猫耳少女になりました
状況を確認したいが、手を離すとまたスカートが持ち上がってしまいそうで離せない。その結果、俺はのけぞるような体勢で顔を上げる事になった。両手も後ろに回してスカートを抑えているせいで思いっきり胸を押し出すような体勢になってしまっているが、仕方ない。
その体勢のまま周囲を見回すと、そこには驚愕を顔に浮かべるレポーターと、カメラをこっちに向けていいのか判断できないのか中途半端な方向にカメラを向けているカメラマン、そして崩れ落ちているミズホとサヤカの姿が目に入った。
「……いや、なんでお前ら崩れ落ちてるの?」
二人の身にも何かあったのだろうか。声を掛けると、何故か鼻の辺りを抑えながらミズホが答えた。
「……破壊力が高くて。全般的に」
同じ理由なのかサヤカもコクコクと頷いているけど、何の破壊力だよ。
とりあえずこの二人は役に立たなそうなので、俺は残る一人のチームメイトに視線を向ける。
うちの黒一点であるレオは、崩れ落ちた二人の姿を見て苦笑を浮かべていた。少なくとも二人みたいにおかしなことにはなってなさそうなので、こいつに聞くことにする。
「なあ、レオ」
「っす」
「今俺どうなってるんだ?」
近くに車があればそこに映る姿で確認できそうだけど、座り込んだ状態で見れる位置にはない。カメラはこっち向いてないしな。
レオは俺の問いに一度俺の全身を眺めてから、口を開いた。
「論理崩壊喰らっちまったみたいっスね。耳が生えてるっスよ、頭に」
「みみ」
「それ以外はぱっと見変化はないみたいっスけど……多分尻尾も生えてるんじゃないっスかね? スカート浮き上がってるし」
「しっぽ」
「スタンシエナさんとかと一緒っスよ」
スタンシエナ……リゼッタさんと一緒。
こないだ見たリゼッタさんの頭には兎の耳が生えていた。という事は、俺の頭にも、
「兎の耳が……?」
「いや、猫じゃないっスかね、これ」
「ねこ」
レオの言った言葉を復唱すると、レオはこくりと頷いた。
えっと……鏡がないので触って確認したいけど、手を離すとスカートが持ち上がりそうで離せない。カメラも気が付いたらもう問題ないだろうと判断されたらしく、すでにこっち向いてるし。(俺の姿は今もうレオが言っちゃったし手遅れだろう)
しかし……考えたくもないが自分が猫化したということなら、このスカート持ち上げようとしているのは尻尾か。
……どうしよう、この尻尾をなんとかしないと俺ここから動けないんだけど。
カメラとか皆先に行ってもらえば立ち上がる事は──いや、カメラなくてもスカート持ち上がった状態で歩いていたら痴女だ。
「えっと……大丈夫ですか?」
困ったように眉根を寄せたレポーターさんがそう声かけてくるが、答えづらい。マジでどうすれば……と考えていたら、復活したらしいサヤカが声を掛けて来た。
「尻尾なら、自分の意思で動かせるんじゃないか?」
「自分の意思で?」
「だって、普通に生えてるんだろ?」
えーっと。
とはいっても、尻尾とか当然過去に動かしたことなんてないわけで。どうやって動かせばいいんだよ。
とりあえず、付け根辺りを触ってみると、確かに生えているのは確認できたけど……。
単純に右に動かして──あ、動く、動いた! なんだこれ、気持ち悪い! なんか尻から腕が生えたような感覚!
どうやらこの尻尾、何も考えてないと割と勝手に動くが、意識をしていればちゃんと動くらしい。で、あればだ。
「ちょっとこっちカメラから外してもらえます?」
念のため映像には映らないようにしてもらってから、俺はゆっくりと立ち上がる。そして、意識して尻尾を下げるようにすると……おお、ちゃんと下がった。
さて、でもこの尻尾マジでどうしよう。意識していれば大丈夫だけど、油断してたらまたスカート持ち上がってて安心できない。俺は痴女になりたくない。
少し考えた結果、ひとまず太腿に巻き付けておくことにした。少しこそばゆいけど逆にそれが尻尾の存在を意識させてくれるので、勝手に動いて気が付けば……ってことは早々なさそうだ。
「お待たせしました。とりあえず大丈夫そう」
間違いなく俺は悪くないと思うんだけど、テレビクルーを含めてみんなの足止めをしてしまったので頭を下げる。生放送だしね。
で。ようやく座り込んでいた俺が立ち上がったんで移動するかと思ったら、誰も動かないんだけど。というか全員こっち見たままで、レポーターに至っては瞳を輝かせて、
「あの、ユージンさん」
「はい?」
「私、目の前で論理崩壊を見るのも初めてだし、論理崩壊の影響を直接見るのも初めてなんですけど」
いや貴女、これまで何度か俺にあった事はあるよね? ──あ、この子俺が元男だったってこと最早忘れてるんじゃなかろうな!? それにリゼッタさんには会ってないのかと思ったけど、カーマインの地方局だからカーマインのチームではないフェアリスのメンバーには早々会わないか。
で、初めてだからなんなんだろう。
「あの、ちょっとお耳、触ってみてもいいですか!?」
はい?
言われて、反射的に自分の頭に手を伸ばすと、もふっとした何かが手に触れた。うぉ、本当だ、耳が生えてる。
レポーターの女の子は、じっとこっちを見てくる。まぁ自分で触った感じ特に敏感な感じでもなかったので俺は頷くと、彼女は早速手を伸ばしてきた。
本来存在しない器官に、何かが触れる感触。特段くすぐったいというわけでもないけど、不思議な感覚である。
レポーターの彼女はちょっと恐る恐るという感じでこちらの耳を触れてから、カメラの方へ向き直り
「完全に猫の耳です! ユージンさんに猫耳が生えてしまいました! これは……凶悪では?」
何が?
てか、状況は異常だけどこの見た目自体は目新しさないよな。少なくとも男から女に変わったほどのインパクトはないし、そもそも結構前だけどこういう格好したことあるし。
「以前のファン感謝デーを思い出すっスね」
そう、あの時罰ゲームで俺は猫耳カチューシャと尻尾を付けている。まぁ尻尾は服の上からベルトみたいなもので着けただけだけど。なので
「新鮮味は特にないよなぁ」
そう口にすると、ミズホから反論が来た。
「カチューシャの猫耳と、生の猫耳じゃまるっきり別物でしょう。ほら今も、耳がぴくぴく動いて……ああもう!」
だから鼻を抑えるな。
てか、耳も勝手に動いているんだな。尻尾と違ってこっちは実害ないから、気にする必要はないと思うけど。あー、でも感情とか出ちゃうのかな? そうすると少し恥ずかしい気がする。
「でもまぁ、試合に影響でない変化で良かったっスね」
「だなー」
新たな器官が増えてそこにも感触があるので変な感じはするが、それだけだ。他の、元からある部分に関してはと特に違和感とかそういったものはない。視界も問題なしなので、試合で特に問題になる事はないだろう。そこは助かった。論理崩壊の効果時間は様々だけど、さすがに今から試合開始までの時間だと戻る可能性は低いので。
俺とレオの会話に、レポーターの女性も頷いている。
「その外見だと、私生活にも影響はほぼないですしね。耳位ならそれほど珍しくないですし」
だなー。もっと獣に近い外見とか魚みたいな外見の人間が普通に街歩いてくるくらいの世界だし、アキツ。多少目立つくらいはしても、耳と尻尾位なら視線を集めすぎるくらいはないだろう。
……ん?
いや、そうじゃねーよ! 俺が私生活を過ごすのはアキツじゃなくて日本の方だよ! こっちなら珍しくなくても日本で猫耳つけて歩き回ってたら目立つだろ、普通に!




