ユージンちゃんはランキング上位
なんとか大事にならないで済んだ。そんな風に考えた時間が俺にもありました。
「"エルネストのユージン嬢に隠し子発見か!?" ……だそうっスよ」
「あああああああああああああ」
エルネストの事務所のいつもの部屋にて。スマホの画面に表示された記事のタイトルを読み上げたレオの言葉に、俺はうめき声とともに頭を抱えて机の上へと突っ伏した。
──事の始まりは、スタッフからの報告だった。
曰く、
『あの……ユージンさんの事がまたネットで話題になってます』(目逸らし)
それで実際確認してみた結果が今のこの状況である。
「うわー……隠し撮りされてるわね、これ」
「マジかよ、あの時店内でスマホこっちに向けてる人間なんかいなかったはずなのに……」
「いや、これ店舗の外だぞ」
うげ……
話題の元はもちろん、昨日の喫茶店での一件だ。
あの時、間違いなく店内では撮影されてなかった。それに、もし撮影されていたとしたらその場で口止めをしていたはずだ。だが、こちらに向けられたカメラがなかったことで安心してしまったのがまずかったらしい。
見たくないので俺は画像・記事をみていないが確認したレオ達曰く、どうやら店を出て割とすぐのあたりで撮られたっぽい。おそらく俺たちが店を出た後すぐに後を追いかけて撮影されたのだろう。くそっ、腋が甘すぎた。
撮られている写真は俺とアイリが仲睦まじく手を繋いで歩いている姿だった。それが店内で起きた出来事の説明とともにSNSに投稿されたらしい。
──本来、俺たち精霊使いのプライベートは割と守られている。精霊使いの事務局が報道各社に隠し撮りやプライベートの過剰な追跡は禁じているためで、これを破った場合は精霊使い関連の諸々からはじき出されるから、少なくとも大手・中堅が俺たちを話題にして記事を書くことはあっても完全な捏造だったり隠し撮り写真を使うことはないわけだ。
だが、さすがに個人のSNS投稿までは防ぎきれない。
もちろん、忌避されるべき事なので元記事の投稿主は注意やバッシングを受けてすでに記事を削除済みだ。だが俺たちの世界側で言われる「消したら増える」はこのアキツでも適用される。……ネットに流出した写真はすでに複製されてあちこちで拡散され、さまざまな個人の情報ブログなどで記事にされてしまっているようだった。
もはやいろいろ手遅れである。
「うあああああぁぁぁぁぁ……」
呻く俺を横目にそれぞれスマホで情報を確認しているミズホ達が、記事タイトルを読み上げていく。
『美少女の娘はやっぱり美少女! 黒髪の幼女は母親似か?』
『実はユージンちゃんのTSは偽装だった? 元から女の子だった勢力が力を増し、TS性癖持ちは肩を落とす』
『精霊使いお嫁さんにしたいランキング上位のユージン嬢、まさかの隠し子疑惑に男性ファンは阿鼻叫喚』
「待て待て待て待て!」
あまりにも突っ込みどころだらけの記事タイトルに、俺は突っ伏した状態から跳ねるように飛び起きた。
「あ、蘇生したわね?」
死んでないが!?
いや、そんなことよりもだ!
「なんかおかしなキーワードが聞こえたんだが!?」
「具体的にはどれの事っスか?」
「言わなくてもわかんだろ! まず精霊使いお嫁さんにしたいランキングってなんだよ!?」
精霊使いの人気投票みたいなのがあるのは知ってるけど、そんなランキングは初耳だ。
「あー、なんかの出版社がやっていたネット投票だな」
「なんでそんなふざけた投票に俺までノミネートされてるんだよ!」
「しらんよ」
私に言われても……という顔でサヤカが答える。いや確かにそうだけども。そしてその替わりにと、今度はミズホが口を開いた。
「女性精霊使い全員投票対象になってたもの。Dランクのほぼ無名な子まで入ってたから、当然ユージンも入るわよ。女の子だもの」
「いや外見はそうだけども」
「ちなみにアタシはユージンに投票したわ」
「お前も投票してるんかい!」
「当時女性精霊使いの間でちょっと話題になってたわねー。別に選ばれたいわけでもないし、ユージンが可愛いのも認めるけど、さすがにユージンより下の順位だと女としてはなんともいえない気分になるって」
そりゃ中身が男の人間より下の順位になったらそうなるだろうよ。
別に俺は何も悪くないのに、なんだか申し訳ない気分になってしまう。おそらく話題性のせいだとは思うが。あと外見だけだとロリコンには選ばれそうだな……
「ちなみに投票理由っスけど『外見がクリティカル』『番組で料理が得意ってオーゼンセがいっていたので。幼な妻いいよね、ご飯作ってるところ後ろから眺めたい』『合法ロリだから』『毎日抱き枕にして寝たい』『元が男だからいろいろなエロい事も理解して受け入れてもらえそう』……どうしたんスかユージンさん、顔が青いっすよ?」
「理由は読まないでいい!」
聞きたかないわ、そんなもの! 後一番最後の奴は今後一生俺の事を見ないでほしい。寒気が走るどころではない。受け入れるどころか、俺は男にエロい事されるのはすべてお断りである。
「ちなみに実際の順位は聞きたいか? ユージン」
「──聞きたくない。というかもうこの件に関しては触れたくない」
これ以上聞いていると精神面が闇落ちしそうなので。なのでもう片方の話題に切り替える。
「……それで。もう一つの"元から女の子だった勢力"ってなんだよ」
「こっちは言葉の通りね。ユージンが元が男だったのは偽装で、本当は元から女の子だった説を支持する勢力よ」
「……ああ、そういうネタを言い張ってる勢力か」
これはまだ今の姿になって当初の頃流れてたらしい話である。まぁ、普通に考えれば男がいきなりまるっきり外見の違う女に代わることなんてないからな。ネタとしてそういう話がでるのはわかる。
そう思って先ほどのミズホと同じように嘆息した俺に、だが彼女は首を振った。
「確かに大半はネタで言っているだけだけれどね。──一部で本気で信じているのもいるって話よ?」
「はぁ? おかしいだろ、俺の情報は事務局から正式に公開されているんだぞ?」
「世の中にはねぇ……自分の考えに合わないことは"公式が隠し事をしてる"と証拠もなく信じ込む人間もいるのよ」
「マジかよ……」
確かにそういった連中はどこにでも少数だけどいるけどさぁ。
「特にユージンさんの場合今の姿になる前のメディア露出があまりないっスからね。俺たちみたいに付き合いがあれば前のユージンさんと今のユージンさんが間違いなく同一人物ってわかるっスけど、外見だけみれば明らかに別人っスし」
うぐぐ……元の俺が完全なモブ属性な上表に出たがる性格でもないから、ミズホ達の陰に隠れてひっそりとしていたことがこんな事に影響してくるなんて……思わず肩を落とし俯いてしまった俺の向こう側で、今度はサヤカがややあきれた調子で口を開いた。
「しかしなんでそんな疑問を持つんだろうな。意味がわからん」
「話題性が出るからじゃない?」
「私は前のユージンはよく知らないが、今のユージンだったらそんな事しなくても充分話題性が出るし人気者になってると思うがな。だってここまで可愛らしいんだぞ? 外見も言動も」
いやさすがに性別変換の話題性がなかったらここまで知名度上がってないですよ、サヤカさん。ロリコンへの人気は出てたと思うけどさ……
後俺がこういった状態になっているときにストレートにそういった言葉をぶつけてくるのはやめてほしい。顔が上げづらくなるので。




