誤解です!
まぁ母性とか父性とかの話はおいておいて。
俺がアイリに対して愛情的なものを感じ始めているのは間違いではないし、ある程度癒しを受けているのは事実だ。
どちらかというと子供向けというよりは、ペットとかそういうものに抱く感情の方が近いような気もしなくもないが。
初期のころの完全べったりな状況ではさすがに困惑が先に来てたけど、ある程度たってからのアイリは相変わらずべったりしたがるものの、ちゃんとこっちの状況を見て甘えてきてくれる。
そうなると、うん。可愛いよね。胸のあたりに頭こすりつけてぐりぐりしてきたり。あと身の回りに自分より背が低い子がほぼいないのもあって……うん。
手が空いてる時なら構ってあげたいと思うし、ちょっと疲れてるときにただぎゅっと抱きしめると体温の温かさもあり癒されるような感じがする。
ちなみにそのアイリだけど、今日はまだ会っていない。今日はスケジュールがこの時間までは本当にカツカツで、アイリがいても本当に構っている余裕がなかったからだ。しかも移動しまくってるから連れまわすのもあれだし。
かといって週末しか会う機会ないのに丸一日会わないのもあれなので、ちょうどこの後に合流することになってる。さっきも言った通りこの後の撮影は同じスタジオだからこれ以上は移動の必要もないし、幸いなことにというか何というか実は論理解析局の事務所とも近い。だから遅い時間にはなるけれどもこの時間まではアイリには事務所の方にいてもらって、こちらの撮影がちょうど切れたところでいつもの職員のお姉さんが連れてきてくれる予定になっていた。
撮影が予定より早めに終わったんでまだ来てないけど。
「そろそろアイリちゃんくる頃かしらね?」
ミズホの言葉に店内の時計に目を向けると、ちょうどアイリの合流時間の5分前だった。
アイリの面倒を見てくれている例の職員さんはかなりきっちりした人なので、たぶんほぼ時間通りに来るはずだ。それまでは、と。
「むぐ」
アイス溶けるし、とりあえずパフェ食べちゃおう。正面のミズホと(あとたぶん隣のサヤカも)がニヨニヨとこっちを見てくるがムシムシ。いつものこといつものこと。
あー、おいしー。本当に美味いなここのパフェ。ミズホ達も食べればいいのにと本当に思う。
やっぱりカロリーとか気にしてんのかな? 女性陣としてはそういうところは気になるところなのだろうか。ミズホはモデルでもあるし、サヤカだってこっちの世界に来てからは俺とミズホの巻き添えに近い形で最初っからモデル的な活動してるしなー。体型気にしちゃうかー。
「……なに? じっと見てきて」
「いや、何も」
もぐもぐ。
ミズホとかさすがというかスタイル抜群だしなー。いろいろ努力してるんだろうか。でも俺が夕飯作った時とかわりとがっつり食べてるけど。
男としてはもっと肉ついてても全然オッケーだと思うけど、やっぱりモデルとなるとベストのスタイルってあるのかね。
俺は全く気にしてないけどな! 自分の体は(そもそも小柄なのもあるが)全然細いほうだと思うし、ちゃんと運動してるし、そもそも太りにくい体質な感じがあるし。むしろ、もうちょっと肉ついてもいいんだけどなー。できれば縦方向に伸びてくれるととてもうれしい。無理そうだけど。
撮影的にダメそうな成長を遂げそうなときとか外見に対して問題がありそうなことがあれば、ミズホが注意してくれるだろうしな。ま、スキンケアとかはともかくとして食生活で突っ込まれたことは過去にほとんどないけど。俺自炊してるしジャンクなものさほど食べないし、そもそも俺がサヤカの食生活を指導している側だしな……
もぐもぐ。
あまい。うまい。甘味が体に染み渡る。こういうのは毎日食べたいとかは思わないけど、脳みそが疲れているときとかにたまに食べるとほんと染みるね。
「本当に幸せそうだな」
「幸せだが?」
「安上がりな子ねぇ」
いいだろ別に。大体むしろ安上がりに幸福を感じられることがあるのはいいことだと思うが?
「大体お前らの方がもっと安上がりじゃねーか。俺見てるだけで幸せ感じるんだろ?」
「そうね、今とても幸せだわ」
「無償で幸せを感じられるのは本当にありがたいな」
「……」
「……自分で言っといて照れるの? 可愛いからいいけど」
「うっさい」
勝てる気がしない。
俺は相変わらず目を弓状に細めてこちらを見てくる二人から目をそらし、無言でパフェを口に送ることを再開した。火照った頬をアイスが冷やしていってくれる。気がする。
そうやってしばらく無言でぱくぱくとパフェを口に運び、三分の一くらい食べ終わったころだろうか。
チリンチリンと音が鳴った。俺たちが店に入ってきたときにも鳴った音。入店のベルだ。新しい客が入ってきたのか、あるいは出ていったのか。俺たちは外や入口からは見えにくい位置に陣取っているので、どちらかはわからない。
時計を見ると、ちょうどアイリ達と約束している時間だ。ということはと、座っている席から少しだけ体を乗り出して入口の方を覗き見る。
目があった。
そこに立っていた黒髪の少女は、俺の姿に気づくとその幼い顔をぱぁっと輝かせ、
「いた! ユージンママ!」
!?
アイリは一応店内であることを気づかってか走り出すことはせず、早歩きでこっちへ向かってくる。
が、俺はその彼女に対して何の反応も返せなかった。
え、ちょっとまって? 今アイリ俺の事なんて呼んだ? ユージンマン?
頭が混乱している。
ふと視線に気づいて周囲を見ると、視線が俺たち……いや、俺とアイリに向けて集まっていた。先ほどまでは不躾な視線を送ってくることはなかった店内の客たちが、今はこちらをガン見している。
その視線と、先ほどのアイリの言葉にパニクっている間に、アイリが俺たちの席の側までやってきて、
「ユージンママ! 会いたかった!」
そんな言葉とともに抱き着いてきた。
同時、こっちを見ていた店内の客たちの目が見開かれる。──おい、店員までこっち見んな!
明らかに「え、うそ、マジで?」という表情でこっちを見ている人間がいることに気づいて、俺はプルプルとおそらく思い浮かべていることであろうことを否定するために首を振る。
ママて! ママて! アイリちゃんなんでいきなりそういうこというのー!?
そのセリフだと離れ離れになった子供と久々に再会しに来たみたいに聞こえるでしょ!
ちなみに当のアイリは腰を落とし、いつも通りに胸元に顔を寄せてぐりぐりしてきている。周囲の視線も我関せずだ。気づいてないだけかもしれない。
いやまってまってほんとみんなこっち見ないで! 子供じゃないから! 俺の子供じゃないから! あらぬ疑いを掛けないで!いや実年齢からしたらこのくらいの年齢の子供がいてもおかしくはないんだけども! そういう話じゃなくて! 産めるようなことはしてません! 無実です!
おい誰だアイリに変な事を教えた奴ぅー!
──その後。一応変に声をかけてくるようなアレな客はおらず──視線は気になるものの、とりあえずは大きな混乱もなく(いや、俺の頭の中はしばらくの間混乱していたけど)なんとか俺たちは店を離脱した。
職員のお姉さんには変な事を教えないようにしっかりとお願いしましたよ!(お姉さんは犯人ではなかった模様)
しかしこれ街中で呼ばれてたらきっとネットとかで大惨事だったな……人のそれほど多くなかった店舗の中でよかったよ、本当に。一時の恥というか誤解で済んだから……。




