属性過多
ドストレートなサヤカさんのせいで顔を上げるタイミングを見失い下を俯いていると、「うっ」といううめき声が耳に届いた。今この部屋にいる生物学的には唯一の男の声。レオだった。
ミズホあたりに厳しいところをつつかれたわけでもないのに、レオがそういった声を上げるのは珍しい。とっさに顔を上げてそちらを見ると、レオがスマホの画面を見てしかめっ面になっていた。
「どうした?」
ぶっちゃけ今回の俺の件に関する記事で今更そんな反応は出ないと思うが……
「過激なユージンのエッチなイラストはさすがに通報対象よ?」
「やめろ。想像すると吐きそうになるからやめろ」
マジで自分の……ヌード程度じゃすまない過激なエロイラストとか死んでも見たくないし、想像するだけで吐きそうになる。
幸いなことにというか何というか、ミズホの言葉にレオは首を振った。違うらしい。ま、俺のに限らず生モノのそういうイラストは割と嫌悪されるからな、少なくとも目に付くところにはそうそう流れないはず。──アンダーグラウンドな場所に関しては考えない。
でもだとしたら一体?
疑問の目を向ける俺にレオは一度視線を向けて、それからスマホに視線を戻し、一つ嘆息してから口を開いた。
「……まさか俺の方まで飛び火してくるとは思わなかったっス」
「レオに飛び火?」
なんでだ? と思う。今回レオはあの現場にはいなかったし、話題にはなりにしろ別に犯罪行為とかしてたわけではないからチームに言いがかりをつけられるはずもない。
理由がわからず頭の上に疑問符を浮かべていると、別のところから答えが来た。
「ああ──もしかしてこれを見たのか?」
そういってサヤカが自分のスマホの画面をレオに向けると、レオは苦虫を嚙み潰したような顔で頷いた。
「え、何々?」
「これだ」
身を乗り出すミズホの声に、サヤカが今度は俺たちに見えるようにスマホの画面を向ける。
そこには、いくつかの名前が並んでいた。レオにヴォルクさん、パストロさんにフレイさん……他にも見知った精霊使いの名前が何人か。それぞれの名前の横には1位、2位と順位を表す表示がある。
なんだこれ、精霊使いのなんかのランキングか? でもいくつかこっちの俳優の名前があるな。
「これ何のランキング?」
当然同じ疑問を得たであろうミズホが聞くと、サヤカは表情一つ変えずに答えた。
「『ユージンちゃんの旦那は誰だ! ランキング☆』だ」
「ゴホッ! ゴホッ!」
飲み物を飲んでいたわけでもないのに何かが気管に詰まった感じがして咽た。
なんだよ、さっきのに輪をかけてその意味がわからないランキングは!?
「あー、このブログよくランキング企画やってるわね。んで、レオが1位かー。ま、一番身近な男だもんねぇ。その他にも知り合いの精霊使いと……精霊使い以外だとCMや番組で共演した人かー」
……あー、見知らぬ名前が何人かいると思ったけどそっち方面か。CMはともかく番組で同じスタジオにいただけの相手なんてぱっと出てこないよ。
「む……」
「あらどしたのサヤカ?」
「いや、レオが入っているのに私やミズホが入っていないのはおかしいな、と」
「ああ、成程」
「成程、じゃないが!? お前らが入ってたらおかしいだろ! いやこのランキングそのものがおかしいんだけど!」
嫁ならともかく、旦那ということなら完全な女性である二人が入るわけない。そう思い即座に突っ込んだ俺に、だがミズホは笑って言う。
「やだ、ユージン。完全にネタのランキングなんだから、逆にめちゃめちゃ仲良くしてるアタシ達が入ったっておかしくないじゃない」
「へ、ネタ?」
「ま、どう見てもネタっスね。ユージンさんが女の子になって2年経ってないのに、こんな大きい子供産んでるわけないのは誰にだって分かる事っスし、……まぁ元から女の子派閥は別っスけど」
「ああ……そりゃそうだな」
そうだな、ちょっと熱くなりすぎた。日本側のネットだって、"ありえない事"をネタにしているのはよくあることだ。とはいえ俺含めここに名前出せてる人間は全員いい迷惑だとは思うが。次顔合わせたときの反応がちょっと困る。向こうがこの記事見ていないことを祈ろう。
後、実際はアイリが卵から孵ってからまだ一か月もたってないんだよな。これがばれたら、このネタまた再燃するんじゃ──いや、それ以前に俺が卵を産んだと──
怖くなってきたのでこれ以上考えるのをやめよう。夢に見そうだ……
「ネタといえば人物でないのもあるわね」
「人物でもないのってなんだよ?」
「『処女受胎』」
「なんと、ユージンは聖母だったか」
「おいやめろ」
これ以上人に妙な属性を増やすんじゃない。
「というかあれっスね。このランキング見てて思ったんすけど、ユージンさん人気が高いのってこの辺もあるんじゃないっスかね」
「え、処女受胎してるから?」
「してないが!?」
「いえ、そうじゃなくて。……男の影がないっスからね」
「へ?」
レオが言った言葉の意味がわらかず呆ける俺の横で、ミズホとサヤカがあーと頷く。
「確かにねー。ユージンこっちだと大抵アタシかサヤカと一緒だし、あまり他の人と交流しないから、男性と会話してる姿なんてほとんどレオ位しかみられてないんじゃない?」
んなことないだろ。ヴォルクさんとかフレイさんとかアズリエルの二人とかはたまに話してるぞ。後チームスタッフとか。
「成程な。外見上可愛らしく、TS美少女というレアな存在であり、男の影もない。それもあって偶像的な人気があるということかな」
「っスね」
サヤカの言葉にレオが頷く。
「偶像かぁ……アイドルって事よね。ということはレオはアイドルに初めてみえた男の影ってことになるのかしら♪」
冗談めかして茶化すようにいうミズホの言葉に、レオが再びしかめっ面に戻った。
「あら、うちのアイドルに対してご不満が?」
アイドル呼びやめろ。あと普通に男の姿で付き合いのあった俺の旦那扱いはそりゃ不満だろうよ。そう思っていたら、レオが首を振った。
「いや、そうじゃなくて彼女がっスね……」
あー。
そういやこいつ彼女持ちだったな。でもさすがにそれは考えすぎだろ。
「大丈夫だろ。さすがに俺相手で浮気を疑われる事は──」
「いや浮気は別に疑われないっス。そうじゃなくって……」
「へ? じゃあ何が心配なんだよ」
「百合の中に混ざるな、と」
……。
あー、うん。そういやこいつら似たものカップルだったね。でも浮気の心配よりそっちの心配が先なの? あとサヤカはなんでうんうん頷いているんだよ。
「それに我々の世界の日本には、『百合の間に挟まる男は死ね』という文化もあるしな」
ねえよ俺の祖国にそんな文化。ないよな? そういうのはネットの一部界隈のネタなんだから国の文化扱いにするのはやめろ。
「それにしても、ユージンの属性もいよいよ大変なことになってきたわねぇ。今何があったっけ?」
「『TS美少女』『合法ロリ』『お姫様』『女神様』『ドジッ娘』『聖母』『ママ』『朱の君』あたりか?」
「誰がドジっ娘か」
それ以外は呼ばれる理由が(悲しい事に)わかってしまうのがアレだが。後さっきお前が言っただけの聖母混ぜんな、サヤカよ。
ちなみに『朱の君』はテレビ出演時のよく赤くなっていたためついた通称だ。これも否定しづらいな……
「次はどんな属性が増えるのかしらねぇ……」
「いや、これ以上増えてたまるか」
ケラケラ笑いながら言うミズホにジト目を送る俺は、当然この時は知る由もなかった。
割とすぐに新しい属性が自分に追加されることを──




