想定外の休息日
「……にゃーん」
口から無意識に変な声が漏れた。あれだよね。精神的に疲れたりしてると無意識に意味のない言葉を口走ったりするよね。
「あら、身だけじゃなくて心も猫になっちゃったのかしら?」
「へ? ──うわっ!」
突然背後からかけられた俺は、ソファに上から転げ落ちて悲鳴を上げることになった。
そういやソファの上で横になってたんだった。それを忘れて上半身を捻った結果、肘をつこうとした場所に何もなくその勢いのままソファの上から崩れ落ちたわけだ。
まぁ大した高さじゃないからダメージはないけど。
「ふふ、その体勢も猫みたいねぇ」
崩れた体勢を戻そうとしていたらそう言われたので自分の体勢を見直したら、肘をついて尻を上げたような状態になっていたので成程なとなってしまった。これアレだ、猫が伸びをしてる状態にちょっと似てる。
「でも早く体勢戻してね。可愛らしいお尻が丸見えだから」
声の主──ミズホはそんな俺をニコニコと見つめながら、そう改めて声を掛けてくる。確かにスカートが捲れあがって、尻と尻尾が丸見えだった。これ横になってたから気にしてなかったけど、多分ソファで寝ていた状態の時点ですでに尻尾でスカート捲れてたよな。油断してるとすぐそうなる。
まぁ別にみられても、だが。週末限定とはいえ一緒に生活しているのだ、下着姿なんて普通に見られてる、今更だ。
などと思いつつ、いろいろ無気力なので緩慢な動きで体を起こそうとしていたが、
「レオもきてるんだから、気を付けてねー」
「そうだった!」
今の状況を思い出し、俺は慌てて体を起こすと尻尾を掴んでバンドで太腿に固定し、それからスカートを元の位置に戻した。
レオは俺をそう言った目で見てくるはないんだけど、それはそれとして割とピュアなので見えそうになると気を遣うからな。後そう言った目で見られないからといって、俺もわざわざ見せようとは当然思わない。痴女ではないので。痴女ではないので。
相変わらずちょいとこそばゆいが、致し方ない。女しかいないなら鬱陶しいしつけないんだけど、注意を常に払うのも面倒だからこうしておいた方が無難だ。
「ただいまだぞ、ユージン」
「ユージンさん、ちわっス」
丁度スカートを下げた後に、俺が過ごしていたリビングの中にサヤカとレオが入って来た。多分俺の状況を見てサヤカが止めてたんじゃないかと思う。
三人は皆、手に袋を下げている。袋に入っているのは軽食や飲み物などのハズだ。これから食べる用の。
──今日は月曜日である。先日の開幕戦は……開始前に大きなトラブルがあったものの試合自体は問題なく勝利で終わった。相手は昇格組だったからな、特に苦戦する事もなかった。その後の取材も、明らかに試合以外の事聞かれたりいつもに比べて俺に向けられるカメラの数が圧倒的に多かったり、正直混乱がなかったとはいえないが、なんとか終了した。
その後今度はフェアリスの面々やらフレイさんやヴォルクさん、浦部さんなどこっちの知り合いに連絡貰いまくって、試合以外は激動ともいえる一日が終わり。
まだ俺はアキツにいる。
いや正直尻尾は足なり腰なりに固定しておけば隠せるし、耳もフードとか被ってれば家までは帰れると思うけど。そこまでして帰って向こうで何をするのかという話である。だってさすがにこれで会社にはいけないだろう……せめて動かなければカチューシャと言い張れた──いや、それも無理があるかな──なんにしろこんなぴくぴく動いてたら無理だ。どうなってるのと聞かれて付け根見られたら完全アウトである。
なんで……また突発休暇だ。
いい加減仕事の事はちゃんと考えないといけないな、と思う。アイリの一件の時も休んだし、さすがにこれだけ頻繁に突発休暇が発生すると会社からの印象悪い。同僚に迷惑も掛かるからなぁ……
精霊使いから引退するか注目度がだだ下がりしない限りこっちに移住する気がないのは変わらずだけど、極悪レートといえばこっちの世界での稼ぎを日本円に換金すればこれほどまで向こうで働く必要はないわけで……それに今の生活をずっと続けていくのは流石にどこかで体がしんどくなってきそうだし。将来的にはこっちに完全移住をする事にするのなら、向こうでそこまで金貯める必要もないし……
理想はサヤカみたいに受注製作で、週3~4日で働ける仕事が理想的か……給料はそこまで高くなくていいから、探せばなんとかならんかな。在宅でいけると理想的だ。いい加減検討しようかと思う。むしろ検討開始が遅すぎたかもしれない。会社も即辞めたりできるわけでもないし。
閑話休題。
とにかく、この格好で出勤とかできないし、外出も事故が怖くてできない以上向こうに戻る意味はない。というか、身近に頼れる人間が多い分こっちにいた方がいい。
なので、ミズホ邸に引き続き滞在中なわけだ。いつまでこの状態が続くかわからないので一応対策には動いているんだけど、先方の都合もあるのですぐどうにかなるわけでもなく、待ち状態なので。
基本的に試合明けの月曜日はチーム自体が休養日となる。ミズホやサヤカは副業があるが、ミズホは今日はフリーでサヤカは急ぎの仕事もないということで、俺も滞在してるし翌日試合もないからと集まって飲むかという話になったのである。
ついさっきまで家主とサヤカは買い出し兼レオのピックアップで外出していた訳だ。
俺は何してたかって? お留守番でーす。軽くつまみつくってリビングに掃除機掛けて後はふて寝してただけだけどな!
こっちの世界耳生えている人はいるけどレアな存在ではあるのは確かなので、今の俺は目立つし。そして目立つ事でユージンだって気づかれて更に目立つし。なので自宅待機させていただきました。ミズホたちにも「念のため外にはあんまり出ない方がいいかもね」って言われたし。
というわけで飲み会である。
まだ全然明るい時間だし会社を突発的に休んでいる中罪悪感もあるけど、基本翌日試合の時は飲まないようにしているのもあって普段こういう機会がないからな。意図せず出来てしまった空き時間だから有効活用しましょ、とミズホが言い出してこうなった。
乾杯として、皆が買ってきた軽食を食べつつ、アルコールで口を湿らせる。アルコール自体割と久々だなーと思いつつ喉を鳴らせていると、なぜかレオがじっとこっちを見ている事に気づいた。
「……なんだ? レオ」
「いや、今のユージンさん見ててちょっと気になったことがあるっスけど」
「なんだよ?」
「今のユージンさんて、やっぱりマタタビで酔っ払った感じになるんすかねぇ?」
……おい皆でこっちみんな。
「やらんぞ?」
「ユージンって飲んでもがっつり酔っ払った事ってないから、ちょっと見てみたい気があるわね」
「や ら ん か ら な」
猫になってるって言っても耳の部分と尻尾だけでそこ以外は完全に人間のままだから大丈夫だと思うけど、まかり間違って効いてしまうと困るので断固拒否である。身内の前だけだとしても、醜態はさらしたくはない。
「それにしてもユージンに猫耳が生えるとはねぇ……飼いたいわねぇ」
「おいその目でそういう事いうのやめろ。怖い」
冗談のはずなんだけど、目が笑ってないから怖いんだよ。
そんな俺とミズホのやり取りをケラケラ笑いながら眺めつつ、サヤカが口を開く。
「しかし、ユージンは本当にこういうの引き寄せるな。論理崩壊の影響を受けるの、これで三回目だろ?」
「多分今生きてる人間でそんな回数喰らったのってユージンさんだけじゃないっスかね」
「……完全に偶然で喰らったのは今回だけだ」
一回目の物理崩壊はリミットブレイクをしたせいで、あれは偶然ではなく起こるべくして起こったものだ。二回目は、俺対象ではなく場所対象で起こったものだし。
「二回目のは違うっていうのは無理がないかしら。まぁあの件は公にしてないけど……今考えると取材とかで話さないで正解だったわねぇ」




