生えちゃった……
「んあーっ……」
揺れる車の中、倒したシートからゆっくりと体を起こして伸びをする。多分寝てたのは数十分程度だろうけど、大分スッキリした気がする。
「おはよ、ユージン」
前の席に座っているミズホがこちらを覗き込んできたので、おはようと言葉を返す。
「えっと、時間は」
「あとちょっとでつくっスよー」
「うわ、結構寝たな」
一時間くらい寝てたかもしれない。
今俺達は、試合会場への移動中である。シーズン初戦の試合だ。移動時間が結構あるので寝させてもらってたんだが、やっぱりちょいと疲れがたまってるのかな? 体が疲れてる感じはそんなにしないんだけど。
今週は向こうでの仕事を頑張ったので、まぁ内部的に疲れが溜まっているのは解らんでもないけど。でも昨日の夜はがっつり寝たんだけどなー。
軽くストレッチをしてから、荷物の中から携帯用の鏡を取り出して軽くチェック。寝ぐせ、ヨシ。涎、ナシ。OK。
今日初戦なのもあって現地ですでに地元局(試合場の現地ではなく、ウチの地元のカーマインの方だ)テレビクルーが待機しているそうなので、さすがにだらしない恰好でいるわけにはいかない。
化粧も特に問題なさそうだ。相変わらずの薄化粧だけど、今は自分できっちりしているので良し悪しもちゃんとわかるようになった。まぁ2年も経って覚えられないのは駄目すぎだしな。
しかしまぁなんというか……女として成長してしまっているなーとは思う。最初の頃はこんなの無理! と思ってたのも概ね慣れてしまった。今となっては事によっては2年前まで自分がどうしてたっけ? とか思い出すことがあるような状態だ。こうやってどんどん女であることが普通になっていくのかねぇ……今でも大分その感じだけど。
鏡をしまって、水分補給。そうして後は雑談しつつのんびり過ごしていると、目的地の施設が見えて来た。
今日はあそこで取材をざっと受けた後、現場に向けて出発する事になっている。シーズン初戦だしな。
前回のシーズンでフェアリスがAランクへと昇格し、代わりに落ちて来たのはエースが抜けて実力的にはかなり厳しいことになっているチームだったのもあり、今期ウチのチームは昇格の可能性がかなり高いとみられている。更にはビジュアル面や人気面ではフェアリスが抜けたB1ランクではウチのチームが圧倒的だそうで、いつもに輪をかけて話題に挙げられることが多いようだ。
特に地元テレビ局は熱の入れようが強く、シーズン開始直前の姿を撮影したいと今日は現地到着からずっと密着するとのことだった。
……非常に負けづらい。勿論負ける気はないんだけど、プレッシャーである。
やがて、車両がゆっくりと静止した。到着したようだ。窓の外を見たらすでにテレビクルーが待機していて、レポーターの女性がこっちに手を振っていた。
「それじゃ、行きましょうか」
ミズホの声を合図に、俺たちはそれぞれ自分の荷物を取って立ち上がる。小型のバスの中で俺は最後尾の所で寝ていたので、メンバーの中で一番最後にバスから降りると、すでにそこでは撮影が始まっていた。
「本日も、よろしくお願いします!」
まだ若い、多分俺より年下であろうレポーターが元気よく挨拶をしてくる、"も"なのは、昨日も取材があったためだ。ようするにすでに顔合わせ済みなので、こっちもよろしくーと返して歩き出すと、クルーの皆さんもこちらに合わせる形で移動し始めた。
小市民の俺ではあるが、さすがにもう慣れたものだ。いろいろ掛けられてくる質問に答えつつ、ぞろぞろと駐車場を移動していく。
後はこのまま施設内の控室へ移動、試合用のコスチュームに着替えた後に改めて取材を受けて終わりだ。本来は彼らは試合会場まで着いてきたかったらしいが、今回は論理崩壊の発生確率が高くなっているため、テレビクルーどころかチーム関係者ですらかなり離れた位置に待機することになる。我々精霊使いもいつものように会場に行ってから起動するのではなく、大分手前で起動した上で徒歩移動だ。精霊機装を起動して操縦室がコクーンに包まれれば、その中で論理崩壊が自然発生する事はなくなるからな。
というわけで、密着取材といいつつ密着されるのは短めだ。本当は試合会場迄も密着したかったらしいけど、これは試合前の負担になるということでチームの方が断ってくれていた。
ずっとカメラ向けられていると絶対にのんびりできないので、非常に助かる。こうやって試合会場まできてしまえばそこまで気を抜くことはないから大丈夫だし。
そんなことを考えつつ、なんとはなしにちらりとカメラを見た時だった。
突然──そう、本当に突然だ。ちょうど俺の方を向いていたカメラが、急に大きくそのレンズの向き先を横に振った。まるで俺から慌てて目を逸らすように。
ここ2年でさんざんカメラに映されてきたが、こんなカメラの動かし方これまで見たことがない。なんかとんでもないものでも見つけたかと思ってカメラの向いた先を視線で追ったが、特に何もなかった。
一体何が? と思ったら、今後はレポーターの女性が悲鳴に近い声を俺に向けた。
「ユージンさん、後ろ! 後ろ!」
後ろ?
何事かと思い、体を捻って後ろを見ようとしたら更に焦った声で、再びレポーターさんが声を上げる。
「後ろ向いちゃダメー!」
いやどっちだよ!
矛盾した言葉を叫ぶレポーターに困惑しながら視線を戻すと、今度は驚いた顔で俺の頭上を見るミズホと、やはり慌てた様子で下を指すレオが目に入った。
下?
「ユージンさん、スカート、スカート不味いっす!」
スカート?
レオに言われて、俺は視線を落とし自分のスカートを確認する。
別になんともな……
「っ!」
気づいた瞬間、俺は慌ててスカートを抑えようと下に引っ張った。
前の方は正常のまま、なのになぜかスカートの後ろの方が誰かに持ち上げられているように浮き上がっていたのだ。なので両サイドを掴んで下に下げようとする。なのに
「なんでっ!?」
何かに引っかかって、スカートが下がってくれない。一度顔を上げればこちらを見る周囲の視線。……よくよく考えたら俺は最後尾にいたので前の連中からは何も見えていないんだが、スカートが捲れているという状態に俺はパニクってしまい、反射的に俺は地面に腰を落としてしまっていた。ペタンとアスファルトの冷たい感触が太腿や尻に感じられるが、そんな事気にしていられないと後ろに手をつくようにしてスカートを抑え込む。それでなんとか捲れあがった状態は解消された……ただなぜか真後ろ辺りが少し持ち上がったままだが。
ほんと、なんなんだよ……そう思いながらも、安堵のため息を吐く。
少し落ち着いた頭で考えると、最初に反応したカメラマンさんは優秀だったな。結果としては大丈夫だったといはいえ、俺がもし体を捻って後ろを向いてしまっていたら、俺は公共電波(今のこれは生放送だ)にスカートの中身を大公開してしまうところだった。
しかしなんで、スカートが持ち上がったんだ? と思ったところで、俺は二つの感覚に気づく。頭上と、腰のちょっとしたの辺り。何かの感覚がある……というか、自分の意思で動く何かがある? え、何それ?
とりあえず手を伸ばして頭を触ると、なんかもふもふした感触のものが手に触れた。さらにスカートの上から盛り上がった場所を抑え込むように触れると、スカートの下に明らかに何かがある。というか、触れた先の何かにも、"触れられた"という感覚のフィードバックがあった。
──なにこれ?




