不快なものではなく、体の中から力が湧き上がってくる感覚だ。成程、これが聖女が使えるっていう回復魔術か。レオも含めて他の魔力供与系の術士は魔力を一時的に肩代わりするような感じで、回復させることができるのはロッテさんだけだ。
しかし、まさか回復魔術っていうのをわが身で体験するとはねぇ。まぁHPじゃなくてMPの回復だけど──
『ふにゃって……ふにゃって……』
『随分可愛らしい悲鳴さねぇ』
『ねえユージンちゃんってやっぱり元男って誤情報よね? 最初っから女の子よね?』
『やっぱり今猫耳だから"にゃ"がついたんスかねぇ?』
『ねぇエルネストさん、この娘ちょっとうちにくれないかしら?』
『あげません』
……聞き流しておいて欲しかったなそこは! 戦闘中なんだしさぁ。実際前線で必死に戦ってる面子は無反応だし、そう言う事を気にしているの俺良くないと思うなぁ! あとロッテさんあまりにも酷い理由でスカウトしようとするのやめて頂けませんか?
とにかく!
「そんな! ことより! ミズホ!」
『OK、行くわよ』
俺の(若干裏返ってしまった)叫び声尾に、ミズホは即座に反応した。さすがにおふざけを続けるほどの分別のなさがなかったようで安心だ。あとはこのままこの件は戦闘の中で忘れて欲しい。
『【沈む世界】』
ミズホが魔術を行使した。だが、周囲を動いている虫共の動きの速度は変わらない。当然だ、そんなところにミズホは術を掛けていない。
彼女が術を掛けたのはデカ物の背後。──ゲートに対してだ。
ゲートはその名の通り"扉"だ。通常の漂流はその場に突如転移してくるものだが、以前の深淵のケース然り、ゲートによって異世界とつながってしまった場合は異世界の存在はゲートを通ってこちらにやってくる。
ならば簡単な話だ。扉ならそこを通る奴が足を止めていれば後続は通れない。
ミズホの【沈む世界】は場所に対して行う術だから通常はある程度の広範囲に対して行うが、今回は対象が動かないゲートだ。範囲はごく小規模でいい。そこに彼女はピンポイントで荷重をかける。
相手の動きを完全に止める事はできないが、今回の相手はグラナーダの怪物やこないだのロボットに比べれば断然遅い。充分な時間ゲートの蓋にさせることが出来る。
これの為にミズホはここまで霊力を温存していた。俺と同時に彼女が最重要なキーマンだったのだ。俺達の役目はゲート周辺の敵の殲滅。穴からあふれてくる怪物の数を減らさなければそれだけ状況は長引く。
これで一定時間の状況は稼いだ。更にレオが【祝福の運び手】を発動させてミズホに土の鎧を纏わせる。ガード+霊力タンクである。ピンポイント荷重は霊力の負荷が大きいらしいからな。
ちなみにこの穴塞ぎ作戦は【封印される世界】や【デモンズウォール】で行う案もあったらしいが、【デモンズウォール】は向こう側からバキバキ殴られたらそれほど持たないらしいし、【封印される世界】の場合はその内側にヴォルクさんが入らないといけないので彼の負担が大きくなりすぎる。その点ミズホの術は問答無用で荷重を掛けれるからな。
とにかくこれで一つ目の手は打った。後はミズホの霊力が切れるまでのスピード勝負だ!
『嬢ちゃん達、行きなっ!』
『『オオッ!』』
浦部さんの指示に答えるファニィさんとサヤカの声が重なり、同時に二人がそれぞれ正面のデカ物──ではなく、左右へと大きく別れてやや離れた位置にある虫達を叩きに行く。──ボス格ではなく、中ボス的なそちらの方へ二人が向かった理由は明確だ。先ほどまで二人がいたあたりの位置まで一体の精霊機装が突出していたから。
そして、その機体の前方の地面に巨大な文様が浮かび上がっていたから。
【ドゥームズデイ】。いくつかのデメリットを抱える代わりに圧倒的な高火力を誇るこの術の効果範囲を示すこの模様を見たら、精霊使いなら即座にその場から離脱する。だがそれを知らない虫共は気にすることもない。……ある程度知識があれば何かしら感づきそうだが、そんな知性もないのだろう。
ただアルファさんの機体が突出したため、一部の虫共が獲物として捕らえて彼女の機体の方へ勢いよく向かっているのが見えた。
尤も、何もそれに関しては心配いらなそうだが。
何せその左右に精霊使いのTOP2の機体が並んだのが見えたので。




