帰投とトラブル
〇有人視点
「ふぁぁ……」
全身を包む緩やかな揺れに身をゆだねていると、口から大きな欠伸が漏れた。
うう、眠い。思ったより時間も力も使っちゃったからなぁ……戦闘が終了して気が抜けた後あたりからどんどん眠気が強くなっている。さすがにこの状態のまま出勤はつらすぎるな。
『もう少しで合流できるし、後は車の中で少し寝なさいなユージン』
「うん……」
割ともう頭が働いてないので、通信機から聞こえたミズホの言葉に無抵抗にこくりと頷く。
本当なら今すぐ寝てしまいたいが、操作方法の都合上当然精霊機装にオートパイロット機能は存在していない。ちゃんと起きて歩かせることを意識だけはしていないといけない。
ミズホの言う通り、合流して機体をトランスポーターに乗せたら車の中で仮眠をとらせてもらおう。寝られるのは一時間とちょっとくらいだろうけど、それだけでも寝るのと寝ないのでは全然違うだろう。
家に帰ってからだとシャワーとか浴びる時間も考えたら殆ど時間の余裕がないし、何より一度寝てしまったら起きれる自信がない。こっちなら起こしてもらえるからね。
あー、それにしても本当に眠い。精霊機装に乗る前に眠気覚ましにとお茶を結構飲んだけど、もう完全に効いていない感じだ。
とりあえず取れる範囲で仮眠して、あとは眠気覚まし系のドリンク剤を出勤途中で買って飲んでおけば……まぁ一日くらい持つだろ。んで定時過ぎたら今日は速攻で帰って爆睡しようそうしよう。
『あ、見えてきたっスよ』
レオの言葉に視線を上げると、モニターの向こう側に何台もの車両が止まっているのが見えた。エルネストのチーム車両だ。
『お疲れさま、お帰りなさい』
向こうもこちらを認識したらしく、通信機からナナオさんの声が聞こえる。
ふう、これでもう到着か。後は機体をトランスポーターに寝かせれば寝られる。転送施設までダイレクトに送ってもらえるかな? 無理そうだったら一回チーム本拠で車乗り換えないとなー……あ、でもその前にトイレだけ行っとこう。
眠気覚ましに飲んだお茶の影響か、そろそろなんというかもよおして来ているんだよな。我慢できない程では勿論ないけど、機体の振動で微妙に促進されている気がする。ま、もう合流だし問題ないけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
合流による安堵。機体をトランスポーターに格納し、タマモの融合を解除していざ機体から降りようとした時、トラブルは起きた。
「え、ちょっと、なんで?」
コンソールを操作しても、目の前のハッチが開かなかったのだ。何かしら作動しているような音は聞こえるんだけど、開かない。
「待て待て待て」
再び同じ操作を繰り返すが、やはり開かない。
『ユージン、どうしたの?』
「ハッチが開かないんです。外部から操作して貰っていいですか? ロックはすでに解除してるんで」
『解ったわ』
通信機の向こう側で、チームスタッフに指示を出すナナオさんの声が聞こえる。それから待つことしばし。再び通信機から声が聞こえた。
『……外部から操作しても開かないみたい。今原因調査しているから、申し訳ないんだけどもう少し待ってもらえる?』
「え……」
開かない? ハッチが? あ……
「もしかして、トリモチまだついてます?」
『ついてはいるけど、開閉部の部分は大丈夫みたいよ』
だよな、さすがにあのままだと開かないと思ってわざわざサヤカに魔術の刀を小型化して(ある程度の範囲でサイズは可変させられるらしい)開閉部部分のトリモチは削って貰ったんだ。でもじゃあなんで……?
とりあえず今の俺に出来る事はない。外でなんかしている以上、下手に操作する訳にもいかないし。
『なんなら少し寝ててもらっていいわよ、開いたら起こすから』
「あ、はい」
確かに、この中で出来る事がない以上それくらいしかできないんだと思うけど。このまま寝て大丈夫かと思うと不安があるんだよな……
とりあえず俺は体をシートに固定していたベルトを外すと、背もたれを倒す。で、それに体を委ね──ようとしたんだけど、結局横たわらずに体を起こした。横になったら確実に寝てしまう気がしたので。
いや、寝るべきなのはわかってるんだけど……すぐにトイレに行けないとわかると、なんか猶更近いような感じがしてきて……俺は健康体だし、さすがに問題はないハズなんだけど、一抹の不安が残る。
あの、なんというか思い出したくない記憶ではあるんだが、スタンピードの時一回やらかしてから、ほんと少しでももよおしたらトイレに行くようにしたのもあって、こんな状態で眠りについたことなんて全くないんだけど。
まだ限界近いわけじゃないし、これから何時間も寝る事にはならないだろうから問題はないハズではあるんだけどなぁ……うう。
結局考えた結果、起きたまま待つ事にした。このままだと安眠できないのは確実だろうし、というかろくでもない夢を見そうだし。
ひじ掛け部分に座ってこちらを見上げたタマモを抱き上げ、膝の上におろす。電子生命体というファンタジーだかSFだかな存在なのにちゃんとあったかいんだよな。
うん、大丈夫だ。寝るのは不安だけど、起きてれば我慢が厳しいというレベルでもない。10分や20分そこらなら問題ないだろう。敵は眠気だけだ。
『ユージン』
「あ、はい」
眠気とをごまかすためにタマモをちょこちょこと構いつつ待っていると、再び通信機からナナオさんの声が流れた。
『開かない理由がわかったわ。トリモチ? がどうも隙間にまで入っちゃっていたらしくて。ただ稼働中は霊力に守られて大丈夫だったっぽいんだけど、動かしたときにその入り込んでいた奴を巻き込んじゃったらしくて。そのせいでうまく作動しなくなってるらしいの』
あー……先に点検してもらっとけばそれほど問題なく解決できたハズの奴ー。寝たい気持ちが強くてとっとと出ようとしたの失敗だったな。融合掛けたまま開けば問題なかったわけだし。
ただ原因が分かったなら、これで一安心だな。俺は安堵のため息を吐く。
「了解しました。それでどれくらいで開けそうですか?」
『今スタッフが工具用意しているけど、大体一時間くらいで何とかなるそうよ。機材がそろっているドッグならもう少し早く済むらしいんだけどね。だから中で寝て待ってて頂戴な』
「え?」
え?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
●三人称視点
結局、操縦席に閉じ込められたユージンが救助されたのは一時間とちょっと経ってからだった。
操縦席から出てきた後、トイレと一言だけしゃべって、その後は無言で思いっきり内股になりながらよたよたとトイレ付の車両に向かっていったユージンの背中を見送りながら、ミズホがぼそりと呟いた。少し恍惚としているようにも見える瞳で。
「ねぇサヤカ」
「なんだ?」
「アタシちょっと新しい性癖に目覚めそう……」
「安心しろ──私もだ」
「いやあんたらちょっと自重してくださいっス」
小さくなっていくユージンを見つめつつ語り合う女性陣二人に、レオはあきれた感じのジト目を送った。
「さすがにそれは鬼畜の所業っすよ」
「いや違うのよ」
「何がっスか」
「別に漏らさせたいとかいう話じゃなくて! というかそこまで行ってないからこそなのよ!」
「はぁ」
「だってレオも見たでしょう? 思いっきり内股になってプルプル震えて。顔を赤くして涙目になって……あんな姿を見たらもう……目覚めるでしょう!?」
「まもってやりたいというか、甘やかしてやりたくなるよな。わかるだろ?」
「わからないっス」
レオは女性同士の絡みは狂おしいほど好きだが、単体ではあまり興味がないので。特に今は普通にそういった興味を向ける相手は別にいるので猶更だ。
レオはため息を吐くと、二人に向けて言った。
「とりあえず、その話は当人の前で言わない方がいいと思うっスよ」
あの外見でもユージンは自分達の中では最年長なので、そんな事言われたら当人ドン引きするだろうし、何より沈みそうなので。
「そんなのあたりまえでしょう?」
「当然のことだな」
その回答を聞いたので、レオは口をこれ以上出すのはやめた。自分自身性癖を開放している部分もあるので。
ちなみにユージンはなんとかセーフだったらしく、帰りの車の中ではすやすやと安らかな寝息を立てていたようだ。




