エニシング・エレメンタラーズ
そんな話を事務所でしてから一週間後の土曜。
「何故こんなことに……」
「まーだ言ってる。別に初めてじゃないでしょうに」
「そうだけどさ……突然すぎるだろ」
目の前にある大きな鏡越しに、俺の背後で先程から長い黒髪を梳かし整えているミズホに対してそう言葉を返す。
「あ、その不満そうな顔も可愛い。ほっぺた膨らましてみて、ほっぺた。ぷくーって」
「アホは黙っててもらえますぅー?」
「あ、そのジト目もいい」
「……いいっスね、うん実にいい」
無敵かよ。どんな表情向けても喜ばれるのどうしようもない気がするんだが?
結論から言うと相手にしないか適当にあしらうのがベストな応対になるんだよな……俺の精神的に。
後レオは見ててもいいけどせめて口には出さないでもらえるか。だいたいお前その感想、ミズホの感想に同意するものじゃなくて、ミズホが俺に対してしている行動に対してだろ。
小さくため息を吐きつつ、髪の毛に関しては彼女に委ねたままにして鏡に映ってる自分の姿を見る。
この姿になって2週間。相変わらず自分の姿としては違和感をかなり感じるが、それでも少しずつ慣れつつある少女としての姿。恰好はこっちに来るときに来ていた先週と同じようなデニムパンツとシャツの組み合わせでも、こっちの世界に置いてあるトレーニング用のウェアや着替え用の服でもなく、ミズホによって急遽用立てられていた今の姿には確かによく似合っている少女向けの服だ。ファンの前にその姿をさらすんだからちゃんとしないと、そういわれて半ば強引に着せられた服。
今俺……というかエルネストの3人はアキツのネット放送局の控室にいた。
事の始まりは、事務所のいつもの部屋で待っていたナナオさんがいつも通りの時間に顔を出した俺にした話だった。
「番組出演?」
「そ、エニシング・エレメンタラーズよ」
知っている。というか見たこともあるし、出演したこともある。
精霊機装はこの世界最大のエンターテイメントだ。その試合はTVやネット放送局で放映されているし、試合中継以外にもダイジェストを放映したり精霊使いに関する様々な情報を発信する番組が存在する。エニシング・エレメンタラーズはその中でも特に幅広く情報発信を行っている番組だ。
通常の番組は基本的にはトップリーグ──SAランクリーグに関する情報発信が殆どで、それにプラスしてBランクの(能力面なり人気面なりで)有望株を紹介する程度で俺達が所属するCランクリーグには見向きもしないが、エニシング・エレメンタラーズは幅広い情報発信を謳っている番組でCランクのチーム情報まで網羅してさまざまな情報を発信する。なのでメディア露出の少ないCランクリーグ所属のチームのファンや、未来の一流プレイヤーやアイドル的な精霊使いを早めに見つけようとしている一部のファンには人気の高い番組だ。
俺、というかエルネストとしても過去に2度ほど……C2とC1へそれぞれ昇格した時に昇格チームの紹介として番組出演をしている。だが、
「この時期にチーム単位での番組出演……?」
今は前期と後期の中断期間、この時期にエニシングの番組出演するのは以前の我々のように上のリーグに昇格したチームや、上期のリーグ戦で目立った戦績を残したチームや選手なのが通例だ。昇格チームでもなく前期も(不戦敗があったとはいえ)10チーム中同率4位という微妙な順位に位置するウチのチームが何故……って、もしかして……
一つの可能性に気づき、俺はナナオさんに聞いた。
「ナナオさん……もしかして、俺ですか?」
俺の言葉にナナオさんは頷く。
マジか……もう情報がそっち方面に流れてるのか……
「そりゃこんな超絶美少女な精霊使いが現れたら、メディアはほっておかないわよねー」
横にいるミズホが戯言を言い出した。確かに今の俺の外見は愛らしい物になっているとは思うが、超が付くほどのものではない。何より中身が滲みだしている気がする。そもそも番組が求めているのは美少女ではなく外見(というか性別も)が変わったという特異性だろう。なので肘で彼女の脇腹を小突き、
「超美少女ではないだろ。……てか、お前がリークしたんじゃないだろうな」
ニコニコ俺の事を見ているミズホに対して半眼でそう言ってやると、彼女は心外だと首を振る。
「本当なら自分で独り占めしたいんだもの、そんな事するわけないじゃない」
「だとするとレオ……がするわけないな」
「当然っスよ。勝手にチームメイトの個人情報流したりはしないっス」
レオは外見は割と軽そうだが、根は真面目な所があるし口も軽くないのでそんな余計な事はしないだろう。それにコイツが見たいのは俺とミズホのいちゃつきだ(俺に関してはそんなつもりは毛頭ないが、コイツにはそう見えているらしい)。なのでそっち方面から考えてもリークする意味がない。
そんな俺達のやり取りを見ながら、ナナオさんが顎に手を当てて言う。
「まぁ普通に精霊機装協会のデータベースの更新から気づいたか、或いは協会側から番組の方に状況提供があったのかしらね」
「後者じゃないかしら? 連絡を取って来た番組スタッフ、ユージンの外見が変わった理由知ってたのよね?」
ミズホの問いに、ナナオさんは頷く。
「データベースから気づいて協会に問い合わせたのかもしれないけどね。理由は別に隠さないでいいって伝えてあるし」
先日事務処理に行ったときに、その辺りは公開情報で問題ないと伝えてある。じゃないと俺の姿が全く別物に変わっている説明がつかないし、解析局からもその情報に関して秘匿して欲しいという要請はされていない。なのでいずれ知れ渡ることは間違いなかったのだが……早すぎですよ、心の準備ができていない。
そんな気持ちが顔にでていたのだろう、ナナオさんは苦笑いをして
「まぁ申し訳ないけどさ、お願いするわユージン。一応週末しか無理だって返したらそれでもかまわないって言われちゃってさ」
「……分かってますよ」
先に言った通り精霊機装はエンターテイメントだ、チーム事情としてもスポンサーやファン獲得の事を考えればメディア露出は多いに越したことはない。それに明確な理由なく出演拒否して放送局との関係を悪化させるのも下位リーグ所属チームとしては望ましくないだろう。エニシングはあくまで精霊機装の情報発信が主体で悪ふざけするような番組でもないし、過去に出演経験もある番組だ。特異な状態になった以上ある程度注目を集めるのは仕方ないんだ、精霊使いをこれからも続けていくのであれば通らなければいけない道である。だから覚悟を決めて、俺はナナオさんに聞いた。
「それで、その収録はいつ何ですか」
「今日」
「今日!?」
……そこから先はジェットコースターのようだった。ミズホが準備していた服に着替えさせられ、ほんの少しだけメイクをされて、車に乗せられて、気が付いたら放送局の控室の中だ。
「急展開すぎんだろ……」
「番組的にも放送日時を考えるとギリギリらしいっスからね。仕方ないっスよ」
なんか控室まで案内してくれたスタッフも、その辺申し訳ないって頭下げてたしなぁ。
展開が早すぎたせいで何を喋るかもまとまっていない。というか、今日聞かれるのがどんな内容なのかがわからない。普段なら大体次のシーズンへの抱負とか前シーズンへの感想を聞かれるから事前に考えていたことを答えるだけだが、どう答えればいいかマジで困る……
「肩に力入ってる。少し緊張してる?別に初めてでもないでしょうし」
髪を梳かす手を止めたミズホがそう言って俺の肩をポンポンと叩いてくる。
「これまでと状況が違うからなぁ。お前みたいにメディア慣れしているわけでもないし」
ミズホはその美貌やモデルという副業もあり、それなりにメディア露出は多い。
「……フォロー頼むぜ、二人とも」
「はいはい」
「了解っス!」
そんなやりとりをしていたら、ドアをノックする音と共に声が響いた。
「チームエルネストの皆さん、お待たせしました。お願いします!」
おかげさまでブクマ50,総合評価200になりました。ありがとうございます。
歩みの遅い作品ではございますが、よろしければこれからもよろしくお願いいたします。




