動き出したモノ
●第三者視点
「……村雨さん来ませんね」
土曜日の朝。尾瀬邸のリビングのソファに腰を降ろしたまま壁に着けられた時計に視線を向け、秋葉はそう声に出す。
アキツ側から日本側への転送は一人でも問題ないが、こちらから向こうに行くためには尾瀬が同行する必要がある。そのため、秋葉と千佳子、そしてユージンこと村雨 有人の三人は土曜日の朝は時間を合わせて尾瀬邸に集まり揃って向こう側に向かっている。
ただ、今この時間には有人の姿はない。尤も時間的には普段よりも早い時間ではあるのだが……
「尾瀬さん、村雨さんにも連絡は入れたんですよね」
秋葉と並ぶようにソファに腰を降ろしている千佳子の問いに、尾瀬は頷く。
「君達と同内容のメールは入れてあります」
「メールだけですか? 電話は?」
「先ほど掛けてみましたが……出ませんでした。メッセージは入れておきましたが……」
「寝てるのでは?」
「髪の毛とセットとか、朝ごはんとかあるからさすがにあの時間には起きていると思うよ、千佳ちゃん」
待ち合わせが早くなったとはいっても、一時間程だ。有人はギリギリで動くのは嫌いだそうで、これくらいの時間にはもう起きているといっていた。ただ、有人はこっちの世界で仕事をしている。昨日は遅くまで仕事していてもしかしたら今日はちょっと遅くまで寝ているのかも、そう思い秋葉はソファから腰を上げた。
「私、村雨さんの家知ってるから、ちょっと呼びに行ってきます!」
そういってすぐにでも走り始めそうだった秋葉を、だが尾瀬は留める。
「いや、出来るだけ早く来て欲しいと連絡を受けています。……予定の時間をすでに5分すぎてしまっていますし、お二人だけ先に向かいましょう」
「ですけど……村雨さんってこういった時は重要な存在なんですよね?」
「貴女方を向こうに送った後、僕はすぐにこちらの方に戻って待ちますから大丈夫です」
「秋葉ちゃん、尾瀬さんに従おう。秋葉ちゃんも今回は役に立ちたいんでしょ? 私達までいざという時に遅れてしまったら意味がないわ」
「……うん」
尾瀬に加え、一つ年下の千佳子にも諭されて、一瞬の沈黙の後秋葉は頷いた。
今回予定時間より早くアキツ側に行くようになった理由は、向こうで彼女たち精霊使いが出撃しなければいけない状況が起こりつつあるからだ。すなわち論理崩壊による鏡獣或いは彷徨い人の出現。しかも普段そういった事に基本出撃していない秋葉達にまで声がかかるほどの大規模で。
秋葉たちは休日以外は向こうにいけない都合上、直接鉢合わせた深淵の一件の時のようなケースを除いて殆ど参加できていない。なので、言葉が悪いが丁度タイミングがあった今回は出来るだけ役に立ちたい気持ちが強かった。
「わかりました、行こう千佳ちゃん」
確かに有人が眠っているのなら、家に行っても起こせるとは限らない。当然合鍵なんてもっていないし。チャイムの音で起きるかもしれないけど──でも確実じゃない。
(それに私が行って起きたとしても、すぐには動けないだろうし)
そうすると、有人だけではなく私と……多分行動を共にするであろう千佳子も大幅に向こうに着くのが遅れる。それはよくないだろう。
もう一度だけ時計を確認し、村雨さん早く起きてくださいっと一つお祈りして、秋葉は転送用への部屋へと一歩を踏み出した。
〇有人視点
「~♪」
鼻歌を歌いながら、フライパンを振るう。別段上機嫌てわけじゃないけど、作業をしているとなんとなく出ちゃうときあるよね? そんな感じだ。
土曜日の朝。今週一週間いつ呼出があるかと思いつつ過ごしたが、結局週末まで特にこちらに連絡が入る事はなかった。何事もなかったか、或いは自分に呼出が掛かるほどの出来事がなかったか。
呼出が掛かる事を覚悟して仕事をかなり頑張って処理していたので、なんというか肩透かし感が多い。おかげで週末の金曜日は早く帰る事が出来、ついでに早く寝てしまったせいで今朝は目覚ましより早く目が覚めてしまった。なので今朝は大分時間に余裕がある。髪のセットとか出発前の支度は大部分済ませたのに、まだ1時間程余裕があるからな。向こうに行くときは殆どメイクもしないので、かなり余裕がある。
なので、いつもは適当にパンとサラダ、それにスープくらいで済ませる朝食になんとなく追加で一品作ってしまっていたりする。まぁただのベーコン入りのスクランブルエッグだけど。
……しかし、お尻の方がなんかスースーする気がするなぁ。
態々確認などしないが、現在俺の穿いているスカートは後ろ側だけ大きく捲れあがっている。ぶっちゃけ後ろはショーツを丸出しにして料理しているわけだ。
勿論俺が露出狂なわけではなく、いまだに尻尾が消えていないためである。尻尾がピン、と持ち上がっているためそのせいで捲れあがっているのだ。意識すれば戻せるけど、めんどくさいので放置している。部屋には今俺しかいないから見る人間いないし、そもそも普段から自宅ではダボT一枚で下はショーツ一枚で生活している俺だ、それを考えると対して変わらん。勿論家を出る前にはこうならないように尻尾を固定するけど、出発まではこのままでいい。
いや、早く消えてくれないかね、この耳と尻尾。もう2週間になりますよ。耳は生活の邪魔になる事はないしセラス局長のおかげで視線を集める事もないが、その副産物と思われる胸への視線は相変わらずに感じるし、尻尾は単純に邪魔だ──ズボンが穿けないので。一時的なものだし服に穴とかあけないよ、もったいない。それに固定しているのも地味に鬱陶しいし。
ちなみに俺と同じ状態だったリゼッタさんだけど、あの日の間に耳と尻尾は消えたらしい。アイリと別れて転送施設に向かう途中、ミズホから連絡があった。ちょうど試合後のインタビュー中に消えたそうだ。
……そんな丁度俺との撮影を終えた後に消えるとかある? もう一日早く消えてくれていたら俺あの撮影しないで済んだんだけど? まさかリゼッタさんどうにかしてあの状態を維持してたんじゃ……
なんてそんな訳はありえないけども。謎事象である論理崩壊の効果を操作できるわけにないしな。なんというか、頻繁にこういった事に巻き込まれる俺の運の悪さがリゼッタさんにまで影響したという方がまだ考えられるわ。これも非現実的な話だけどな。
ま、撮影のようなイベントは今後は入っていないし、論理崩壊の効果は過去の例を見れば最長でも1か月。すでに2週間経過しているから後はどんなに長くても後2週間だ。素直に待つしかないかね。
「……ん、よし。こんなもんか」
スクランブルエッグがいい感じに出来上がったので、コンロの火を止める。用意した器に中身を移して完成だ。フライパンは……食後にまとめて洗えばいいか。
それじゃ後はサラダを用意して──あ、パン焼いてないや。先に仕掛けておけばよかったな。スープはお湯を入れるだけのオニオンスープだから最後でいい。とりあえずパンからか、そう思ってフライパンを置いたところで、ある音が耳に入った。
ブブブブブブブ……
机の上に響く、スマホのバイブの振動音。数度震えてとまったので電話じゃなくてメールの方だな。こんな時間に誰だろう?
メールだからすぐに手を取る必要はないが、ちょうど手が空いたタイミングだ、先に確認しておこう。そう思い、俺は背後のテーブルの方に振り向いて、
「随分とセクシーな恰好で料理するんだね、お姫様」
そこに立っていた見知らぬ女と目が合った。
なんか先週からブクマが100近く増えてる! 何があった!?Σ(゜Д゜;≡;゜д゜)
これは……もしかして絶対に届かないと思っていた4桁ブクマ到達を期待しちゃってもいいのだろうか?
更には二つ目のレビューもいただけました! ありがとうございます!
あと指摘を頂きましてあらすじの誤字を修正しました(小声)




