良い方の話
アイリは食欲旺盛だ。育ち盛り? だから当然なのかもしれないが。
そうして幸せそうに、誰よりも早く出て来た料理を平らげたアイリは、今度はうとうとし始めた。おなかが膨れたら今度はお眠らしい。俺の体にもたれかかってうつらうつらしていたので、だったらと同じ長椅子に座っていた職員さんにちょっと移動してもらって、横にならせた。
その頃には俺も自分の分の料理はほぼ食べ終わっていたのと、眠そうにしながらも俺のお腹の辺りに頭を摺り寄せて来たので、アイリの頭は俺の太腿の上。今彼女は俺の足を枕にして、幸せそうな顔で眠っている。店の中だからそんなに長々と寝させてはあげられないが、俺らも食後は少しのんびりするつもりだし、ちょっとだけならいいだろう。それで起きなければ俺かあるいはレオが背負って事務所まで連れて帰ればいい話だ。たいして距離もないしな。
俺を除いた女性陣はまだ食事中なので、俺はすやすやと眠るアイリの頭を軽くなでながら待つ事にする。
「ユージンもそんな顔するようになったのねぇ」
満足そうな顔で眠るぷくぷくしたほっぺをつっつきたいなーとか思いつつアイリの姿を眺めていると、正面のミズホからそんな声が掛かった。
俺はその声に顔を上げると、ミズホがニマニマした顔でこっちを見ていた。
「なんだよ、その顔?」
「いやぁ、いい顔するようになったなぁと思って」
「どんな顔だよ?」
「母性にあふれた顔」
……。
「いや、せめて父性にしろよ」
母性云々は置いておいて、そういった類の顔をしていただろうなーという気はしてしまったのでそこだけ訂正したら「はいはい」と軽く流された。むぅ。
そんな俺達の様子をオムライスを口に運びながらみていたサヤカは、複雑そうな表情をして言う。
「ううーん……なんだろう、可愛らしく感じるのと、娘が成長してしまったようなちょっとだけ残念な感覚を同時に感じて微妙な気持ちが……」
「いや娘はや……めろや」
思えず声を荒げてサヤカに突っ込もうとしてアイリが寝ていることに気づき、俺は慌てて声を抑える。
……サヤカが俺の事を年下扱いして来たり、姪っ子とかにするような対応をしてくるのは今更の事だが、さすがに娘扱いはやめて欲しい。俺の方がずっと年上なのである。
というかこんなセリフをまた誰かに聞かれたら、また俺の属性が増える。もうこれ以上はいらない……いやそもそも一つとして欲しかったものはないけどな!?
下手にこの辺を聞きつけた例の企画担当が商品名に「ユージンちゃんのパパへのお弁当」とかつけようとしたら……なんてことを思いついてしまい、めっちゃあれな気分になる。
これまでいろんな事言われて来たけど、娘は一番つらいんよ……これでも25歳、もうすぐ26歳になる成人男性なんよ……
うん、これ以上深く考えるのはやめよう。この話は忘れた。忘れた!
「そういや、残りの二つの話そろそろ聞いていいか?」
一番遅かったミズホもそろそろ食事を終えそうな感じだったので、俺はそう口にする。うん、話題転換のためだよ。とっとと別の話題にいってこの件は忘れたいので。
「そうね、そろそろ話しましょうか」
最後の一口を口にして、紙ナプキンで口元を拭ったミズホがそう口を開く。
「で、ちょっとだけいい話と悪い話、どっちからがいい?」
「どっちからでもいいけど……んじゃいい話からで」
「おっけ。それじゃいい話からだけど……先日の一件を引き起こした黒幕の本拠が割れたわ」
「マジで? 犯人が捕まったのか?」
俺の問いに、だがミズホは首を振る。
「残念ながらもぬけの殻だったそうよ。ただ黒幕の波長パターンは特定できたから、論理崩壊の前兆を検知するシステムの流用で、再びこの世界に現れる兆候がみられたら発見できるみたい」
「この世界に、って事は」
俺の言葉に、サヤカがミズホの説明を引き継いで答えを口にする。
「黒幕は世界を渡る力のある能力者だそうだ。詳細は発表されていないが、その手法を特定したらしい。現状ではアキツにいないことも確定している」
「成程……」
「なので、次に黒幕がこちらの世界に渡って来た時が勝負の時のようだ。論理解析局はその時の為の体制に入るらしい」
「……そう考えると、いつそれが起きるのかわからないのがきついな」
俺がそう口にすると、職員さんが眉尻を下げた表情で頷いた。そして俺の太腿の上で幸せそうな顔で寝ているアイリに視線を一度向けてから、口を開く。
「それに伴い、アイリちゃんを含めここ最近の彷徨い人の行動可能範囲が少々狭まる事になります」
「それはどうしてですか?」
「転移を起こすためのポイントにされる可能性があるためです。最近の彷徨い人は恐らく黒幕によって送り込まれた可能性が高い。そうなると、こちらの世界にやってくる前に元の世界で黒幕と接触しているということです。その際に何かしら仕込まれている可能性がある」
「それを検出する事はできないのですか?」
「一応検出して問題ないだろうという結果が出ています。ただ異世界の技術を使われていた場合、100%検出できるかどうかは……」
確かに。
この世界と異なる世界達の中には、アキツでは常識的に考えてありえないような事でも普通に存在している事がある。そんな技術によってもたらされたものすべてを検出できているかといえばそれは無理だろう。
「幸いというか、如何なる技術があったとしても転移の時に生じる変化に関しては、解析局の方で確実に検知できます。なので彷徨い人の方々にはしばらく検知した時に早急に対応できる場所にいて頂く必要があるのです」
そういって、彼女は再びアイリに視線を向け
「なので、しばらくはアイリちゃんがユージンさんに会いに来れる回数は少なくなります。事務所とかならいいんですが、試合の為に現地移動しているときとかは無理ですからね。……ちょっと不謹慎な事をいいますが、正直な所どうせ起こるなら早く起きてしまって欲しいです。勿論起きないのが一番なのですが」
そんな彼女の言葉に俺は頷いた。
アイリだけの話だけでもなく、論理解析局の職員たちや俺達精霊使い関係の人間にとってもそれは同様だろう。いつ起こるかわからないものに対してずっと体制を整え続けるのは大変だからだ。
「まぁさすがにだからってユージンの方から会いに行くのは無理だろうけど、その分オンラインで話してあげればいいわよ。チームの方でもそのための撮影機材用意するっていってたし」
「そうだな……そうだな?」
ミズホの言葉に思わずうなずいてしまったが、あれ、ちょっと待って? ということはこれまでアイリと一緒にいた時間と同じくらいの間、俺撮影され続けるってこと? こないだの精霊機装の中を撮影された時みたいに?
……落ち着かねぇ。アイリに見られている事自体は気にならないけど、小心者の俺はカメラを向けられているだけでそれが気になっちゃうし……あと、見るのアイリだけだよな? そうだよな?
むう……でもこれだけ懐いてくれるアイリの事を考えると拒否しづらい、仕方ないか。録画だけはしないようにきつく言い含めるだけにしておこう。
「とまぁ、ここまでいい話ね」
「いい話か? 最後まで聞いてから考えると、どう考えてもよくない話じゃなかったか?」
「少なくともこれまでいろいろふわふわしてきたものに対して、解決への道筋が見えて来たならいい事でしょ?」
「そりゃまぁ、そうか……」
ゴールが見えないトンネルが、ゴールが見えるトンネルに変わった事を考えればいい話の部類には入るのだろう。その結果生み出された副産物が良くないことなだけで。




