セラス局長の過去
本日2話目。フレーバー的な設定の話なので、読まなくても本筋には影響はありません。
(もっともうちは本筋には影響しない話が多いですが)
「最近こちらの世界にやって来た彷徨い人からいろいろ聞き取りを行ったのですが……それらの世界でも彼女は暗躍していた可能性があります。……状況証拠ですが」
「マジですか……一体何が目的で……」
「これも予測でしかありませんが、恐らく退屈しのぎでしょうね」
「たいっ……!」
あの女が他の世界でどんな事をしでかしたのかは勿論しらない。だがその理論であれば先ほど局長が話したこの世界で起こしたトラブルも退屈しのぎで起こしたという事になる。下手すれば多くの死者を出すどころか世界の危機になりかねない出来事をだ。
「無茶苦茶だ……」
俺が呻くように発した言葉に、局長は頷く。そして、それから目を細めて、ゆっくりとした口調で言った。
「ええ、無茶苦茶です。ですが、600年も生きていれば思考が壊れる事もあるでしょう。そう思います」
「え……600年?」
「600年です」
「……なんでわかるんですか?」
その問いには局長はすぐには答えなかった。細めていた瞼を更にさげ、目を瞑り、動きを止める。
そのまま静寂が流れた。尤もほんの数秒の事だったろう、局長は目を見開くとしっかりとこちらと視線を合わせ口を開いた。
「先ほど、私があの女に対して同郷だと言ったことを聞いたと思います」
確かに聞いた。
それ以外にもよくわからない単語が出ていた気がするが……
「あの女と私は同じ──600年前に崩壊を迎えたアキツとは違うとある世界の住人です」
その言葉に、一瞬「は?」となった。いや、別世界の住人という事に関しては何もおかしくは感じはしない。日本でこんな事をいえば頭を疑われるだろうが、ここはアキツだ、そこら中とまでは言わないが、異世界からやってきた人間やその二世、三世まで含めればかなりの数が暮らしている、そんな世界だ。というか俺だってその実例の一人なわけで。
引っかかったのはそっちじゃない。600年の方だ。
「局長、600歳なんで「女性に年齢を聞くのは失礼ですよ」」
いや今の流れなら聞くでしょう!
「ふふ、冗談ですよ。ええ、私の実年齢は600を超えています」
そこから続いた局長の話は驚愕するしかなものだった。
局長、そしてあの女が元々いた世界は非常に文明が発展した世界だったらしい。それこそ科学がもはや魔法と変わらない効果を生み出すくらいに。当然そんな世界だ、人の寿命も大幅に伸びていた。
「その代わり生殖能力が大幅に減衰してしまっていましたが……そう考えると、あの世界はどちらにしろ滅びが近かったのかもしれないですね」
進化の行き詰まりだったのではなかったのではないでしょうか、と局長は言った。
彼らの住む世界は極端に突出した知識、技術を持つ存在と、それらの存在が提供する技術によって生活する人々に別れていた。セラス局長はその前者──十三賢人と呼ばれる存在の一人だったらしい。
その世界は退廃とした気配はあったものの、長らく平和を享受していた。緩やかに、本当に緩やかに滅びに向かっていたのかもしれないが、大規模な争いも起こらずに平和だったのだ。
だが、たった一人。十三賢人の一人が狂った事により、平和は瞬く間に崩壊する。
その男が生み出したのは一種のウィルスのようなものだった。コンピューターウイルスだ。たったそれだけで世界が崩壊に向かったのだ。
その世界は、あまりにも科学が世界に干渉しすぎていた。その結果天変地異どころか、世界という"枠"の崩壊にすら発展してしまった。
一度暴走した世界を管理する機械は、瞬く間に世界を壊していく。最早避難誘導などというレベルではなく、逃げる手段を持ったものも自分一人だけで逃げるのが精いっぱいだ。行き先を選ぶ余裕すらなかった。きっとあの女もどこかの世界に転移したのだろう。ただ、あんな自由自在に世界を渡る道具はなかったハズなので、恐らく転移先で見つけたか、或いは元の世界のものと組み合わせて改良したのだろうと局長は推測していた。
そして、最低限の自分が生み出した技術の結晶を持ち出した局長が転移して流れ着いたのは、砂漠しかみあたらない世界だった。
「……え? 砂漠だけ? 人は?」
「いませんでした。私がこの世界にやって来た時、そこには生ある物は存在しなかったのです」
だが、局長は絶望しなかった。セラス局長の専門分野が環境を作り替える力を持つ電子妖精だったからだ。局長はそれから少しずつその砂漠しかない世界を人の住める環境に作り替えていった。気が遠くなる時間を、一人だけで。
セラス局長には、世界を渡るものを生み出す技術はなかった。AIや、一部の植物や微生物などは生み出せても動物、そして人を生み出す技術はなかった。ずっと孤独にこの世界で生きていくのか、と思っていた。
そんなある日、突然鎧を纏った騎士やドレス姿の女性達が現れた。
──そう、彷徨い人だ。
いずれアルスツゥーラという都市を築くことになる彼らがやって来た事により、局長は孤独から解放された。
それからは、次々と──というほどの頻度ではないが、彷徨い人達が、時には街ごとやってくることによりこの世界の住人は増えていき、更には俺達の世界と行き来する技術も生み出された。今のアキツの形になったのである。
ある時から急に彷徨い人が現れるようになった理由はわからないとのこと。少なくともそういった事に干渉するような事はしていなかった(というか出来るなら最初からしていたといっていた)から本当に世界が突然変異したとかしか思えないそうだ。
「尤も、私がこの世界に流れ着かなければそもそも突然変異等起きなかったかもしれませんが」
そうすれば、今この世界にいる人間は元の世界で今暮らしていたかもしれませんね、と小さく笑った。少しだけ、自嘲的に。
そんな局長の姿を見た俺は、思わず席を立って局長の横に立つと頭を撫でていた。
寂しそうに語る局長の姿が、まるで膝を抱えて座り込んでいるように感じたから。
突然の俺の行為に、局長は一度驚いたように目を見開いてこちらを見たが、その後は目を閉じた。俺の手の感触を堪能するように。
そんな時間が一分くらい続いただろうか。俺がゆっくりと手を離すと、局長がゆっくりと目を見開いて笑った。
「ふふ、頭を撫でられたのはこちらの世界に来てからだと初めてかもしれません」
「あ、すみません、突然……」
「いえ……心地よかったです。ふふ、ユージンさんはママとも呼ばれる事もあると聞きますが、その理由がわかりました」
「ちょっと、そんな事わからないでくださいよ!?」
「ふふ」
──あれぇ!? その後に冗談ですよって続かないのぉ!?
なんだか温かい目で見られている気がして俺は一度顔をそむけた後、雰囲気を変えるために質問を口にした。
「ところで、聞いていいですか。答えられなかったらいいんですけど」
「ふふ、どうぞ」
「局長ってずっとその姿なんですか? さすがに周囲におかしいと思われません?」
「まぁそこはいろいろ小細工していますよ。ある程度老いていく姿は偽装できますし、遠隔操作できる義体みたいなのもありますので」
「……聞いといてなんですけど、俺にそこまで話していいんですか?」
「構いませんよ。ユージンさんはこれまでの事も話している様子もないですし、この件も話す気ないでしょう?」
「まぁ、はい」
離したところで誰も信じないだろう。いやエルネストの連中は信じそうな気もするが、話す必要性がないよな。話す事で俺にメリットはないし、知らないことであいつらにデメリットもないだろうし。
「あ、でもロック掛けておきます?」
周知の事実だが俺達はアキツの事を向こうで無関係の人間に伝えられないようにロックが掛けられている。それと同じものを掛けてもらっても、と思ったんだけど。
セラス局長は首を振った。
「私が勝手に話したんです。……きっと600年一人で抱えてきたこのことを、誰かに聞いて欲しかったのかもしれません。そんな相手に選んでしまった事を謝らなければいけないくらいですし、そんな事はしませんよ」
……これ、俺が話さないって信頼されているって事だよな。うう、信頼が重い。俺口が軽い方じゃないって自信はあるけどさぁ。




